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同棲開始

「それにしても何だってこんな訳の分かんないところに家を建てるのよ!」


 エルがぜいぜいと息を切らしながら不満そうに言う。彼女は身体能力は平凡だ。こんな足元の悪い森をずっと歩けば疲れるのも無理は無い。


「この森は魔素の濃度が濃いな。妾は気に入ったぞ旦那様」


 ルーシーは魔族だけあってやはり魔素濃度の濃いこの森を気に入ったようで楽しそうだ。


「まあまあ、ほら家が見えてきたよ!」


 リクが二人に声をかけると開けた場所に出る。きらきらと輝く湖。その畔に見えるリク渾身の拠点、二階建てログハウスが姿を現す。


「わー、きれい」


「うむ。いい景色だな」


「気に入ってもらえてよかったよ。あと二人に紹介しないといけないやつがいるんだ」


 リクはそう言うと、湖に向かって話しかける。


「ヴァーサ、この二人は俺の連れ合いだ。紹介させてくれ」


 すると輝く湖面に巨大な影が見え、みるみるうちに盛り上がり青鱗の竜が現れた。


「初めまして。我はこの湖に棲む水竜ヴァーサ。リクの連れ合いというのであれば歓迎しよう」


 ヴァーサが興味深そうに二人を見ながら、厳かながらも威圧感の無い口調で話しかける。


「は、初めまして。エルといいます。魔導士です」


「…お初にお目にかかる。ルーシー、魔族だ」


 エルとルーシーは突然現れた竜に驚きながらも自己紹介を済ませる。二人が驚くのも無理は無い。この世界で竜に出会ったことが有るものなど数えるほどであろう。

 その者たちも偶然見かけただけであり、こんな風に話す機会など皆無である。竜は魔素が濃い場所を好むため、人が容易く踏み入る事の出来る領域には居ないからだ。


「この二人もここに住むことになったから、宜しくね。エルは大魔導士の称号を持ってるし、ルーシーは元魔王だから、いい用心棒になるよ」


 リクがヴァーサに二人の紹介を補足する。


「そうか。…リクよ契約の内容を少し変更したいのだが構わぬか?」


「え?まあ内容によるけど…」


 ヴァーサの突然の申し出の意図が分からずリクは困惑する。


「なに、お主らにとってよい内容のはずだ。ここを守護するのはお主らが家に居るときだけで良い。後は我が何とかしよう」


 思いがけない好条件の変更に裏がないのかとリクは訝しむ。しかし今後の遠征を考えれば悪い話では無いのは確かだった。


「分かった、特に断る理由は無いな。しかしどういう風の吹き回しだ?」


「ふふ、お主らが自由に動いた方が面白いことになりそうだと思ってな。ではそこの二人もよろしく頼むぞ」


 そう言うとヴァーサは湖の中へと姿を消していった。リクはヴァーサの残した言葉を反芻する。


―面白い?人族のくせに魔王が連れ合いとか言い出したから?―


 とは言えいくら考えても答えなど出るはずも無く、思考を切り上げて二人に話しかける。


「さて、これでヴァーサの許可も得たし問題な」


 言い終わらぬ間にエルのキレのあるストレートがリクの鳩尾に飛んできた。身体強化魔法を使っておらず、尚且つ急所への不意打ちなのだから当然効かされる。


「ぐふっ…」


「いきなり竜に会わせるとか正気?先に言っておきなさいよ!」


「ご主人様よ。妾もこればかりは擁護出来んぞ…」


 二人から非難され、呼吸がままならないままリクは謝る。


「…ご、ごめ、ん」


「しっかし本当に竜なんているのね?落ち着いたらちょっと嬉しくなってきた」


「うむ。妾も初めて見た。ご主人様といると退屈しなさそうだな」


―じゃあ何も殴ることなかったのでは?―


 釈然としない思いを抱えながらリクは二人を家の中へと案内した。


「一階はリビングダイニングキッチンと筋トレルーム。二階には三部屋。もちろん風呂トイレ付。極めつけは広大なウッドデッキ!どうよ!この素晴らしい出来!」


 秘密基地を見せびらかすような感覚なのか、その眼はきらきらしている。


「へー、飾り気は無いけど悪くないわね。ていうかやっぱり筋トレルームはあるのね…」


「当たり前だろう!身体強化魔法の根幹は己の肉体。日々鍛えるのは当然!」


「はいはい…」


 エルからの予想通りのツッコミを造作もなく躱すリク。


「妾は寝るのはご主人様と一緒でよいぞ?」


「そ、そういうのは正式に結婚してからな?一人一部屋で丁度いいじゃないか」


「そ、そうよ!…まあリクが望むなら別に私は…」


 ルーシーの突然の発言に慌てる二人。もっともエルは意外と満更でもなさそうだとルーシーは気付いていた。




 リビングのソファに座る三人。リクの隣がエルで正面がルーシーだ。


「それにしてもエルとルーシーが二人で来るなんて驚いたよ」


「あー、それね…」


 エルが分かりやすく口ごもるので、代わりにルーシーが答える。


「うむ。妾が旦那様と結婚すると言ったら、絶対ついていくと聞かんでな。まあご主人様の居場所が分からん妾からしたら渡りに船だったわけじゃ」


 エルがしまったという顔をしているのをリクは見逃さなかった。つまりエルは彼の居場所を知る何らかの手段を持っているということだ。


「このペンダントか…」


「う、うん。私の魔力が込められているから魔法で追跡できたの。ごめんなさい!」


 素直に謝るエルを見てリクは嘆息する。今回のことは自分にも非があることだ。


「…まあ拠点作ったら、すぐ連絡するっていう約束果たしてなかったからね。おあいこってことで」


 エルはほっとした様子で笑顔を浮かべる。その様子を見てルーシーが続ける。


「それで道中話を聞いていると、実家に無理やり帰らされた時に縁談を勧められたらしくてな、旦那様と結婚すると言い張って屋敷を灰にしたとかいうのじゃ。じゃからもう帰るところはないと。それなら二人とも娶ってもらおうという訳で共同戦線を張ったわけじゃ」


「…冗談じゃなかったのか…」


 呆れるような声を出して横を見ると、エルは顔を両手で覆い耳まで真っ赤にして悶絶していた。


「うん、二人の気持ちはよく分かったよ。流石に今すぐ結婚とはいかないけど、ゆっくり時間をかけていこう。とりあえず二人ともよろしく」


「うん、ありがとうリク」


「うむ。よろしく頼む。旦那様」


 エルとルーシーは顔を赤らめて頷いた。






「ところで拠点を作ったら旅に出るっていう話はどうなったの?」


 エルがリクに尋ねる。そのように聞いていた彼女からすれば尤もな疑問だろう。


「ああ、それなんだけどね。各地にいる竜種に会いに行ってみようかと思ってる。そのうえで各地を回れたらいいかなって」


 興味深いその言葉にルーシーが反応する。


「竜種に会うとな…会ってどうするのじゃ?何か目的でもあるのか?」


「うん、実はヴァーサからアドバイスをもらって身体強化魔法を強化したんだ」


「ええ!身体強化魔法を強化なんて聞いたことないよ?どうやってやるの?」


 さすが魔法オタクのエルである。頭突きされそうなほど身を乗り出してくるその勢いに、リクはソファから転げ落ちそうになる。


「落ち着けって…ヴァーサとの契約で俺はここの守護を任されたんだけど、その時に水竜の加護をもらったんだ」


「ええー!私も欲しい!」


 エルがまるでおもちゃをせがむ駄々っ子のように言う。こういう話になるとエルの残念具合は酷いが、同時に可愛らしいとリクは思う。


「まあそれはヴァーサに相談してみるといい。それで水竜の加護を得ると水属性魔法の威力と耐久力が向上するのと、水属性の魔力を体内に循環させることができるようになるんだ」


 そこまで聞いてルーシーがリクの言わんとしていることに気付く。


「ふむ、つまり本来無属性魔法であるはずの身体強化魔法に属性を付与できるという事か」


「正解だ。さすが元魔王なだけあるね。要するに様々な属性で身体強化魔法が使えればいいなってこと。だから可能であれば各地の竜に加護を貰えないかなと思ってね。ここの森もそうだけど魔素濃度の濃い場所には、無属性だけだとちょっときつい相手がいるんだよ。まあ竜種は気に入った相手にしか加護を与えないらしいから、会ってみないことにはどうなるか分からないけどね」


 リクの意図を理解した二人は得心が行ったという様子で頷く。


「なるほどねー。確かにここの魔物は強いよね。ルーシーと一緒じゃなかったら多分ここまで来るなんて出来なかっただろうし」


 実際エルもこの森を抜けるために高威力の魔法を連発し相当消耗していた。彼女の魔力量からすれば、かなり珍しいことだ。


「そうじゃな。妾もエルが居なくては無理であったろうな」


 ルーシーもこれに同意する。


「それにしても…いくらここの魔物が強かったと言ってもリクは今でも十分強いのに、そこまで強くなる必要あるかしら?」


 エルが首を傾げ、理解できないといった様子でリクに尋ねてくる。


「勿論、俺を慕って来てくれた二人を守らなきゃいけないからね」


 エルとルーシーの顔をしっかりと見て少し顔を赤くしながらリクは言う。思いがけないリクの言葉に二人も顔を赤らめる。


「でも竜種に会いに行くのは道中含めて危険も大きい。だから二人には留守番してもらえると安心なんだけど…」


「だ、旦那様よ、妾達は決して守られるだけの存在ではないぞ」


「そ、そうよ!きっと私たちの魔法が必要な場面が来るはずよ。それに新たに覚えた二つの魔法が役に立つと思うわ」


 リクの帰りを待つだけの存在になるのはごめんとばかりに二人が言う。リクとしても二人が付いて来てくれるのであれば心強いのは間違いない。


「…分かった、二人とも頼りにしてるよ。そう言えばエル、王都ではなんかいい魔法があったのか?」


 先程のエルの言葉が気になったリクは、興味津々という様子で問いかける。


「うん、一つは転移魔法、今までに行った場所であれば転移可能という優れものよ。ただし消費魔力が多くて連続使用は難しいわ。せいぜい日に二回、つまり行って帰ってが精一杯といったところね」


 それを聞いたルーシーが心底感心したように言う。


「人族でありながら転移魔法が使えるとはな…やはりエルの才は非凡であるな」


「そ、そうかしら?ありがと」


 魔法を得意とする魔族の中でも最高峰のルーシーから誉められ素直に嬉しがるエル。実際ルーシーにも使えないのだから心からの称賛だ。


「あとこれを応用して転移の魔道具も作ったわ。といっても質のいい魔石が大量にいるから、まだ一組しか出来てないんだけどね」


 リクとルーシーからおーっという歓声とともに拍手され満足そうなエル。チョロいなと二人に思われているが全く気付かない。


「もう一つは空間魔法ね。魔法で作った空間に色々な物を収納できるってやつね。こっちは珍しいけど今でも使い手はいるわ。でも通常は馬車一台分ほどの収納力だけど私は今のところ限界が分からないわ」


「滅茶苦茶便利じゃないかそれ…それにしてもエルは本当にどんどん凄くなるな。俺も負けてられないよ」


 エルが凄いのは知っていたが、たった三ヶ月の内に非常に有用な二つの魔法を完成させてしまったことにリクは驚きを隠せなかった。


「まあね!もっと褒めていいわよ」


 顔を赤くしながら薄い胸を張るエルを見て、リクとルーシーは顔を見合わせて笑った。

読んでくださりありがとうございます。


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