047.学園祭一日目の朝
「おはよう! リンタロー! さあ! いくわよ!」
まだ日が昇ってまもない時間帯、朝飯の支度をしていた俺。
近所迷惑になりそうな声量で響くテトラの挨拶に、思わず肩がビクッと動いてしまう。
「……テトラ、朝から騒々しいのじゃ。もう少し瀟洒で優雅な登場を心がけよ」
「お師様! おはようございます! 今日は出撃の日です!」
「うーるーさーいのじゃ! 近所迷惑を考えるのじゃ!」
テーブルに付したまま、両手で頭の狐耳を押さえるシノさん。尻尾は毛を逆立てながら、立っていた。
俺は苦笑しながら、テトラとシノさんを交互に眺める。
「テトラ、おはよう。気合い十分なのは分かった。でも、腹が減ってはなんとやらって言うだろ。朝御飯はゆっくりしっかり食べさせてくれよ」
「む……それは、そうね」
「ほれ、テトラもさっさと座るのじゃ」
シノさんはテーブルに伏したまま、腕を伸ばす。そして、テトラがいつも座っている席あたりの天板を指でコンコンと鳴らす。
素直に座るテトラを確認してから、俺は朝食をテーブルに運ぶ。
今日の朝飯は、豆腐の味噌汁、塩漬けした白身魚を焼いたもの、甘い厚焼き玉子、葉野菜のお浸し。
春陽さんから、堅魚――鰹節ぽいものをいただいたので、料理のクォリティアップしている。
「うむうむ、今日も凛太郎の料理は上手そうなのじゃ」
「いい香り……。リンタロー、こんな料理が上手なんて、ズルい……」
テーブルに並んだ料理を凝視するシノさんとテトラ。
俺は苦笑しながら、碗に白米をよそって、それぞれに手渡す。
碗から立ち上る湯気にあてられ、二人は唾を飲み込む。
「よし、いただくのじゃ!」
碗が行き渡ったことを確認し、シノさんは元気に声をあげる。
テトラは手を組んで神に祈りを捧げ、俺は手を合わせて「いただきます」と言ってから、食事を始める。
「うむ、甘い厚焼き玉子と魚の塩気が釣り合い、飯が何杯でも食べれそうじゃ」
「リンタロー、この葉野菜を茹でたやつ、ソースの変わりに木屑ぽいのが乗ってるけど、すごく美味しい! なにこれ!」
「お浸しだよ。まだ完璧じゃないけど、春陽さんからカツ――堅魚を貰ったから、ずっと美味しく出来たんだよ」
だし汁に、昆布を使いたいんだけど、まだ市場で見つけきれてないんだよな。
元の世界で昆布は世界中に生息してたみたいだから、異世界でもありそうな気がするんだよな。
そんなことを考えていると、テトラがお浸し一口で、ご飯を掻き込むと空になった碗を俺に差し出してくる。
「リンタロー、おかわり!」
「妾もじゃ」
碗を受け取り、白飯で山を作ってそれぞれに渡す。
二人の気持ちいいくらいの食べっぷり。
料理して良かったと思える瞬間だ。
ただ、次々と繰り出されるおかわりに、俺がゆっくり食事する暇がない。
二人のお椀をどんぶりに変えることを検討した方がいいかもしれない。
サイズが大きければ、多少は時間稼ぎになりそうだし。
「そう言えば、クォートは一緒じゃないの?」
「お兄様も来たがっていたけれど、本日は他国からの来賓があるので置いてきた。学園は身分を持ち出すことは、禁じられているけど、近衛隊の副団長の立場は無視できないから」
「なるほどね」
クォートは、仕事から離れるために学園に来たとか自己紹介で言ってたけど、近衛隊の副団長の地位は高そうだし、他国の来賓客を無視するわけいかないよな。
挨拶の行列が出来そうだ。
「ふむ、凛太郎は武芸大会の準備は済んでいるのかえ?」
「はい。と言っても、殆ど準備するものなんてないんですけどね。シノさんから貰ったローブと回復薬くらいなので。装備類は薬草採取で愛用してるものを、使おうと思ってたんですけど、公平性のために全チーム装備は学園が貸し出すみたいなんですよ。戦闘補助アイテムとして、悪臭玉とか炸裂玉とかを用意しようかと思ったんですが、メンバーから反対されました」
うんうん、と俺の言葉に頷いているテトラ。
悪臭玉とか、使えば確実に相手を行動不能に出来そうなんだけどな。観客も巻き添えで、行動不可能になるかもしれないけど。
悪臭玉は阿鼻叫喚な光景が容易に予想できる、炸裂玉は(俺が使うと)威力が高すぎる、とそれぞれテトラに却下された。
ま、俺が魔導具を使うと、想定外の効果が発揮される可能性があるから、当然か。
「リンタローは、疑似魔術をメインに据えて、サポートを中心に後衛を担当してもらいます。私とお兄様が前衛を担当します」
「テトラと悪ガキで前衛とな。それは許可されたのかえ?」
「はい。運営委員会から許可されました。お師様は、何か問題があるとお考えですか?」
シノさんの問いに、テトラは首を傾げる。
テトラとクォートの実力を知っていれば、出てきてしまう疑問だよな。
シノさんは、「ふぅー」と息を吐いてから、テトラに問いについて説明する。
「汝等と、まともに戦える生徒が学園にはどれ程おるのだ? だいたい悪ガキは、阿呆だがこの国で五指に入る強者であろう。テトラも生徒ごときに苦戦はせぬじゃろ」
「ああ、なるほど。私とお兄様の相手を出来る生徒は、いないかもしれないです」
納得するテトラ。
テトラもクォートも、尋常じゃないほど強い。俺が足手まといになったとしても、全然ハンデにならないと思う。
改めて考えると、テトラとクォートがいる時点で、チーム戦は優勝確定の気がしてきた。
「うちのチームって、ズルいよな」
「……ズルなんてないわよ。チーム戦はメンバーを揃えることも重要だし、」
「テトラとクォートがチームにいるだけで、ズルな気がしてきた」
「……私はズルしてないよ。ただ鍛練しただけ。鍛練すれば、誰でも同じように強くなるよ」
「いやいや、それは無理だよ」
少し頬を膨らませながら反論するテトラ。
ゲームみたいに経験値を貯めてレベルアップすれば強くなる世界なら、その理論は成立するだろうけど、流石に無理があるよ。
俺は苦笑しながら、緑茶をカップに注いでシノさんとテトラに手渡す。
食事が一段落ついていたこともあり、二人はズズーッとお茶を啜る。
「無理じゃと思うが、手加減をするのじゃぞ。祭りで怪我をするのは、悪くはない。だがベッドで数ヶ月、寝たきりというのは、ちと可哀想じゃからな」
「お師様、真剣勝負で手を抜くことは、騎士として末代までの恥です」
「……テトラ、騎士は辞めて錬金術師になったんじゃ――っと」
ツッコミを入れたら、テトラに睨まれた。
俺はお茶を啜りながら、顔を背けて彼女の視線から逃げる。
テトラは絶対、手加減は出来ないタイプだよな。クォートも手加減、苦手そうなんだよな。
武芸大会、俺とナリーサで前衛した方が、実力差が減っていいんじゃないか。
「まあ良いのじゃ。凛太郎、祭りが盛り上るように上手く立ち回ってやるのじゃ。気が向けば、妾も顔を出すのじゃ。その時は凛太郎の活躍をたっぷりと見せて欲しいものじゃな」
ニカッと笑うシノさん。
武芸大会に出場する緊張感が、プツンと切れた。
代わりに別のプレッシャーが生まれてくる。
テトラとクォートが頑張れば、間違いなく俺の見せ場はない。
かといって、俺がバッタバッタと相手チームメンバーを叩き伏せるイメージは沸いてこない。
「……リンタロー、ふぁいと」
先程のお返しとばかりに、笑顔で便乗するテトラ。
俺はぎこちない動きで、朝飯の片付けを始めて、その場を誤魔化すことしか出来なかった。




