042.エリートエンカウント
「おい、貴様。調子に乗るなよ」
一人ブラブラと校内を歩いていた俺に、突然かけられた言葉。
振り替えると、食堂でナリーサさんに絡んできたラゼルの姿があった。
前回同様、数名の取り巻きを引き連れている。
普通ならば、有名貴族のご子息様! と驚くところかもしれないが、俺には全く知識がない。どこぞの貴族様に凄まれても、反応のしようがない。
名札とか首から下げてくれないかな。この色だったら大貴族とか、色分けしてくれると、さらに分かりやすくていいと思うんだよね。
学園には国外から生徒が集まるみたいだし、妙案だよな。
俺がそんなことを思案していると、ラゼルの陰から男子生徒が前に出てくる。
「……貴公が噂の特待生か?」
威嚇したりする気配はないが、低く落ち着いた男子生徒の声。
俺は内心ビビりながら、男子生徒を確認する。
短く切り揃えた赤毛。
鋭い眼光に意思の強そうな太い眉。
俺より頭一つ分は高い身長に、体の線は太くて、体育会系イケメンという感じ。
俺をまっすぐに見据えてくる彼の目力に、俺は気圧されてしまう。
視線をそらしたくなる衝動を、俺はグッと堪える。
「……はい、そうです」
「扶桑の出身という割には、貧相な体つきなのだな。彼の民は、何かしら一芸に秀でていなければ、国から出ることもままならないと聞いている」
「俺は、扶桑生まれじゃないんですよ。祖先が扶桑出身というだけで、大陸の辺境生まれなので……」
相手の様子を伺いながら、俺は返答する。
予想していた回答ではなかったのか、男子生徒は眉をひそめて、目を瞑る。
何やら考えているようだった。
時間にして数秒が経ち、彼は重々しく口を開く。
「国抜けの子孫は、末代まで追われると聞く。この学園は安全だろうが、安全なうちに体を鍛えるとよい。場合によりけりだが、いざというときは微力ながら、力を貸してもいい」
「申し出はありがたいのですが、国抜けとか非合法みたいなことは、やってないって聞いているので、大丈夫です」
「む、そうか。それは早とちりしたな、申し訳ない」
素直に謝罪する男子生徒。
ラゼルと一緒に現れたので、嫌みたっぷりで、いけ好かない貴族様、かと身構えていた俺は呆気にとられてしまう。
彼の態度は、ラゼルにとっても予定外だったのか、若干口元がヒクついている。
「パウル。いつまで無駄話をするつもりだ。本題に入れよ」
「ああ、そうだったな」
苛立ったラゼルの声に、男子生徒――パウルは、思わす膝を叩く。
彼が襟を正すと同時に場の空気が引き締まる。俺も雰囲気に飲まれて、姿勢を正してしまう。
「私はパウル=ツー=ペクネックだ。代々、王宮魔術師を輩出し、王に遣えることを生業としている。現、王宮魔術師序列一位は私の父が務めている」
「俺は、リンタロー=ソーマ。縁があって、シノさ――アキツシマ工房で世話になっている。見てくれ以外は、一般生徒と大差ないから、一芸とか過度な期待はしないで欲しい」
パウルの自己紹介に対して、嘘ではない自己紹介を返しておく。
しかし、アキツシマって単語を口にした瞬間、ラゼルの取り巻きがざわめき出した。俺を見る目が、見下すような視線から、警戒するような視線に変わる。
俺としては、見下して路傍の石的な扱いをしてくれるのが、一番ありがたいのだけど。
ホントにシノさん、何をやらかしたのだろうか。
「王宮魔術師の序列一位が父親なんてスゴいな。そんな親なら誰にでも自慢できるし、鍛えてもらえそうだし羨ましい」
「自慢の父親ではあるが、序列一位は私の実力とは関係ない。男ならば自らの力で勝ち取ってこそ、自慢できるというものだ」
イヤミではなく、本当にそう考えているようで、パウルの瞳に翳りはない。後ろの方で、パウルを面倒くさそうに見ながら、ラゼルが小さく舌打ちしていた。
実力で王国を支えている一族は、清廉潔癖になるのかな。テトラやクォートの一族は、武力で王国を支えてきたみたいだし、パウルの家は、魔術で国を支えてそうな感じだし。
そうなってくると、パウルが俺に声をかけてきた理由が分からない。ラゼルなら意味もなく、人を見下すために声かけてきそうだけど。
ルドルフさんが気を利かせて、俺も特待生にしてくれたから、悪目立ちしているのかね。嫌だなぁ。
警戒している俺をよそに、パウルは周囲の様子を伺う。そして、咳払いをしてから、口を開く。
「貴公は、リリーシェル家の関係者なのか?」
「リリーシェル家って、テトラとクォートの実家と? 全くの無関係だけど……」
「本当か?」
パウルが、睨むようにして、訊ね返してくる。妙に力強い視線に、俺は尻込みしてしまう。
「ほ、本当にリリーシェル家と、俺は何も関係はないから」
「ならば、辺境出身という貴公とテトラが顔見知りなのは何故だ?」
「それは単に、俺がアキツシマ工房で、ご厄介になっているからだよ。テトラは、シノさんに弟子入りして、錬金術師として活動をしているから、普段から顔を合わせやすいんだよ」
「普段、から、だと……」
俺の言葉に動揺するパウル。しかし、すぐに表情を戻すと、ぐいっと顔を近づけてくる。俺は反射的に身を引くが、さらにパウルガ顔を近づける。
いたちごっこになると諦めて、俺は呼気のかかる距離を維持する。
「貴公は、テトラと……どんな関係だ?」
パウルは、視線をそらすことなく、真剣な顔で、俺を見ている。
俺は質問を心の中で反芻する。
テトラと俺の関係。
シノさんの思惑で話すならば、相棒だろうか。
俺が素材を扱う蒐集師で、テトラが錬金術師。
俺が元の世界に戻れる可能性のある魔導具――虹の雫を、テトラに錬成してもらい、その過程で彼女は一流の錬金術師へ成長する。
実に陳腐なシナリオで、俺とテトラの関係は説明が出来てしまう。
これを伝えれば、パウルが納得し、ラゼルとその取り巻きも、どこかに行ってくれるのだろうか?
――本当にそう答えていいのか?
俺に俺が問いかける。
テトラが俺の事をどう思っているか、わからない。
それでも、俺は彼女の事を信頼している。
彼女に何かあったときは、力になりたい。
蒐集師と錬金術師のコンビ。
それだけでいいのか?
気がつけば、俺はうつ向き、拳を握り締めていた。握りしめた手にジットリと汗ばんでいる。
パウルに何か言い返さないといけないと思っているのに、言葉が喉の奥から出てこない。
「私は、テトラを娶るつもりでいる。ペクネック家の嫡男として、父を越え、歴史に名を残す魔術師になる。そんな私に釣り合う相手は、王家の剣と謳われるリリーシェル家のテトラ以外にない。王国の護る双璧と言っても過言でないリリーシェル家とペクネック家が一つになれば、王国史の節目として、末長く語られる出来事になるだろう」
「――ッ!」
自信を感じさせる厳かな声で語るパウル。
反射的に俺は顔を上げると、パウルの視線とぶつかる。
パウルの揺るぎのない瞳に、俺が映る。
気圧されそうになりながらも、俺は踏み止まる。俺の反応に、彼の太い眉がピクリと動いた。
テトラが俺をどう思っているなんて関係ない。俺自身の気持ちがどうかだ。
俺は静かに息を吸い込む。
「テトラは――」
「リンタロー!」
俺の言葉をテトラの凛とした声が遮る。
パウルとラゼルの間から、早足で近づいてくる彼女の姿が見えた。
口にしようとしていた言葉を、俺は慌てて飲み込む。同時に耳が熱くなる。
顔が赤くなっていないことを、俺は祈るしかない。
「ラゼル、リンタローに何用かしら?」
「私は、平民に用はありませんよ。偶々、この場に居合わせただけでございます。強いて言うなら付き添いのようなものですよ」
ラゼルは、信用ならない薄ら笑いを浮かべながら、恭しくテトラの問いに答える。
テトラがラゼルに冷たい視線を向けると、わざとらしく肩を竦めてみせる。
「や、や、や、て、て、て、とらでは、ないか! き、奇遇だな、このような場で、会うのは!」
「……ごきげんよう、パウル。そうね、貴方が魔導科棟から出てくるなんて、珍しいわね」
「そ、そ、そんなことは、ない!」
俺は、目を瞬かせながら、パウルを見る。
先程までの自信に充ちた彼の姿はなく、顔は耳まで真っ赤に染まっている。今にも湯気が立ち上ってきそうだ。
パウルの声は裏返り、吃ってテトラとまともに話せていない。俺と対峙していたときの自信は、何処かに逃亡している。
いたたまれない気持ちに、俺は思わずラゼルを見る。俺の視線に気づいた彼は、物凄く嫌そうな顔をしていた。
こっちを見るな、というのがヒシヒシと伝わってくる。
いや、待って欲しい。
パウルは、さっきまでと態度が一変しすぎだろう。
今までの流れを考慮するなら、テトラを出会い頭に口説くくらいしないとバランスが取れないんだけど。
呆然としながら俺はパウルを眺める。
滝汗のせいで、彼は頭から水を被ったような状態になっている。
再度、ラゼルに視線を送ったら、クルリと反対側を向く。
俺を巻き込むな、という強い意思を感じる。
俺が途方にくれていると、テトラが社交辞令的な会話で、話を終わらせていた。
「――貴方も武芸大会に出るのね。対戦することがあれば、正々堂々と戦いましょう。リンタロー、行くわよ」
「あ、ああ。わかった」
俺はパウルにペコリとお辞儀をしてから、テトラの後を追う。
色々と思うところはあるのだが、俺は考えることを放棄することにした。




