042.エリートエンカウント②
「……テトラ。パウルとは、どんな関係なの?」
「リンタロー、いきなりどうしたの? パウルって、さっきのパウルよね」
並んで横を歩くテトラに、俺は、ふと訊ねる。
彼女は、想定してなかった話題に、キョトンとした顔で俺を見た後、柳眉を寄せて少し考える素振りを見せる。
パウルの最初の態度を見ていれば、許嫁や求婚済みは十分に考えられる。
貴族なら政略結婚とかも考えられる。
でも、パウルがテトラの姿を目にした後の態度は、尋常じゃないくらい焦って、どもって汗だくだったから、なんか違う気もする。
「んー、んー、んー……強いて言えば、幼馴染み、かな」
「そうなの? パウルはそんな感じじゃなかったけど」
「そんな感じじゃないって、どう言うことなの、リンタロー」
しかめ顔のテトラが、俺の方にずいずいと近づいてくる。
さらさらと揺れるテトラの金髪と、ほのかに漂う甘い香り。
澄んだ青い瞳が真っ直ぐに俺を捉えている。
俺は反射的に息を飲む。
自分の意思とは裏腹に、体温が徐々に上がっていく。
「あの、その、えっと……」
「歯切れが悪いわよ、リンタロー。白状しなさい」
テトラは柳眉を寄せながら、さらに顔を近づけてくる。
彼女の息づかいが、肌ごしに伝わってくる。
心拍数が上昇し、耳がじわじわと熱くなっていく。
ヤバい。
何がヤバいのか、わからないけど、ヤバい。
俺の体の芯で、何かが蠢いている。
行き場のない何かを誤魔化すように、俺はワキワキと空中を掴むように、掌を開閉する。
パウルがテトラを嫁にする宣言したことを、白状すれば、この状況が解決するのだろうか。
それは何か違う気がする。
「えっと、パウルは魔術に長けた一族、なんだよね」
「ん? そうよ。それがどうしたの?」
「リリーシェル家が武術、パウルの家――ペクネック家が魔術。レヴァール王国の双璧と言われる家同士だからだから……」
俺の言葉に、テトラが首を傾げる。
あれ? 俺は何か変なことを言ったのか。
「リンタロー、パウルに何を吹き込まれたの? ペクネック家は、確かに優秀な魔術師を輩出しているけど、他にも有名な家はあるわよ」
「え、そうなの? 親が王宮魔術師の序列一位とか聞いたけど……」
「確かに、今の王宮魔術師の序列一位は、ペクネック家よ。でも、常にってわけじゃないわ。王宮魔術師で有名な家系は、ペクネック家を含めて、七つくらいあるわよ」
俺は、思わず眉間にシワを作ってしまう。
パウルの口振りだと、王宮魔術師として、ぶっちぎりで有力な家ぽかったんだけど。
他に有力な家が七つもあったら、ダントツじゃないじゃん。
「パウルは、魔術師として優秀なの?」
「そうね……」
テトラは俺から身を離し、顎に右手をあてながら、考え込む。
なんか色々とパウルが可哀想になってくる。
即答で「優秀!」とテトラが評価してくれないなんて。
アウトオブ眼中、まではいかないが、限りなく近い状態じゃないだろうか。
時間にして一分にも満たない熟考した後、テトラは口を開く。
「パウルは、割りとレアな四大属性の保持者だったはず。攻撃だけでなく、防御や補助も出来るオールラウンダー。あ、回復は苦手な方だった記憶があるわ」
「満遍なく魔術が扱えるって、だいぶ優秀じゃない?」
よくある設定で言えば、攻撃は魔法使いで、回復・補助は神官って、お決まりだよな。
どんな状況にも対応できそうだし、パーティーに必ず欲しい人材じゃなかろうか。
「そんなことないわよ。使える魔術が多いに越したことはないけど、それが必ずしも優れた魔術師と言うわけではないわ。ケースバイケースで、適切な魔術を選択できることや、素早く魔術を発動できることが大事よ。それに所詮は魔術よ。魔術師が見える範囲にいるのなら、事象が顕現する前に、本人を潰せばいいだけよ」
そう言って、テトラが黒い笑顔で「フフフッ」と笑い始める。
彼女の姿に、俺は背筋に薄ら寒さを感じてしまう。
テトラと一緒に素材の収集に街の外に出るから、彼女の剣の腕前は、よくわかっている。彼女の剣の腕前は、並の腕前じゃない。
魔術師が魔術を顕現させる一瞬の隙をついて、テトラが剣で魔術師を叩き伏せる姿を、俺は容易に想像が出来てしまった。
でも、オールラウンダーな魔術師って、貴重だよな。扱える属性も多いって話だし、パウルがチームにいれば、かなり戦力補強になるんじゃないかな。
「ねぇ、パウルを武芸大会のチームに誘――」
「イヤよ」
「へ?」
「だから、イヤよ」
テトラの即答されて、俺は呆けてしまう。顔見知りならば、チームに誘いやすいだろうし、実力者だし、悪い話じゃないとおもったのだけど。
念を押すように、「イヤ」と二回もテトラが言ってくるとはおもっていなかった。
てっきり「それもありね」とか返ってくると思っていたので、俺はテトラの言葉が一瞬理解できなかった。
「パウルって、優秀な魔術師なんだろ。なんでイヤなの? 魔導科だから?」
「違うわよ。単にパウルが弱いからよ。客観的に顧みて、学園の生徒の中で、上から数えた方が早い実力者よ。でも……」
淡々と答えていたテトラだったが、口を噤むと少し思案するような素振りをみせる。
弱いけど、実力者。
相反するような評価だが、テトラが冗談の類いを口にしているようには見えず、俺は訝しげながら、テトラの言葉を待つ。
「非公式扱いになっているのだけど、数年に一度、有力な貴族の子息子女を集めて、御前試合が行われているの。結果については国民に公開されることはない、内々の試合よ。御前試合の目的は、優秀な人材の発掘ね。だけど、殆どの貴族にとっては、子息子女を国王にお披露目が出来るチャンス。八百長とまではいかないけど、家の権力で、勝敗が決まる試合も多々あるわ」
「真剣勝負で良い試合をした方が、国王の覚えも良くなると思うんだけど……」
「そうならないのが、貴族社会なのよ。おべっかのために使う労力を、別のことに使った方が絶対に良いと、私は思うわ」
げんなりとした様子で、ため息をつくテトラ。
「話が逸れたわ。御前試合で、私はパウルと何度か対戦したことがあるわ。私は剣術で、パウルは魔術だったわ」
「……手を抜いたりは?」
「もちろん、手を抜いてやったわ。御前試合で、瞬殺は可愛そうでしょ。適当に魔術を使わせて、見せ場を作ってあげたわ」
「……その後は?」
「剣で叩き伏せて終わりよ。安心していいわよ。刃引きした剣だから、腕が斬り飛ぶとかなかったから。せいぜい骨折までで、回復魔術で即全快よ」
魔物がいる世界だから、怪我は日常茶飯事とは思うけど、天気の話みたいにサラッと言われても反応に困る。
この辺が認識の違いというか、異世界だと改めて実感してしまう。
「ちなみに戦績は?」
「全勝よ、当たり前じゃない」
ですよねー、と俺は、口に出さずにツッコミを入れてしまう。
特に誇るわけでもなく、事実を口にしただけといった感じのテトラは、言葉を続ける。
「御前試合で対戦したとき、パウルは様々な魔術を行使してきたわ。精度は今一つなところもあったけれど、年齢を考えれば天才と称されるレベルだったわ。魔術で、中・遠距離攻撃をするだけでなく、身体強化系魔術で近接攻撃もできていたわ。物理防御結界も使えていたわね」
「それは魔術師として、かなり優秀だと思うんだけど」
「優秀よ。でも、それだけよ。遠距離から飛んでくる魔術は、剣で切り払えば済むし、身体強化をしても、近距離でパウルが私と渡り合えるはずがないわ」
「いや、まあ、そうだけど……」
普通は魔術を剣で切り払うとか出来ないと思うんだけ――いや、俺も体験済みだった。しかもクォートは木剣でやってたな。
この場合、常識外れのテトラと対戦することになったパウルが不運だったとしか言えないな。
「いつか必ず私を倒すって、パウルは私に宣言したわ。リリーシェル家は、挑まれることを拒むような教えはないわ。だから、機会を奪うようなことはするべきではないと、私は考えるわ」
「なるほどね……」
テトラの言い分は理解できるけれど、パウルが残念すぎる。
下手な宣言していなければ、同じチームになって親睦を深めることが出来たはずなのに。
ん? そもそも対戦する機会を奪わないために、チームに誘うことを「イヤ」って言って断るかな。
俺は、そこで考えることを止めた。
「……パウル以外で早く誰かをチームに誘おう」
「うん、そうだね」
嬉しそうに、返事をするテトラ。
この場にいないパウルに、俺は憐憫を覚えてしまう。
まあ、でも、パウルとテトラが同じチームになった場合、パウルが全力で戦えるか怪しいよな。
早く誰か見つけないとな。
俺はテトラと並んで歩きながら、そう口に出さずに呟くのだった。