転移魔法陣
本日2話目です
翌朝、宿屋のロビーではエルだけでなくファングの四人まで二日酔いでダウンしている。現状で勝ち目がない相手と戦うというのに大丈夫だろうかとリクは思う。ちなみにリクとルーシーは蟒蛇なので全く酔わない。二人に張り合うように飲んだ五人が酔いつぶれるのも無理は無い。
「…よっぽど楽しかったのか?」
「まあエルはいつも通りじゃが、確かに楽しい夜ではあったな。しかしなぜにアイリスまでダウンしとるのかのう。自分で回復できるじゃろうに…」
五人の惨状に渋面を作るルーシーはそれぞれに『解毒』を施すのが面倒だったので、新しい杖を振って『領域解毒』を発動させる。宿屋全体をルーシーの魔力が包み、五人だけでなく他の冒険者たちも二日酔いから立ち直り驚きの声がそこかしこから上がっていた。
―冒険者ってこんなんばっかなのか…―
尤もな感想をリクが浮かべていると、隣から驚いた声が聞こえて来る。
「これは驚いたな。二割から三割は魔法の威力が上がるようじゃ」
「へぇ、それは朗報だな。頼りにしてるよ」
そう言ってルーシーの頭をリクが撫でると、ルーシーは頬を朱に染めながらも気持ちよさそうにリクの肩に頭を乗せる。そしてそんな様をエルが黙って見逃すはずも無くリクに抱き着いてくる。
「むぅ…エル、離れんか。もう二日酔いを治さぬぞ」
「えぇー、だって羨ましいんだもん…」
エルは頭をリクの胸にこすりつけて甘えてくる。ちょっと人前なのでさすがに恥ずかしいとリクが思っていると、ファングの四人がこちらを見てニヤニヤと笑っている。
「いやぁ、お三方。朝からお盛んですなぁ」
「…ウィルよ、二日酔いを治してやった礼が聞こえて来ぬぞ?」
ルーシーの迫力に思わず四人が後ずさる。彼女ほどの魔力量であれば、普段押さえている魔力を少し開放することで相手を威圧することが出来る。
「ご、ごめん!ありがとうルーシー」
慌てて礼を言うウィルとそれに倣う三人。ルーシーは一応気が治まったのか魔力をまた抑える。その様子を見て密かにリクは嫁二人を怒らせることは止めようと心に誓った。
「…ルーシー私にも教えて欲しい」
「もしかして使えんのか?」
「…『解毒』は使える。でも二日酔いを治すのは聞いたことが無い」
「ふむ、そうなのか。妾は体内に残っているアルコールを除去しておる」
「…アルコール?」
「酒精と言った方が分かるかの?分かりやすく言うのならば、人を酔わせる成分とでも認識すればよい」
「…それが体の中にあると二日酔いになるの?」
「詳しくは分かっておらんがの。少なくともそれを除去すれば、今のように大分楽になる」
「…分かった。ありがとう」
ルーシーの知識量は多い。凡そ人が辿り着ける領域ではない。魔族は精神の習熟は遅いといわれるが、人族と比較して物覚えが悪いわけではない。むしろ若い期間が長いので蓄積できる知識が当然増える。つまり百年以上生きてなお彼女の知識と経験は増え続けている。リクとエルはそのことをよく理解しているので、彼女を本当に頼りにしている。
「それにしてもエルとルーシーがあんなに甘えるなんてね…」
「…うん」
少し羨ましそうな表情で、リクたちに聞こえないように呟くファング女性陣。男性陣は何も言わずそんな二人の様子を何とも言えない表情で眺めていた。
「さあ、それじゃあ行こうか!」
二日酔いから回復したので、しっかりと装備も整え遂にダンジョンへと向かう七人。街の中心に向かうとひときわ大きな建物が見えてくる。まるで神殿のように見えるそれはダンジョンへの入り口だ。もちろん周りに人が住むようになって作られたものだ。
この街に住む人にとってダンジョンは恵み。入口を神殿のようにして、信仰の対象としているのかもしれないとリクは思った。
「竜種を神のように扱う人たちもいるというからな…」
「そうじゃな。かつてこれを建てた者たちがその存在を知っていたのか、単にダンジョンの恵みへの感謝の為なのかは分からぬがな」
リクとルーシーはファングの四人に聞こえないように話す。竜種のことはまだ四人には伝えていない。伝える方が良いかどうかを決めかねていた。竜種がいるとしたら最下層の五十階層だが、そもそも四人をそこまで連れて行くつもりはない。会敵して即戦闘となれば、どう考えても足手まといになるし庇いながら戦うことなど不可能だ。
やがて神殿に入りダンジョンの入り口に到着した七人。洞窟という感じではなく人口の迷路という印象だ。ファングが入り口のギルド職員にギルドカードを出して身分を証明し転移魔法陣へと進む。入り口は二つに分かれており、一つはそのまま一階層へ続き、もう一つは転移魔法陣が設置された部屋へと続いている。
リクたちはわざわざ竜種がこんな親切な仕組みを作るのだろうかと疑問に思ったが、ギルド職員の話では元からあったということなので、竜種が作ったもので間違いない。もしかしたら全ての竜種は転移魔法が使えるのかもしれないと三人は思う。少なくともここに棲む竜種が使えるのは確定だ。
「…聞いてみるしかないか」
「そうね」「そうじゃな」
三人が呟くと、ウィルが六人に向かって声を掛ける。
「準備はいいか?今から四十階層へと転移する。少し進むとボス部屋がある」
「ああ、問題ない。行こう」
リクが代表して答えると、他の五人も無言で首肯する。七人が魔法陣に乗り、アキが魔法陣に魔力を流すと発動する。エルとルーシーは術式が気になるのか、足元をじっと見ている。そのうち転移魔法を改良したと言い出すのではないかとリクは思う。
一瞬目の前が白くなったかと思うと、次の瞬間にはごつごつとした岩肌の、いかにも洞窟といった場所に転移する。リクたちはエルの転移魔法と感覚が似ていると感じていた。
「ふむ。エル、仕組みが分かるか?」
「恐らくだけど入り口の魔法陣は発動者の魔力を感知出来るようになっているわ。そして最後にその魔力を記録した魔法陣に転移させるという仕組みでしょうね」
嫁二人の会話をいつも通りだなぁと見るリクと、唖然とした表情で見るアキとアイリス。ウィルとラークは良く分かっていないという表情だ。アキとアイリスが驚くのは当然の事で、転移魔法を知らない者が術式を見たとしても、そんなことは分かるはずがないからだ。事実彼女たちには術式がさっぱり分からない。つまりエルが転移魔法を扱えるであろうという推測が成り立つ。
そしてアキがおずおずとエルに聞いてくる。
「エルってもしかして…」
「あー…うん、使えるね」
エルは少し困った表情を見せたが、隠し通せるものではないので正直に言う。彼女たちならば大丈夫だろうという信頼もある。その言葉に二人は驚きのあまり後ろにひっくり返りそうになり、ウィルとラークが頭の上にクエスチョンマークを作りながらも支える。
「ど、ど、どこで覚えたの?私も使いたい!」
「…私も教えて欲しい」
教えて欲しいとせがむ二人。その利便性からして当然の事だろう。だがエルは困惑する。最近ではルーシーも短距離の転移-目が届く範囲-は出来るようになってきたが、長距離の転移はエルのように適性が無いとできないし、何より魔力の消費量が尋常ではない。とても二人に扱えるような物とは思えなかった。
「ダメとは言わないけど…適正も必要だし、魔力の消費量が凄いよ?私でも今は日に二回しかできないし。アキとアイリスの全魔力を合わせて二日に一回出来るかな?って感じだと思う。だからこういう魔力をためる腕輪にこつこつ貯めないと使えないよ?」
「それでもいいわ!絶対教えてね!」
あまりの勢いにエルも断れず、ダンジョン攻略が終わったらということで了承する。ウィルとラークは事態が全く飲み込めないのでアキとアイリスにどういうことか尋ねる。
そしてやはり二人とも後ろにひっくり返って驚愕したのだった。
「さあ、四人とも準備はいいか?俺たちは死にそうにならない限り手を出さないからな」
「ああ、望むところだ。よし、行くぞ!」
「おう!」「うん!」「…うん!」
ウィルが決意を込めて言うと三人は少しでも不安と恐怖を拭い去ろうと声を上げて力強く同意をする。そして大きな扉を開けると、洞窟とは思えない程の巨大な空間が広がっており、奥の方にミノタウロスらしき魔物の姿が見える。
アイリスがウィルとラークにバフ―攻撃力強化と防御力強化―をかけ終わると、ミノタウロスがこちらに気付いて近づいてくる。
いよいよ四人の戦闘が始まろうとしていた。
ブックマーク、感想、評価が励みになります。よろしくお願いします。
明日も同じ時間に2話更新です。




