050.控え室・裏側
「おい! ラゼル! どういうことだ!」
控え室に入るなり、パウルはラゼルに詰め寄る。
彼の大きな体躯と鋭い眼光は、殺気だった魔物が威嚇しているような、威圧感をラゼルに与えていた。
パウルに威圧されていることに内心、苛立ちを覚えながら、ラゼルは努めて平静を装い、彼と対峙する。
「どういうこととは、何のことだ? 見た目に似合わず、温厚なお前が声を荒げるなんて、らしくないな」
「誤魔化すな! 大会運営委員会の生徒に圧力をかけ、ルールを変更させたのは、お前だろう!」
想定通りか、とラゼルは口に出さずに呟く。
パウルという男は、魔術師として名を馳せるペクネック家の嫡男。魔術師といえば、陰謀策略などを好みそうなのだが、彼は公明正大を信条とする。まるで聖騎士でも目指しているような立ち振舞いをする。
王宮魔術師筆頭になると豪語しているが、それならば腹芸の一つでも出来るようになれ、と常々ラゼルは思う。
ラゼルは、わざとらしく大きな動きで、ため息をつく。
「俺がやったことは、例年と違うイレギュラーな事態が起きているので、公平なチーム戦を行うことが難しいと苦言しただけだ。誰も王国騎士団、近衛隊の副団長が参加することは予想してなかっただろう。パウルは予想できていたのか?」
「そ、それは……」
ラゼルの言葉に言いよどむパウル。彼の反応に、ラゼルの口の端がわずかに持ち上がる。
「王国の切り札とも言われる存在だ。学園の腕に自信がある生徒が束になって、ダメージを与えることが出来るかどうかも怪しい。パウルも例の魔物討伐作戦に参加していたのなら、王国最強と称される所以の一端を目撃しただろ」
「……ああ、この目でしかと見た。一人で百体を越える魔物の大群に突撃し、殲滅戦をやってのける存在など、畏怖と恐怖しかなかったな」
「副団長様は、元々参加予定はなかったようだ。貴族の責務とやらで、王国の有力貴族の子息が多く参加していたため、急遽参加したらしい。俺様の予想では、王国最強の戦力を見せつけ、よからぬ事を考える輩を減らせ、とでも命令がきたのだろうな。糞ジジイどもの考えそうなことだ」
自分の父親を含め、貴族の責務というくだらない苔むした因習を重んじる老害は、さっさと隠居しろ、とラゼルは考える。
ラゼルは、武芸大会もくだらないと思っている。だが好成績を残していれば老害が勝手に好感を持ってくれるという打算から参加していた。
「俺様のお陰で、一方的な展開から、多少は楽しめる試合になるはずだ。そもそも俺様の提案は、大会運営委員会を通じて、理事長にルール変更の提案を行い、承認されている。何か問題があるのか?」
「そ、そうなのか?」
「当たり前だろう。一生徒が他国からも来賓のあるイベントで、好き勝手出来るはずないだろ」
「た、確かに……そうだな……」
やはりパウルは脳筋だな、とラゼルは心の中で嘲る。
学園の理事長――ルドルフが貴族とはいえ、王国内で地位が高いわけではない。
運営委員会に、俺の存在を匂わせておけと伝えておいたので、理事長が忖度したのだろう、とラゼルは確信していた。
「再現魔術を用いて、チームの実力に見合った魔物と戦わせ、ポイント上位チームを決勝にあげる。採点も個々人の実力より、パーティー機能しているかを重視する。強いやつが魔物を倒すだけならパーティー不要だからな。個人戦と差別化も出来て、学園の催しとして、上手い具合にバランスが調整されていいだろう」
リリーシェル家の二人が武芸大会に参加しなければ、こんなことをせずに済んだというのに。レクス家の愚子め。さっさと家を取り潰すように働きかけておくべきだった。
ラゼルは口に出さずに悪態をつく。
「ラゼルよ、大丈夫なのか。ゴブリン程度を再現するのは容易いが、魔獣などを再現しようとすれば、それなりに難易度は高いぞ」
「再現魔術はマイナーな魔術だが、まがりなりにも王立学園だぞ。術師は在籍している。更に日の目を見る機会の少ない魔術なので、せいぜい頑張ってくれるだろう」
「……ラゼル」
「勘違いするなよ。別にこき使おうと思っていない。俺様の家から資金援助する。今回の件で評判が上がれば、学園の予算も増えるだろ。皆得する良い話だろ」
ニヤニヤと口の端をつり上げて笑うラゼル。
滲み出てくる悪意に、パウルはわずかに眉を顰める。
ラゼルの話は理解できる。
実力が突出しているメンバーが多いチームが断然有利で、リリーシェル家の二人がいるチームは段違いの戦力を有している。
一チームで、残りのチームを全てを同時に相手しても余裕があるだろう。
それ程までにリリーシェル家の武力は高い。
ただし、学園の催しごときで本気を出すだろうか?
ラゼルの主張と実績昔から知っている彼の貴族としての気ぐらいの高さ、性根の悪さ。
パウルは何が最善の手なのか、判断が出来ない自分の不甲斐なさに奥歯をギリッと噛み締める。
「はははっ、とにかく俺たちは参加賞が欲しくてエントリーしていないんだ。パウルの魔術の腕前は期待している。他のメンバーも学園ではトップクラスの実力者。一番を獲りにいこうじゃないか」
ラゼルの言葉に他のメンバーが声をあげて盛り上がる中、パウルは拳を握りしめて佇むのであった。




