数字の無力さ
「新型コロナ感染者100人」
ニュースで聞いたとき、私の頭に霧がかかった。
『100人』という言葉が、すんなり入って来ないのだ。
『100人』という文字列は認識したが、その先が全くイメージできない。
『100人』、論理的にはこの上なく確かな真実。
『100人』、霧に阻まれたように、その先の実体が全く見えてこない。
仕方がないので想像しよう……
小学校、1クラス30人。
小さな教室に席が並び、掃除の時間に机と椅子を動かす。
前後左右の微妙な距離感を思い出す。
その教室3個分。
たしかに、たくさんいる。
でも、3クラス程度なら病院に入るのでは?
真っ先にイメージする、都会の大きなお城のような病院。
広大な敷地、高くて広い建物、清潔感あふれる白の待合室。
だが待てよ、次にイメージする、田舎の小さな病院。
川沿いにちょこんとたたずむ、民間よりは多少大きな病院。
一階建てで、のどかな待合室には詰めて20人。
確かに大変かもしれない。
ところがどっこい、これは私の妄想。
真実は霧の中、私には分からないのだ。
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「降水量60ミリ」
ニュースで聞いた時、私の頭に霧がかかった。
『60ミリ』という言葉が、すんなり入って来ないのだ。
『60ミリ』、1時間あたりの確かな真実は、またもや霧で隠された。
ググってみると『滝のようにゴーゴーと 降り続き傘は役に立たない』そうだ。
仕方がないので想像しよう……
前方から吹き付ける強風!
傘を盾にして歩みを進めるも、強風に押されて遅々とした歩みになる。
「ざあざあ」ではない。
「ゴォォォォォォォ」という連続的な雨音、いや、川の音かもしれない。
長ズボンはとうに重く濡れている。
不意に風向きが変わる! 傘がひっくり返る!
そして全身ずぶ濡れになってしまうのだ。
家に帰り、靴を脱ぎ、廊下を濡らして脱衣所へ。
砂が付いた足と靴を洗い、洗濯物は乾かない。
コインランドリーも満員で困ってしまう。
スマホから非難警報が鳴り響き、川の唸りと稲光、夜は眠れず睡眠不足。
確かにこれは大変かもしれない。
ところがどっこい、これは私の妄想。
真実は霧の中、私には分からないのだ。
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「震度7」
ニュースで聞いた時、私の頭に霧がかかった。
『震度7』という言葉が、すんなり入って来ないのだ。
『震度7』、現場の被害の真実は、またもや霧で隠された。
ググったところ、耐震性の低い木造建築はかなり倒壊するらしい。
仕方がないので想像しよう……
深夜1時、静まりかえった黒い夜。
下から上へ、大地が跳ねる衝撃!
飛び起きて本能のまま、机の下へ潜り込む。
大地は上下左右に激しくシェイクされ、冷ややかな死の気配が背筋を駆け抜ける。
本棚は傾き、冷蔵庫は部屋の真ん中へ。
天井の蛍光灯は、ゆらゆら揺れてホコリを撒き散らす。
徐々に揺れが小さくはなるが収まりはしない、小規模な揺れが続いていく。
そして今更鳴り響く緊急地震速報。
バッグに缶詰と2Lのお茶、着替えを一通り入れて、上着を羽織り夜のアスファルトへ。
重い荷物を運びながら、肌寒い夜道を歩く。
そして学校の運動場へ避難するのだ。
学生たちが集まり、静かな焦りと不安が混じる独特の緊張感が渦巻いている。
電話もメールも混雑し、Lin◯で知人か安否確認のメッセージが何件も届く。
運動場でも何度も揺れ、揺れが落ち着いてからアパートに戻っても揺れる。
断水、トイレはどうしよう?
確かにこれは大変かもしれない。
ところがどっこい、これは私の妄想。
真実は霧の中、私には分からないのだ。
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ある日、ふと、小学生の教科書を手に取った。
『新しい算数 4 』
かつての授業などとうに忘れ、懐かしさよりも新鮮さが上回る。
ぺらぺらめくり、分数や割合の簡単な計算を見る。
数学的な矛盾を回避しつつ高校や大学で習う内容をひそかに取り入れる点に匠の技術を感じていると、とあるページで目を止める。
人の右手の写真だ。
人差し指だ。
指先、第一関節、そこに正方形が描かれている。
「1平方センチメートル」
そうだったのか!
自分の指を教科書に当ててみる。
そうだったのか!
1cm は自分の指先よりも小さかったのか!
一点の曇りもない澄み渡る真実!
これほどまでに鮮明に脳に叩きつけられた経験は、久しく感じた事がなかった。
己の数字は無力だ。
そう意識しようと心に決めたのだった。