051.チーム戦・初戦③
「しゃらくさいッ!」
裂帛の気合いと共に、テトラが剣を振るう。
ギィィィン! と甲高い金属音が響き渡り、歓声が巻き起こる。
竜はドラゴン種の中では、下位に位置する魔物とクォートは言っていた。
だけど、竜の鱗――防御力は、さすがドラゴンと悪態をつきたくなるほど硬い。
ま、そもそもテトラが手にしている剣が、ドルガゥンさんが作った剣だったなら、竜の防御力が高かろうが、テトラならあっさり斬り捨てていそうな気がする。
テトラが装備している剣と盾は、装備の優越で勝敗が決まらないように、学園から貸与されているものだ。
貴族と一般人では、資金もツテも大きな隔たりがあるから、本来はプラスに働くルールだと思う。
冒険者なら借りパクしたくなるほど良い装備らしいが、如何せんドルガゥンさんの作った装備と比べると、天と地ほどの性能差があるので、むしろ自前の装備を使いたくなってしまう。
「あーもう! 切れ味が悪い!」
苛立ちを口にしながら、テトラは竜の攻撃をひらりと回避する。
風切り音と、遅れてくる風圧に俺の背筋に凍る。
「リンタロー! 足が止まってるぞ! 動け、動け!」
「わ、わかったよ!」
クォートに一喝され、俺は慌てて足を動かす。
「ソーマくん、もう少し離れて!」
「リンタローさん、危ないです!」
ちょっと竜に近づいただけなのに、アリシアさんとナリーサさんに注意される。
俺は、冒険者ではないけど、竜より強い魔狼と戦ったこともあるんだよ。
もう少し、信用して欲しい。
さすがに不用意に、竜の攻撃範囲に踏み込んだり――
「っおわ!」
思わす変な声が出た。
竜が俺に向けて、無造作に爪を振り下ろしてきた。
一メートルくらいは離れていたけれど、暴風みたいな風に、冷たい汗が背中を伝う。
俺の本能が危険を察している。
それで、おめおめと引き下がるわけにはいかない。
俺は、空気を圧縮して、薄い透明な刃をイメージする。
「アースドラゴンっていうくらいだから、土属性だろ。<風よ、刃となりて吹き過ぎよ!>」
俺は、左の手刀を右肩から振り下ろして、空を斬る。
同時に、高周波のような音を発しながら、風の刃が竜に放たれる。
『Gyaooooo!』
高周波を掻き消すように、竜の咆哮が大気を震わせる。
竜は、鋭い牙の並ぶ大きな口で、空間を噛みきる。
次の瞬間、不協和音が鳴り響いた後に、ガラスが割れるような音が続く。
それは、俺が放った風刃を、竜があっさりと防いだ証だった。
「嘘だろ。風属性は弱点じゃないのかよ……」
「ソーマくん。着眼点は評価に値すると、おねーさんは思うよ。でもね、さすがにドラゴン種に初級魔術あたりは通用しないんだよ、悲しいことに」
軽くショックを受けていた俺に、アリシアさんがいつもの口調で声をかけてくる。
テトラの突貫をサポートしながら、竜のヘイトも稼ぎ、テトラに攻撃が集中しないようにしながら。
アリシアさんは、商業科に通っていると言っていたけれど、下手な冒険者よりも動きがいい。
竜に風刃を簡単に破られたことより、アリシアさんの方が俺より強そうなことの方がショックがでかい。
いや、ガルムのおっちゃんの娘だから、俺より強くて当然と思うべきか。思うべきだよな。
「リンタロー! トカゲの顔に水をぶっかけて!」
「おう! 任せとけ!」
チームの連携練習したときより、断然動きの良いアリシアさんについては、とりあえず考えないでおく。
俺は竜から少し距離をとり、深呼吸して気を静める。
ぐるりと周囲から浴びせかけられている歓声が、遠退いていく。
――■■■
誰かに呼ばれた気がした。
すでに周りの喧騒がどこか遠い世界のように感じてしまう。
――■■■
呼ばれている。
ごめん。今、ゆっくりと聞き取っている暇がないんだ。
俺は認識出来ない声の主に詫びる。
一呼吸置いて、俺は意識を大気に広げていく。
大気中の水分を知覚して、自分のそばに引き寄せる。そんなイメージをする。
そして、自分の右手に水分を集めて、圧縮していく。
「テトラ! <水よ、打ち抜け>」
ゴッソリと体の芯から、何かが抜ける感覚。ふらつきかける体を、奥歯を噛み締めて支える。
右手に生み出した直径一メートルくらいの水球を、下投げぎみに、投げる。
水球は、尾をひきながら、竜の頭部に向かって一直線に飛翔する。
「リンタロー、良きタイミング。てぇぇぇい!」
テトラは盾強打で、竜の横っ面をひっぱたく。
水球を迎撃しようとした竜は、たまらず体勢を崩す。
間髪いれずに、水球が竜の頭部を叩く。
「よし! いいぞ、リンタロー! 一気に攻めよ!」
クォートの号令。
俺たちは弾かれたように、竜との距離を詰める。
「ほい、おねーさんからの特別なプレゼントだよ」
滑るような歩法で、竜に肉薄するアリシアさん。
懐から丸くて黒い拳大の球体――如何にも爆弾というフォルムの物体――を取り出し、唸っている竜の口へ投げ込む。
アリシアさんが後ろに大きく飛び退くと同時に爆音が響き、竜の口から煙が吐き出される。
「やっぱりドラゴン種だねー。オーガくらいなら、頭を吹き飛ばせる威力があったのに」
「ッ! 今のは、お師様の――」
「お、さすがはテトラっち。気づいてしまったかー。グータラ親父が、シノ様から買った、風妖精の鱗粉を火薬に配合した属性爆弾だよ」
それなら納得、と言わんばかりに頷くテトラ。
爆発の音とか威力で、シノさん謹製の魔導具と判断したのだろうか。
悶える竜の姿から、確実にダメージを与えていることが伺える。
俺の疑似魔術は、ノーダメージだったのに。なんか悔しい。
「急いで散開し――」
『Gyaooooooo!』
クォートの号令が、竜の咆哮にかき消される。
鈍重そうな竜が弾かれたように、素早く体を捻る。
同時に丸太のような太い尾が、つんざくような音を撒き散らしながら、俺たちに迫る。
「は、範囲攻撃ッ!」
「リンタロー、ナリーサ! 回避してッ!」
テトラが盾を構えるが、競技台の石畳を捲りながら迫る竜の尾を、彼女が受け止めれるとは到底思えない。
俺は慌てて壁をイメージする。空気を圧縮して、攻撃を跳ね返す壁を。
<風よ、盾となりて災いを退けよ>
すぐさま、竜の尾とテトラの間に半透明な壁――物理障壁が形成される。
が、竜の尾は何事もなかったように物理障壁を砕き、勢いを増してテトラに襲いかかる。
焦りすぎて、イメージがうまく出来てなかったのか。
再度、疑似魔術を行使しようとイメージをするが、焦りと恐怖にイメージが固まらない。
「くそっ! テトラ、逃げろ!」
「私が尾の勢いを弱めるから、攻撃範囲から離れて!」
「テトラも逃げ――」
「ちぇぇぇすとぉぉぉ!」
ドップラー効果で遠ざかる烈帛の気合い。
落雷が起きたような轟音。
そして、恐ろしく大きな打撃音がアリーナに響き渡る。
「うっそだろ……」
俺は、目の前に広がる光景を認識することが出来ず、口をポカーンと開けたまま呆けてしまう。
ナリーサさんが右拳を天に突き上げるような姿勢――残心を示していた。
彼女の手には不釣り合いな武骨な籠手、いや金属製のフィストガードが装備されていた。
事前の打ち合わせでは、一度も見たことがない装備だ。
「クックック……ハーッハッハ! 決心がついたか、ナリーサ嬢」
「ふぅぅぅぅ……。ちぇぇぇすすとぉぉぉ!」
笑うクォートの言葉にナリーサさんは言葉を返さない。
そのかわり、息吹をあげながら、竜の懐に閃光のごとき速さで踏み込む。
踏み込みで、競技台の石畳を砕きながら、左拳を竜の腹部に打ち込む。
ドゴォォォォン!
およそ人の拳から生み出されたとは思えない打撃音が響く。
竜が苦悶の表情と共に、口から体液を吐き出す。
普段の深窓のご令嬢からは想像できないナリーサさんの姿に、俺は逃げ腰気味にクォートへ駆け寄る。
「な、ナリーサさんに、なんかヤバイものでも飲ませたのか?」
「何を言うておるんだ、リンタローは」
俺の問いに、クォートは怪訝そうに眉を顰めながら、首を傾げる。
いやいやいや、狂戦士になる薬とかなしで、ナリーサさんの豹変ぶりを受け入れられるほど、俺は柔軟な頭をしてないよ。
俺がクォートに訊ねている間も俺の背後で打撃音が絶え間なく響く。
何が起こっているのか、容易く想像できるが、俺は後ろを振り替えることが出来ない。
「ふむ、リンタローは扶桑の民なので、王国の貴族には詳しくないのだったな。ナリーサ嬢の家、レクス家は元々リリーシェルと同じく武闘派な家なのだ」
「ま、マジで……」
「嘘を言ってどうする。レクス家は武官より文官が幅を利かせ始めた頃に、家の方針を転換したのだ。武ではなく知によって王国に貢献しよう、とな」
王国の運営が安定し、戦いが少なくなれば、内政に力をいれるために、武官より文官が重宝されだしたということだろうか。
「当時のリリーシェル当主が苦言したそうだが、これからは武器を手に取らずに王国に尽くすことが大事だと、信じてやまなかったそうだ。リリーシェル領は、強力な魔物が跋扈していたため、今に至るわけだ。レクス家のように、戦争屋と揶揄されていたら、リリーシェル家も同じような道を辿っていたかもしれんな」
クォートにしては珍しく、自嘲気味に笑う。
「……お兄様、彼女に何を吹き込んだの?」
いつの間にか、テトラがすぐそばに来ていた。
彼女は無表情だが、かなり機嫌が悪そうだ。
「心外だな、我輩は何も吹き込んでおらんぞ。ただ、本質を簡単に変えることは出来ない。抑え込むくらいなら、開放するのも一つの方法と提案しただけだ」
ドヤ顔のクォートに、俺もテトラも苛立つ。
俺たちが会話している間も、打撃音が続く。ナリーサさんによる、竜を一方的にフルボッコ祭りが続いているようだ。
後衛メンバーが、実は超武闘派で、物理攻撃だけで、竜を倒すとか、チートだと思うんだ。本当なら、異世界転移してきた俺のポジションじゃなかろうか。
絶対ノーマークだったナリーサさんが、ここまで常識ハズレの戦力とは、誰も予想できなかっただろうな。
そんなことを考えていると、アリーナに響き渡っていた打撃音が止まる。
俺は恐る恐る後ろ――ナリーサさんの方を振り返る。
そこには爽やかな汗を流しながら、満面の笑みを浮かべるナリーサさんの姿があるだけだった。
彼女の背後の竜については、脳内モザイク処理をして、俺は認識しないことにした。




