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048.学園祭一日目②

「ハッハッハ、ラゼルは随分と小物だな! ポレア殿も情けないと嘆いておるだろうな! このままでは、スフォルガル家も凋落しそうだな!」


 ルドルフ研究室に、クォートの豪快な笑い声が響き渡る。

 今朝のラゼルとのやり取りを、俺たちから聞かされてから、彼は笑い続けている。

 そんな彼の姿を見て、テトラは嘆息する。


「……お兄様、笑い事ではないです。有力貴族の衰退は、ひいては国力の衰退に繋がります」

「仕方あるまい! 常に繁栄し続けることは難しいからな! 腐った貴族をスパッと切り捨てて、見込みのある者を取り入れれば、だいぶ違うのであろうがな!」


 快活な物言いだったが、クォートの目は笑っておらず、鋭く細められる。

 その様子だけで、ラゼルの評価がクォートの中で一気に下がったことが窺えた。

 因果応報、御愁傷様だな。


「あのー、そろそろ競技場に移動いたしませんか? 開会式が始まる時刻が迫っていますわ」

「そうね。ナリーサ、さんの言う通りだわ。お兄様は、貴賓席に顔出しも必要でしょう」

「……(テトラ)よ、我輩のかわりに貴賓席に行――」

「嫌よ」


 クォートが言い終わるより早く、テトラが断る。

 彼女は無表情で、氷のように冷たい視線でクォートを射貫く。

 テトラから放たれる重くて冷たい空気。

 ただならぬ気配に、俺とナリーサさんは本能的で研究室の隅へ移動してしまう。

 身を寄せあって縮こまりながら、ブルブルと体を震わせながら、二人で様子を伺う。

 微動だにしないテトラと、笑顔を崩さず動じていないクォート。

 思わずクォートを尊敬してしまう。


「……リンタロー、ナリーサ、さん。移動するわよ。お兄様は、貴族としての務めをきっちり果たしてください。リズとラズは、お兄様を貴賓席へ、引きずっていきなさい」


 リズとラズはクォートの両脇に立つと、深々と一礼。それぞれ腕を掴むと、そのまま貴賓席に引きずっていく。

 クォート苦笑いが通路に反響してながら遠ざかっていくのを見送った後、俺とナリーサさんは、テトラの言葉に従って、競技場に移動するのだった。


***


「すまない、貴方が最近噂になっている同郷の特待生か?」


 不意にかけられた少女の声。

 俺は立ち止まって振り返り、声の主を確認する。

 学園全体が喧騒に包まれているが、開会式が始まる時間が近いこともあり、競技場に向かう通路は生徒の姿は疎らだった。そのため、声の主――学園の制服に身を包んだ、黒髪黒目の女子生徒が一目で分かった。


「えーっと、噂のって言われると、俺の事だと思うけど……」


 突然のことに、俺は歯切れ悪く答える。

 同郷(・・)って単語が聞こえたよな。

 声をかけてきた女子生徒をパッと見た感じ、日本人に見える。つまり、扶桑の民ってやつだろうな。

 設定上、血縁者に扶桑の民がいたから、見た目だけは扶桑の民ぽいとしている。でも、扶桑の民(ホンモノ)と並べば、俺からはパチモノ感が盛大に溢れだしてしまう。だから、極力扶桑出身者と接触は避けたいのが本音だ。

 いろいろなボロが出まくって、『世界を渡るモノ』ってバレたら最悪な展開にまっしぐらだからな。

 女子生徒は、初めて会ったときのテトラのような、凛とした空気を纏っていた。彼女は、少し高い位置で結んだポニーテールを揺らしながら、俺のそばまで歩いてくる。

 女子生徒は大きな瞳を細め、俺を見据える。刃物のような鋭い視線に、俺は、ゾクリと総毛立つ。


「……リンタロー、知り合い?」

「俺が学園に知り合いがいるわけないだろ。こんな――」


 ――美少女、って飛び出そうとした言葉を飲み込む。努めて平静を装ったので、不自然さは無かったと信じたい。テトラが柳眉を少し眉間に寄せたが平常心。

 テトラが女子生徒を警戒しながら、俺の前に出ようとしたので、手で彼女を制する。

 下手にテトラが会話をすると、そこから俺がボロを出す危険がある。

 

「そう、なのか。失礼だが、その外見は扶桑の民にしか見えない。警戒して嘘をつく必要はないぞ」

「違う違う。単にこの外見になるようなご先祖様がいただけ。俺自身は扶桑の国に足を踏み入れたこともないよ。たまたまご縁があって、学園に通えるようになっただけの一般人なんだよ」

「ふむ、そうなのか。まあ、『國抜け』ならば、こんな場に堂々と出てくるわけもないか……」


 俺は嘘を口にせず、最小限の情報だけで、なんとか乗り切る。

 女子生徒が、どんなネタから話題を振ってくるかわからないからな。

 ただ、どうしても確認したいことがあった。


「『國抜け』って、別の人からも聞いた言葉なんだけど、かなり重罪なの?」

「そうですね。ただし、本人次第という面もあります。本人の知識や技術、立場など、國から出ていかれては困る存在というのはありますから。逆に言えば、ただの一般人では対して罪に問われないこともあります。でも、國を出るには、先立つものとかコネとか必要なものがあったりするので、ただの一般人が簡単に國を出ることはないですね」

「……俺は國抜けとかじゃなくてよかった」

「國抜けしたことを、子孫に伝えていないなんてよくある話ですよ。知らなければ、役人に取り調べられても誤魔化せますからね」


 一瞬、女子生徒の目が細められ、鋭い視線で俺を射貫く。

 背筋を悪寒が走るが、俺はなんとか表に出さずに耐えきる。


「國抜けしたことを子孫に伝えてないことはよくある話です。知らなければ、役人に取り調べられても誤魔化せるでしょう」


 わずかに口の端を持ち上げる女子生徒。

 カマかけをしているのかと、俺は警戒心を強める。

 魔術なんてものが存在する異世界なんだし、元の世界以上に精度の良い嘘を見破る方法が有りそうだ。

 あと、とある血筋だけに反応する魔導具(マジックアイテム)とかもありそうな気がする。

 この世界に血縁者って、絶対存在しないわけだから、血筋とか調べれてもヤバいな。


「いやいや、そんなこともないと思うよ。一目につく場所に行くなとか、扶桑出身者に近づくな、みたいな家訓もなかったから」

「ふむ、そうですか。まあ、わたしは國抜けに関わる立場ではないですし、例え國抜けを見つけたとしても、情報提供するつもりも微塵でないですから。そんなことより重要な――」


 不意に女子生徒が動きを止める。

 目を見開いて、俺の後ろ――テトラを凝視していた。

 横目でテトラの様子を窺うと、見た目に変化はない。たが、嫌そうな気配がする。

 それに女子生徒が気づくわけもなく、テトラの正面に回り込む。


「貴女は、テトラ=リリーシェルか? 秘蹟科でありながら、素晴らしい剣の腕だと聞き及んでいる。出来れば武芸大会で剣を交えられることを期待している」

「……私は錬金術師。武芸大会の個人戦にエントリーはしないわ」

「そ、そんなっ!」


 女子生徒は、驚愕した表情で固まってしまう。

 テトラは目を細め、そんな彼女を気だるそうに一瞥する。


「そもそも、自ら名乗らずに話しかけてくるのは、礼儀がなってないと思いますよ。扶桑の民は礼節を重んじると耳にしたことがあるのだけど、私の勘違いだったようね」

「ッ! そ、そんなことはない! う、噂の生徒を目にして、緊張して頭の中が真っ白に――」

「で、お名前は?」

「ッ!」


 抑揚に欠けたテトラの淡々とした一言。

 女子生徒は口を開けたまま、再び固まる。

 ちらりと後ろを見ると、大人しく成り行きを見守っていたナリーサさんが顔を青ざめさせながら硬直していた。

 ナリーサさんの気持ちは、俺にも良く分かる。テトラの機嫌が悪いときの冷たい空気は、俺も真っ先に逃げ出したい。

 女子生徒は、パチン! も両手で自分の頬を叩くと、深呼吸してテトラの冷たい視線を真っ正面から受け止める。


「無礼を働き、申し訳ない。私は扶桑の国から参――」

「リカ! こんなところで何してるのよ! 個人戦に出る生徒は、早く集まるように言われていたでしょ!」

「ちょ、待って! 今、大事なところだから!」

「大事なのは、リカが個人戦不戦敗にならないようにすることよ! リカに勝ってもらって豪遊する予定なんだから!」


 突然現れたショートカットの少女が、女子生徒の腕を掴むと、問答無用で引きずっていく。

 必死に弁解する彼女の声はあっという間に遠ざかって聞き取れなくなってしまった。

 さすがのテトラもポカンとその姿を見送ってしまう。


「……とりあえず、俺たちも行こう」


 数秒が過ぎてから、俺が独り言のような提案に反対する人は誰もいなかった。

 扶桑出身と(おぼ)しき女子生徒。リカと呼ばれていたけど、動向を注意した方が良さそうだな。

 面倒事が増えた予感に、俺は無意識にため息をついていた。


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