プロローグ
初投稿です。誤字、脱字など有りましたらご指摘ください。
「ここまで長かった…」
大学四年の初夏に異世界に勇者として召喚されてから約半年。
黒髪、黒目、身長一七〇㎝強ながら体重が八〇㎏ある青年の風体は肥満ではない。
つい先日この異世界で二十二歳になった勇者月岳つきたけリクは自身が殴り倒した魔王の首から討伐の証であるアミュレットを取りながら呟く。
感慨深げに語ってはいるものの、ここ魔族領にたどり着くまでに時間がかかっただけで、魔王相手にも苦戦することもなく余裕の勝利だ。
この世界の住人は例外なく身体強化魔法を使っている。しかし意識して使っているわけでは無い。呼吸をすることと同等だ。
空気中に漂う魔素を取り込んで魔力に変換して細胞を活性化させる。それが身体強化魔法の原理だ。そしてこれが出来ない者はこの世界で生き抜くことは不可能だった。
つまりヤレスの住人は地球に棲む生物よりも、根本的に身体能力が低いのだ。
そしてこんな魔法に頼らなくてもよい体を持つ者―異世界からの来訪者―が、身体強化魔法を使えば他を圧倒することは言うまでもなく明らかだ。
ましてやリクは超一流とまでは言えなかったが、元の世界、地球で空手や柔道などの格闘技全般を熱心にやっていた。技術の頭打ちを感じてからは体力強化の為、筋トレで体を大きくしていた。極めつけは召喚時に得たスキル「魔力操作《極》」これによりヤレスの住人以上に身体強化魔法を使いこなしていた。
「…私の出番は?」
リクの後ろで恨めしそうに呟くのは、唯一のパーティメンバーであるエル。
スプール王国の地方貴族の令嬢でスタイルはさておき、透き通るような白い肌、高い位置で纏められた輝く金髪と、翡翠のような瞳が印象的な美少女だ。
しかしその正体は常人を遥かに越える魔力量と卓越した魔法のセンスを持つ超攻撃特化型魔導士で重度の魔法オタクである。
「俺をご指名だったんだから仕方がないだろ?一騎討ちじゃないとダメだって話だったし」
リクは肩を竦めると面倒くさそうに手をひらひらさせながら答える。実際その通りで彼が一騎打ちを所望したわけではない。
「ところで殺す必要までは無いんだっけ?」
「私としては灰にしてしまいたいんだけど…まあこれで王国に忠誠を誓うはずだから見逃してあげましょう。」
心底不本意そうだが、その理由は考えるまでもない。この魔王が地雷を踏んだのだ。エルは自身のスタイル―特に胸の大きさ―について気にしており、それを揶揄されると手がつけられない。
「…ぅう」
リクの足元で魔王ルーシーが呻いているが、まだ目を覚ますには至らないようだ。
腰まで伸びた銀髪に褐色の肌、燃えるような赤い瞳と肉感的なスタイルを持つ女魔王である。
今から約一年前、魔族最強の名を欲しいままにしていた魔王ルーシーは四大国家に対して、
―自分こそが魔族で最強である。私を一騎打ちでうち倒すことができたのならばその者に忠誠を誓う―と高らかに宣言した。
魔王の力は言うまでもなく強大である。これが手に入れば世界を統一することも夢ではなくなるだろう。実のところある一国を除き、三国は世界統一など考えているわけではなかった。しかし他国にみすみす渡すわけにはいかない。その為、こぞって精鋭を魔王討伐に差し向けては尽く返り討ちにあっていたのだが、不思議なことに魔王は彼らの命を奪うことまではしていなかった。
もはや自分達では手に負えないと考えたスプール王国は、古くから受け継がれている異世界からの勇者召喚を成功させ、ついに勇者リクにより魔王は倒されたのであった。
「でもいくら魔王とはいえ女相手に思いっきり顔面にグーパンはどうかと思う」
非難めいた口調でエルが言う。リクとて本気で殴ってはいないものの確かに自分でもどうかと思う。
「…た、戦っているときは余裕なかったから……」
その視線から逃れるように明後日の方向を向きながら返答する。
―戦いに性別などない―
格好をつけてそんなことを言おうかとも思ったが止めておいた。負けそうな感じはなかったのだが、ついついラストバトルにテンションが上がってしまったのがこの結果だ。当然、罪悪感のようなものを感じないわけではない。
「まあいいわ。戦う時に名乗っているけど、念のため置手紙をして帰りましょうか。この魔王は約束を違えるような奴でもなさそうだし」
エルは胡乱げな目を向けた後、嘆息して提案する。
「ああ。それでは勇者様の凱旋といきますか」
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