ねたチョコ
この作品はフィクションです。実在する人物、企業、団体とは一切関係ありません。
「ねぇ、奈央は今年誰かにチョコあげるの?」
ぼくたちは今、バレンタイン一色に染められた土曜日のショッピングモール内をウィンドウショッピング中で、今話しかけてきたのは仲良し4人組の1人『しほり』。4人の中で一番しっかりしているグループのまとめ役なんだ。
「ぼくは、例年通り父さんと兄ちゃんだけだよ。」
「奈央は貰う方専門だもんね。」
こんな失礼なことを言うのは『しのぶ』。エッチネタも行けるサバサバした性格で男女ともに人気のあるキャラ。かく言うぼくは男の子っぽくしているから、毎年数人の女子からバレンタインに告白される。ぼく自身はその気は一切ない。ぼくっ娘を演じてるだけなんだ。
「奈央は見た目は、アニメキャラみたいなサラサラ黒髪ツインテールなのにそうやって男を避ける理由ってなんなの?」
これは『うるみ』、天然ちゃん。思ったことは直ぐに口にする。
「いや、避けてる訳じゃなくて・・・、避けられてる。」
ぼくは身長が167cmある。背の高い女の子はあまり需要がない。かつ、先述のように見た目は女の子らしくしておきながら、ぼくっ娘を演じている。要は面倒くさい女の子なのだ。大抵の男子は初めてぼくが「ぼく」と言った瞬間頭に『?』が3つくらい浮かんでいる。ぼくっ娘を演じているのはたまたま照れ隠しで一人称を「ぼく」にしたら兄ちゃんや女子の反応が良かったから、面白がってやっている内にすっかり慣習になってしまったのだ。
「ってか、ぼくのことはいいから早くチョコを買いに行こうよ。」
そう、この日は来週に控えたバレンタインデーのチョコを買いに来たのだ。みんなは家族以外に上げたい人がいるようだ。そんな浮ついた話、ホントはぼくもしたいけどこのキャラでどう話したらいいか分からない。
みんなでいろんな店を見ながら、渡す相手に合わせてブランドものや手作りの材料やら買い込んでいる。ぼくは雑貨屋に入ると面白そうなチョコを物色したのだ。
「奈央は毎年変なチョコばっかり買ってるけど、誰にあげてるの?」
「兄ちゃん!」
「兄ちゃん可哀想・・・。(3人)」
去年はショートケーキ味の焼きそば、その前はチョコ味の焼きそば、何年か前はさんまの塩焼きのプリントの中に麦チョコが入ったやつ、その前にはアジの開きの形のチョコだったかな?あっ、これは面白い・・・。
「ねえ、これどうかな?」
「いやいやいや、おち○ちんチョコは無いわぁ~」
奇跡の3人ユニゾンが笑わせてくれる。
「ってか、そもそも何でそれ女性目線の形なの?」
さすが、うるみ!そもそもその着眼点はなかった。そう言えば、なんでこっち側なんだろう?ぼくは小さいころは兄ちゃんとお風呂に入ったけどこっち側はみたことないなぁ。そもそも、こんな悪意を感じる形をしていなかった。なんか、そう、お弁当に入っているちいさなウィンナーみたいでイノセントな感じのしか見たことない。兄ちゃんは見たことあるのかなぁ?自分のは見れないだろうからHなDVDとかで他人のを見たことあるのかなぁ?
「お兄ちゃんなんだから、こっちの方が喜ぶんじゃない?」
「やだよ。ぼくが兄ちゃんを誘ってるみたいじゃん。」
しのぶが出してきたのは『おっぱいチョコ』。ニヤニヤしている。これはツッコみを期待してるな?!・・・くやしいがいいツッコみが思い浮かばないっ!
「しのぶちゃんがあげたら、相手は喜ぶよね。チョコの方が立派だから(笑)」
おっと、まさかのしほりの爆弾投下だ。
「ちょっと、ひどくない?(笑)」
そんなこんなで、それぞれがそれぞれの目的を果たして買い物を終える。
「ただいまぁ~。」
「奈央ちゃん、おかえり。」
家に帰ると兄ちゃんがいた。ぼくの2つ上で大学生。大学生になってからは学校の近くにアパートを借りて、帰ってきたり、帰ってこなかったり・・・。大体、晩ごはんに困った時に帰ってきている。だけど、これがぼくの自慢の兄ちゃんだ。カッコいいし、頭もいいし、スポーツも出来る。小学生1年生の頃から空手をやっていて、有段者。組手が得意。必殺技は相手の正拳突きに合わせた左中段正面蹴り!兄ちゃん曰く、小学4年生の頃、体格で負ける上学年にリーチで追いつける蹴りを兎に角練習したんだとか?あとは中学生や高校生のお兄ちゃんたちに組手をしてもらって強くなったらしい。ブロック大会では優勝するようになると研究され始めたけど、日々、年上相手に練習している兄ちゃんはその経験値の差で相手の動きを読んで、その裏をついて勝ちをあげていた。ぼくもそんな兄ちゃんに憧れて年長さんの頃から中学2年まで一緒に空手をやっていた。ぼくの方は組手はそんなに強くなかったけど、そもそも女子の空手人口は少ないから何回かは組手でブロック大会で入賞はした。得意なのは型の方でこっちはブロック大会で何度も優勝した。兄ちゃんと二人で注目されるのがとても誇らしかった。そして、兄ちゃんはとても優しくて紳士なんだ。兄ちゃんは空手をする前の幼稚園生の頃からナイトのようにかっこよかった。ぼくは年少さんに入ったばかりで、母さんと離れることが悲しくて毎日泣いていた。兄ちゃんは泣いているぼくの声が聞こえると自分の教室から飛んできて、ぼくが泣き止むまでいい子いい子をしてくれていた。ぼくをいじめる子がいたなら兄ちゃんは、やり返すことなくその子を叱った。ぼくが、
「やり返してよ。」
と言うと兄ちゃんは、ニコッと笑って、
「大丈夫だよ。」
っていつも言うんだ。全部が伝わるわけではなかったけど、その言葉がぼくに向けられたもので、ぼくを安心させていたのは確かだったんだ。
「兄ちゃんもおかえり。」
「兄ちゃん、そのプリンぼくのおやつじゃないよね?」
「大丈夫、奈央ちゃんの分もあるよ。」
兄ちゃんの笑顔を見るとぼくは安堵感に包まれる。
「ねぇ、兄ちゃんは今年のバレンタインはチョコ貰えそうなの?」
「ん?もう、そんな時期だっけ?」
「・・・、どうだろう?自分がモテてるとか分からないし、母さんと奈央ちゃんだけだったりして(笑)」
「兄ちゃん、ぼくとママを女の子としてカウントしちゃだめだよ。特にぼくは女の子っぽくないし(笑)」
兄ちゃんはちょっと困った顔をした。
「兄ちゃんから言われるのはキモいかもしれないけど、奈央ちゃんはちゃんと女の子だよ。かわいいよ。」
「キモいかも・・・。」
「マジか?!」
「www」
ホントはとてもうれしいんだけど、そんなキャラじゃないから裏腹な言葉がでちゃう。兄ちゃんだけがぼくを女の子として見てくれる。父さんですらぼくのこのキャラを心配してる。『奈央の孫が見たい・・・。』とぼやいたのを聞いたことがある。『ちゃんと男の子が好きだから安心して!』と言ったけど不安そうだった。兄ちゃんが『かわいいよ。』って言ってくれた時、兄ちゃんの顔が赤くなったのがかわいかったんだけど、それを見て恥ずかしくなってぼくまで熱っぽくなったじゃないか!ぼくはそんなキャラじゃないんだからな!!
ぼくは冷蔵庫に向かっていってプリンを取り出す。顔を見られないように俯きながら、少し怒ったふりをしてソファーの兄ちゃんの横に来ると『ドスッ』と座り込む。顔を会わせない様に背中を向けて兄ちゃん肩によりかかり、足をソファーに伸ばす。
「ちょっと奈央ちゃん、重いです・・・。」
「兄ちゃんはぼくの騎士様だから、ちゃんとぼくを支えてくださいね。」
「・・・はい。」
ぼくの騎士様・・・、小さいころからぼくを守ってくれる騎士様。ぼくを唯一お姫様扱いしてくれる騎士様。いつまでぼくの騎士様でいてくれるのだろう?
「ねえ、兄ちゃんは大学で彼女作らないの?」
「う~ん、お姫様に立派な王子様が現れたら安心して彼女作れるかな?」
「それって、ぼくの所為って言いたいの?」
少し怒ったふりをする。
「悪い王子様には摑まらない様にお役御免のその日までお使いしなくては!」
兄ちゃんは本気なのか冗談なのか淡々とまじめに話す。
「騎士様は心配性ですねぇ。」
「ぼくに立派な王子様が来てくれるのを待っていたら、騎士様は一生一人ですよ。こんな男の子みたいなお姫様を貰ってくれる王子様はいませんよ。」
それに、こんな立派な騎士様がそばにいてくれたら大半の王子様は見劣りしてしまうじゃないか。そう言いそうになって言葉を飲み込んだ。
「リボンの騎士でも惚れた王子がいたんだから、奈央姫にもきっと素敵な王子様が現れますよ。」
そう言うと兄ちゃんは急に立ち上がる。支えを失って後ろに倒れそうになるぼくを兄ちゃんが支えてくれる。けど、膝の裏に腕をまわされそのまま抱え上げられる。慌てて支えを求めて兄ちゃんの首元に手をまわす。お姫様抱っこだ。首に手が回って重心が安定すると背中を支えていた腕が離れてぼくの持っていたプリンの容器とスプーンを取り上げる。それをそっとテーブルに置くと、
「さて、お姫様。ティータイムも終わりましたのでお部屋に戻りましょう。」
お風呂上りにアイスを食べようとリビングに向かった。うかつだった。今日は父さんだけではなく兄ちゃんもいたのにバスタオル1枚でお風呂から出てきてしまった。しかし、ここで恥ずかしがって女を見せては築き上げたぼくっ娘キャラが泣いてしまう。
「あ~、あついあつい。アイスアイス♡」
兄ちゃんと父さんは池上彰のニュース番組をみて時事ネタでお互いの意見を熱く語っていた。ぼくはいっさい興味がないので話に加わることなく冷蔵庫を目指す。父さんはぼくのあられもない姿をみて(いつものことだけど)そっと部屋から退散する。兄ちゃんは、ぼくと入れ違いで出ていく父さんを目で追いかけていたけど父さんが部屋から出るとその視線がぼくを向いた。たぶん、兄ちゃんのことだから、いやらしい気持ちはなく単純に動いているものに視線が惹かれただけだとは思うんだけど、兄ちゃんに見られるのは恥ずかしい。
「奈央ちゃん、もう少し大きなバスタオルは無かったの?」
兄ちゃん、お願いだから見ないでくれ!そして突っ込まないでくれ!!ぼくは背が高いから正直、普通のバスタオルでは安全に十分に恥ずかしいところを隠しきれないのだ。これでも胸もはだけないギリギリのところまで下げているんでけど、下半身はギリギリ隠れている状態で少しでも前かがみになればお尻は丸出しになってしまう。あぁ、しのぶくらいの背とスタイル(ついでに拗れてない性格)だったらとない物ねだりで思ってしまう。
「これがいっち番大きなバスタオルだよ。これでも兄ちゃんに気を使って頑張って隠してあげてるんだから感謝しなよ。」
振り返ることなくそう言いながら冷蔵庫の冷凍室を開ける。「あれ?」あるはずのアイスがない?毎日、お風呂上りの楽しみにしているアイスが無い!昨日までは確かにあった。ママも父さんも取ることは無いから、あとは一人しかいない。
「兄ちゃん!ぼくのアイス取ったでしょ!!」
振り返ると兄ちゃんの右手にアイスキャンディが握られている。すでに一口分は無くなっていた。すごく悲しい。最後の1本だったから・・・。
「兄ちゃん!!」
すぐに兄ちゃんのそばまで駆け寄ってアイスを取り上げようと試みる。兄ちゃんはささやかな抵抗か?アイスを掲げる。
「バカ!近い!!」
兄ちゃんはそういうと右手のアイスを右に伸ばし、顔はそっぽを向く。ぼくはアイスを奪い取るのに必死で気にしていなかったけど、兄ちゃんに何か見られたのかもしれない。でも、それを気にしたらぼくっ娘キャラが崩壊してしまう。気にしないことにして、再び兄ちゃんの横で足を伸ばして兄ちゃんに寄りかかってアイスを舐めはじめる。
「奈央ちゃん、ごめんよ。」
「・・・許さない!」
トーンは変えない。簡単には許さないんだ!どうやって償ってもらおうかな?
「・・・明日、兄ちゃんの大学の近くで一番おいしいパフェおごってくれたら許してあげる。」
「なんで、大学の近くなの?」
「女子大生が多いんだから、それを狙って女の子が好きそうなパフェの店を出すもんでしょ!」
「なるほど!じゃあ、今夜中に誰かに聞いてみるよ。」
「高いとこのね。」
「・・・いいけど、そんなに怒ってるの?」
「アイスの分だけじゃないから。」
「?」
「だって、見たでしょ。」
わざと意地悪をしてみたくなる。こんなに弱った兄ちゃんを見ることはない。兄ちゃんはいつでも強くてかっこいいから、こんな可愛いとこを見ると意地らしくなる。
「不可抗力だろ?!」
「やっぱり、見たんだ!!」
「うわ、ハメられた!」
「見といてヒドイ!パフェは2つね!!」
「・・・はい。」
こんなにかわいい兄ちゃんはホントに見れない。なんだかおかしくなってきて笑いが堪えきれなくなって、ぼくは笑いを押し殺すのに必死なのだ。
「・・・奈央ちゃん、肩が濡れるんだけど?」
「ざまあみろwww」
「・・・。」
突然、兄ちゃんが立ち上がる「?」
「ちょっお、兄ちゃん!このカッコでお姫様抱っこはマジやばっ・・・?」
また、抱っこで運ばれるかと思って警戒したけどそうではないようだ。兄ちゃんは一度振り返って微笑むとリビングを後にした。
「?」
ぼくは「どうしたんだろう?怒ってはいないようだから、からかったのに気付かれてはいないとおもうんだけど・・・」と思いながらアイスキャンディを舐める。ぼくは支えを無くして、ふつうにソファーにちょこんと座って兄ちゃんの去って行った方向を眺めていた。1分もしないうちに戻ってきた兄ちゃんの手にはドライヤーと延長コードが握られていた。兄ちゃんはソファーの後ろに回るとコンセントに延長コードとドライヤーをつなぐとぼくの髪をブローし始めた。
なんだか、すごく久しぶりに頭を触られたような気がする。小さい頃はしょっちゅういい子いい子されていたような気がするけど、いつからそんなことをしなくなったんだろう?そうか、ぼくが自分でドライヤー掛けられるようになった4年生くらいから髪の毛を乾かしてもらうこともいい子いい子してもらうことも無くなったんだ。兄ちゃんの指の腹がやさしく頭皮に触れる。髪の毛がドライヤーの風に遊ばれる。襟足を乾かす時、手ぐしで優しくぼくの長い髪を持ち上げて下から風を当ててくれる。襟足に指が触れるとなんだかくすぐったいけど嫌じゃない気持ちになる・・・。
「にいちゃん・・・。」
「ん?」
「ありがと」
ぼくは兄ちゃんを見上げる。自然と笑顔になる。一瞬キャラを忘れてた。
「どういたしまして。」
「でも、うつむいてて。乾かしづらいから。」
「うん」
ぼくが返事をするも自分で戻す前に頭をグイッとやられる。
「ねぇ、兄ちゃん。」
「うん?」
「明日だけはぼく、女の子らしい格好と言葉使うよ。」
「なんで?」
「だって、兄ちゃんの大学の近くだから兄ちゃんの知合いに見られたら、男の娘とデートしてると思われるの不憫だし。彼女のふりしてあげるよ。」
「別にいつもの奈央ちゃんでいいよ。」
「ん?もしかして、見られたくない女の人でもいるのかい?」
「そうじゃなくて、そんなことしなくても奈央ちゃんは女の子でしょ。」
「・・・まったく、妹くどく兄ちゃんはとんだ変態さんだね。」
「ヒドイ・・・。」
ぼくは再び笑いを堪えるのと共に火照った顔を隠すためにうつむく。明日のデートが楽しみでもあり、悩ましくもある。
次の日、兄ちゃんと二人で電車に乗って大学のある駅まで移動する。最初は兄ちゃんのバイクに乗せてもらうつもりだったけど、昨日宣言したとおりに女の子らしくワンピースを着たら移動が電車になった。うっかりだったけど、今日のぼくは清純そうな女の子だからバイクの二人乗りは諦めよう。
「ねぇ、今日は名前で呼んでいい?」
「なんで?」
「その方が恋人っぽくない?」
「えぇ~、それしなくていいよ!」
「兄ちゃんの為なんだし、だめ!」
「よし!決定!!行こお、直人!」
そう言ってぼくは兄ちゃんの手を両手で引っ張り、駅の改札を抜けていく。我ながら女の子であることが恐ろしく感じる。普段、ぼくっ娘を演じているつもりだけど、こうやって普通の女の子をしている方がよっぽど演じている実感がある。結局のところ、女の子という生き物はTPOでそれぞれの自分を演じているのだから。普段のぼくっ娘は結構思ったことも言い易いし、着飾らない分楽だし、男子の気を引くこともないから恋に悩ませることもないし、悩むことも無い。前にTVで誰かが失礼なことを言っていた。「女の子は赤ちゃんや子犬に『かわいい』って言っている自分をかわいいと思っている。」って。失礼だけどその通りだと思う。可愛い自分を演じて好きな人の気を引こうとしている。女の子の恋の戦争の中で勝ち残るために女の子らしさと言う兵器を装備する。ほんとにみんなに感心する。今までぼくはそれから逃げていたのだから・・・。
駅から出ると兄ちゃんの方から、ぼくが引っ張っていた手を握り返してくれた。そうして手を引っ張ってお店に向かっていたのだけれども、いつの間にか兄ちゃんの手はぼくの手首を握っている。小さい子供が急に走り出したりしても手が離れない持ち方のあれだ。小さいときに兄ちゃんはいつも僕の手をこうして力強く握っていた。いま、兄ちゃんは無意識にこの握り方をしているのだろうか?ぼくは今、何扱いされているのだろう?
目的のお店についた。けっこう大きな喫茶店、ファンシーな感じはなく昔ながらの喫茶店って感じでサイフォンがカウンターに3台並んでいる。壁の棚にはコーヒー豆の入った瓶やドライフラワーが吊るされていたり、アンティークなポスターが飾ってある。店内のあちらこちらに観葉植物と衝立があって、立っていると視界性があって待ち合わせなどの時はどこにいるか確認しやすいし、空いている席も見つけやすい。一方で程よい衝立と観葉植物の高さが席についている人たちのプライベートを守っている。
ぼくたちは適当に空いている席に座ると注文をする。ぼくは1800円のフルーツパフェとコーヒーのセット、兄ちゃんは850円のティラミスとコーヒーのセット。テーブルに商品が届けられると定番の「かわいい」と写メをとる。ぼくはインスタしてないけど、ちょくちょく写真をとっては友達に見せてはいる。写真を撮るのは好きだ。ぼくも大学生になったらバイトして、一眼レフ買って、バイトでお金ためては色々写真を撮りに出かけたいと思っている。・・・やっぱりぼくはあまりかわいい女の子になれそうにないな。
「おおきい!食べきれるかな?」
そんな言葉を皮切りに女の子らしい取りとめのない事ばかり話す。兄ちゃんはこんな話で楽しんでくれてはいないだろうな。そんな、相手も楽しめていない話をしてもぼくも楽しくなんてちっとも無い。でも、そんな話の中にぼくは兄ちゃんに聞きたいことを織り交ぜる。
「ねぇ、直人はバレンタインはどうするの?」
「バイト。」
「えぇ~!」
「休み希望がおおくてさぁwww抜けれないんだよね。」
「わたしのことはどうでもいいの?!」
「おいっ!」
「いまは彼女でしょ(☆v☆)キラッ」
「仕方ないだろ・・・。」
なんか、乗ってくれるのか?それっぽい返事が来たのが気持ちいい。でも、内容は切ない。
「ねぇ、何時になってもいいから帰ってきてよ。わたし、起きて待ってるから。」
「う~ん、夜の3時くらいになるけどいいの?」
「うん、晩ごはん準備して待ってる!」
「えっ!奈央ちゃんが作るの?」
「失礼だな!スパゲティくらいなら作れるよ。」
「たとえば?」
「カルボナーラとか、ペペロンチーノとか?」
「レトルトじゃないよね」
「飢えて死ね!!」
なんで一言多いのか?!作ってやらないぞ!!二つともちゃんと作れるし、選んだ理由も手作りは出来たてじゃないとおいしくないからだぞ!さり気無い出来るアピールに気付かないなんて!だから彼女出来ないんじゃない?!
「ごめん。信じるから、許して!」
なんだか、昨日からぼくの尻に轢かれてる兄ちゃんばかりみているなぁ。かっこいい兄ちゃんであってほしいから赦そうかな?
「う~ん、駅ビルの中の店見て回るの付き合ってくれたら許そうかな?」
そんな事言って兄ちゃんを許す。
その後、兄ちゃんが寄った店の中であまり高くないけど黒い石の入ったネックレスを買ってくれた。別に要求はしてなかったんだけど「かわいいなぁ」っていったら買ってくれた。お詫びのつもりなんだろうか?そんなに怒っていないのは伝わっていると思うから恋人ごっこのノリなんだろうか?どちらにしても、この日のこの後はわたしはずっと女の子の顔をしていたと思う。
三日たってついにバレンタインデーが来た。ついに兄ちゃんにここ最近で一番のねたチョコを渡す日が来た。どんな反応をしてくれるのか想像するだけでにやけ顔が収まらない。どうしようか?目をつぶらせて「あ~ん」で食べさせようか?衝撃的なパッケージを先に見せるか?そんな事ばかり考えていたから今日の授業の内容は全然頭に入ってこなかった。まあ、今日はみんな落ち着かない様子だったから大したもんだいでもないでしょ!
家に帰ってもママには兄ちゃんが今日帰ってくることは言わなかった。言ったらママが晩ごはんを作りそうだ。さりげなくおやつを探すふりしてスパゲティの材料があるか確かめる。そのうえでママに晩ごはんを何にするのか聞いて材料が確保できるかの算段をとる。
「よし!夜食はペペロンチーノだな。」
兄ちゃんの晩ごはんが決まる。兄ちゃん早く帰ってこい!!兄ちゃんは3時ごろって言っていたから今日はダイニングテーブルで宿題をしよう!父さんとママが寝たら、スパゲティの準備だけして少しだけ仮眠しよう。
自分たちの晩ごはんが終わるとぼくとママは父さんにチョコを渡した。毎年のことだけど父さんは嬉しそうだ。むかし、ぼくがまだ普通の女の子だった時にママとチョコを作って試作の形の悪い物を父さんに上げた時は悲しそうな顔してたな。でも、父さんは会社でもらったチョコもぼくたちのチョコも全部、みんなで食べようと言ってくれるから、ぼくは自分が食べてみたいチョコを買ってきてあげる。ママはいつも通り手作り。ネットで調べてはいるけどデコレーションとかはセンスが良くて買ってきたものと思うくらい上手なんだ。3人でチョコをそれぞれが気になるものを手に取って頬張る。ぼくが買ってきたのもおいしかったけど、父さんが今年会社でもらってきたチョコは部下の女子社員がカンパして高いのもみんなで一つ贈ったらしい。さすが、有名店の高級チョコだけあって感動した。そんなこんなで夜も更けて、父さんとママは寝ると言って寝室に、ぼくは「宿題がまだ少しある。」といってダイニングに残る。ホントに宿題が少し残ったのでまずは宿題を片付ける。終わったころには両親も寝たんだろう。家中が静まり返っている。ぼくは計画を実行に移す。
2時を過ぎたころに玄関が開く音がして目が覚める。仮眠のつもりがけっこう深い眠りに入っていた。ママが起きてくる様子は無い。ぼくは計画を実行できそうだ。
「ただいま。」
兄ちゃんは、バイトで疲れたのか?少し元気がない。ペペロンチーノにはにんにくも使うから少し元気になってくれればうれしいな。
「おかえり、すぐごはん作るね。」
「ごめん、ありがと!」
そう言うと兄ちゃんはリビングのソファーに座った。早くしないとそのままソファーで眠りそうだ。スパゲティのゆで時間は6分だけど何分でお湯が沸いてくれるだろうか?お湯を沸かしながら、にんにくや唐辛子、ベーコンをそれぞれの大きさに切りながら、時々兄ちゃんが寝てないか振り返り話しかける。
「あら、帰ってたの?」
急にリビングの扉があいて、ママが兄ちゃんに話しかける。
「ただいま。バイトが遅くなって、なんかごはんないかなぁって。」
「そう。」
ママは眠そうだ。
「ママ、わたしがお兄ちゃんのごはん作るから寝てていいよ。」
「わたし?!」
眠そうなのに、そんなところには気が付くのか?ママの女センサーはするどいな!!
「二人とも早く寝なさいね。」
ママはそれだけ言うと2階の寝室に戻った。眠気の方がささやかな疑問より勝ったらしい。ぼくはいけない物を見られた気分で心臓がすごくドキドキしている。鍋にスパゲティの麺を入れる手が震えている。あと少しで出来上がる。少し硬めに茹でて、フライパンでにんにく唐辛子、ベーコンの順で炒めて麺を入れたら軽く混ぜて茹で汁を少し加えて終わりなのに、ドキドキが止まらなくてとても長い時間に感じた。なんとかミスすることなくペペロンチーノが出来上がる。
その間兄ちゃんはTV番組も大したものがなかったのでTVを消してスマホを弄っている。
「できたよ。」
そう言ってリビングのテーブルの上にペペロンチーノを運ぶ。おいしそうな匂いが部屋に広がる。ぼくまでおなかが空いてきた。
「おいしそうだね。」
「いや、おいしいから!ありがたくいただきなさい!!」
「頂きます!・・・うまい!!」
「だから、いったでしょ!」
兄ちゃんは一度だけぼくの顔を見て、驚いた顔を見せたけどその後は黙々とペペロンチーノをお腹に納めた。
「どうだった?」
ぼくはテーブルの兄ちゃんの反対側に立膝ついて座って兄ちゃんの食べる姿を見届けてから話しかけた。
「すごくおいしかった!!」
「もっと食べたいなぁ?」
ぼくは大きなため息をつく。
「だから、兄ちゃんには彼女が出来ないんだよ。」
「?」
また、ため息がでる。理解できていない。しょうがないか。
「今日はバレンタインデーでしょ。チョコの余裕を持たせてるんだよ。お腹いっぱいになってどうするんだよ!!」
「なるほど・・・。」
「はぁ~、組手だったら相手の動きを読めるのに女心はよめないのかなぁ?」
「それは・・・、修行してないからかな?」
冷静に考えるとその通りだ。しかし、その考えだと上手すぎるのも考え物だ。
「まあ、恋愛上手の兄ちゃん想像してみたらキャラ違う感じだからしかたないかぁ・・・。」
「なんか、ひどい納得の仕方だなぁ。それじゃあ、奈央に練習台になって貰おうかな?」
「あははははは、ぼくじゃだめだよ。ぼくっ娘で拗らせてるから難易度HELLだよ。あははははは。」
ケタケタと笑うぼくに兄ちゃんは何も言わず、不思議そうな顔をしている。
「普通の女の子と付き合った方がイイよ。」
「その普通が一番分からん!」
「あはは、その通りだね。女の子はみんな猫被ってるからね。でも、それが普通なんだよ。」
兄ちゃんはなんだか困った顔をしている。矛盾したことを言われて考え込んでいる。
「あ~、笑った。いい加減チョコ渡さなきゃ寝るのが遅くなっちゃうね。」
そう言って食べ終わった食器を持って台所に戻り、食器をシンクで洗って片付けるとダイニングテーブルに置いていた通学カバンの中から兄ちゃん用のチョコレートを取り出す。
チョコを後ろに隠して兄ちゃんのところまで戻ってきて、兄ちゃんの膝の上に対面で座る。我ながらドキドキする。さすがに近すぎた。
「ハイこれ!」
わたしは少し仰け反ってお兄ちゃんとの間に間隔をつくるとそこにバレンタインチョコを差し出した。今年のはお店でラッピングしてもらったから、今の見た目は普通のバレンタインチョコだ。
「奈央ちゃん、今年はふつう?」
「どうだろうね。開けてみてよ?」
そう言ってお兄ちゃんにチョコを渡す。お兄ちゃんは「ありがとう」と言うと丁寧にラッピングを剥がし始めた。わたしはニヤニヤしそうなのを堪えてニコニコしている。
「これは!」
しめしめ、驚いてる。
「どこで、見つけたんだよ。こんな悪意の塊みたいなチョコ?いや、チョコなのか?チョコソース焼きそばを超えてるぞ!」
「奇跡のコラボ商品でしょ!これを見つけた時は天啓だと確信したよ♡」
「『ビックカツサンダー』・・・。ビックカツとビックサンダーが混ざってる?!」
そう、これはヤオキンさんのビックカツをユーラクさんの準チョコが包んでいる奇跡のコラボ商品なのだ。見た目は相当不味そうで、ビックカツをビックサンダーが包んでいる断面図が右半分に印刷されて左半分にはビックサンダーの字体で『ビックカツサンダー』と書いてあるインパクトのあるパッケージなんだ。
「『あ~ん』してあげよっか?」
「いやぁ、自分のタイミングで行きたいかな?」
「遠慮しなくていいよ。」
そう言って3パックになっている内の一つを取り出して開封する。普通のビックカツがチョコを纏って一回り大きくなっている。
「はい、あ~ん♡」
「・・・。」
意を決して口を開ける。お兄ちゃんは目を閉じている。そっと悪意の塊と称されたチョコ菓子を口に運ぶ。お兄ちゃんはそれを口にすると恐る恐る歯を立てる。一口分をかみ切ると暫らくもごもごと目を瞑ったまま咀嚼している。
「ん?」
「どうしたの?そんなにマズイ?」
「いや、意外とおいしい!」
「えぇ!」
意外な感想にわたしが驚いてしまった。
「いや、ビックカツのソースの辛さがビックサンダーの控え気味なチョコの味を引き立てて意外とおいしいんだって!!」
タレント顔負けの食レポをしてくれるのにも驚くが、そんなはずは無いと疑ってしまう。
「うっそ~?」
そう言ってわたしも一口貰う。いや、味は確かに言うとおりかもしれない。ポテトチョコと同じで塩味がチョコを引き立てているような気もするけど、触感が滅茶苦茶な気がする。ビックサンダーのココアクッキーがビックカツの衣だけを奪い、タラのすり身が遅れてやってくる。ココアクッキーが口の中で一足先に解けてカツの衣とすり身が別々に残る。その触感に慣れないから多少もごもごとしないといけない。
「ぷっ、あははははは。」
「奈央ちゃん、どうした?」
「これ(ビックカツサンダー)は女心だね。あははははは。」
笑いが止まらない。こんなにもわたしを表現した食べ物があるだろうか?きっともう二度と会えないと思う。甘くて、辛くて、素直になったりまごついたり、普通の人が倦厭するようなマネをして、まんまわたしだ。
「あ~、笑い過ぎて泣けてきたぁ。」
兄ちゃんも釣られて笑ってくれている。兄ちゃんは何が面白いんだろうか?ぼくを見て笑っているんだろうか?まあいいや、そんな事・・・。
兄ちゃん・・・。兄ちゃんには悪いけど、兄ちゃんがこれ(ビックカツサンダー)をおいしいって言ってくれるならぼくは、まだぼくのままでいるよ。こんな妹でもイイならね。
フィクションですがいつかこのねたチョコが実現したらいいなと思ってます( ´艸`)ムフッ