041.閑話 疑似魔術とは
「ぷはー、凛太郎の作る料理は、まっことにうまい。そして、淹れてくれるお茶も格別。これだけで、凛太郎を拾ってきて僥倖と思えるのじゃ」
スズーッとお茶を啜りながら、カラカラと笑うシノさん。
色白で銀髪金瞳のシノさんが、箸を器用に操って、和風もどき料理――この世界では扶桑風と呼ぶべきかな――を食べる姿は、非日常感がハンパない。
シノさんは、箸よりもナイフとフォークが似合うから仕方ない。
「そう言えば、ラズに短刀型の魔導具で刺されたって話しましたよね?」
「うむ。主もろとも灰塵に還してやろうかと思うたが、テトラが止めたのでご破算じゃ。せっかく色々と用意してやろうと思うたのに……」
ハァー、と心底残念そうに、ため息をつきながら肩を落とすシノさん。
一体、どんなことをするつもりだったのだろう。シノさんを止めたテトラ、グッジョブ。
俺は心の中で、テトラに拍手喝采を送りながら、本題を口にする。
「ラズに短刀で刺されて、意識が朦朧としていると時に、頭の中に声が聞こえてきたんです」
「ほほう、声とな」
俺の言葉に、シノさんがスッと目を細める。
先ほどまでとは違う、真剣な空気が漂う。
「凛太郎、その声とやらはハッキリと聞こえたのかえ?」
「はっきりかと言われると自信ないです。そもそもが意識が朦朧としていたので……。でも、女の子の音声合成――は、通じないか。作り物みたいな声が、聞こえたんです」
「他の者に、その声は聞こえたおったのか?」
「……俺以外に聞こえていないみたいでした」
「そうかそうか、なるほどのぅ。さすがは凛太郎。妾の想定を越えておるのじゃ」
俺の回答に、シノさんはニヤリと含みのある笑みを浮かべる。
どこか妖艶な雰囲気を漂わせる彼女の姿に、俺は無意識に唾を飲む。
彼女はスッと細く形のよい指で、俺の左手首を指す。
「忠義の腕輪に、魔力を持たぬ汝でも、疑似魔術が扱えるように、妾が細工を施したことは覚えておるじゃろ」
「は、はい。魔力は腕輪の魔石に蓄積。顕現する効果をイメージしながら、詠唱することで、疑似魔術が発動するんですよね?」
「然り。汝は、魔力がないため、虚数界面に、触れる術がない。それゆえ魔術が使えぬ。なので、忠義の腕輪を仲介させることで、魔術を行使できるようにしておる」
シノさんは俺の目を見ながら、ゆっくりと説明してくれた。
俺は彼女の説明を頭の中で繰り返す。
元の世界で得たサブカル知識で、シノさんの説明を解釈してみる。
魔力で様々な事象を発生させる。ただし、魔術と魔力だけで成り立っているわけではないようだ。
「えーっと、まずは魔術を媒介にして、虚数界面に接続する。魔術式を展開し、虚数界面に事象を発現させる。そして、事象世界面に干渉し、事象を顕現させる、という感じですか?」
「ほー、凛太郎は、魔術を行使が出来ぬというのに理解が早いの。錬金術と同じく、魔術は魔力があれば、何でも出来ると思うておる阿呆がおるというのに」
「俺の場合、魔力がないため、虚数界面に接続することが出来ない。その部分を忠義の腕輪――魔導具が仲介してくれるので、疑似的に魔術を行使できるんですよね?」
「うむ、然りじゃ」
シノさんに褒められて、顔が緩みそうになるが、なんとか耐える。
魔導具のお陰で魔術を行使していることは、理解できたけど、魔術を制御する術式とかは全くノータッチだ。今更だけど。
どんな魔術を使いたいのか、頭の中で想像しているだけだ。
「俺は、どんな魔術を使いたいのかイメージしているだけだけど、忠義の腕輪が俺のイメージを読み取って、魔術式に即反映してくれているわけですよね。そんなパターンが無限にあるような作業を黙々とやってくれている何かが、忠義の腕輪に存在しているって事ですよね?」
俺の言葉に、パァーン! とかしわ手を打つシノさん。
彼女の頭の狐耳はピコピコと動き、尻尾もフサフサと揺れている。
「うむ、その通りじゃ。さすがは凛太郎じゃな。理解の早いところは好ましいのじゃ」
嬉しそうなシノさんの姿に、俺はホッと胸を撫で下ろす。
的外れなことを口にしても問題ないと思うけど、カッコ悪いじゃん。
「忠義の腕輪の機能について、補足をすると――
・魔石へ自動的に魔力を貯める
・魔石から魔力を供給
・装着者の魔術回路の補強や疑似的な魔術回路の形成
・装着者の発動したい魔術イメージを読み取り、魔術式に変換
・装着者の意思を読み取り、魔術の発動、及び制御
――といったところじゃな。特に装着者の意思を読み取り、魔術式に変換・調整を行い、魔術を行使する機能については、妾以外に作れるものはおらぬと断言してよいほどじゃ。装着者の意思を読み取る機構、人工精霊を造り出して賦与するなんぞ、神の技よ」
「人工精霊……」
俺は思わず呟いてしまう。
精霊ってだけでファンタジー感満載だろ。俺の厨二病が疼いてしまう。
「そ、そ、そ、それで、実体化とか出来るんですか?」
「落ち着くのじゃ、凛太郎。たまに凛太郎の食い付きは、常軌を逸しておるぞ」
「いやいやいや、これは仕方ないですから。むしろ正常な反応ですから」
シノさんは、俺の反応をみて、ドン引きしているが俺は気にしない。
俺の厨二病は、鎮まることなく、どんどん燃え上がる。
人工精霊って、実体化が出来れば、マスコット確定だろ。デフォルメされた造形なら、なお良しだ。
「……ついさっきまで、賢さに驚かされたというのに。人工精霊は、徐々に成長するのじゃ。人工精霊の成長は、装着者とどれくらい同調が出来るかが鍵じゃ。凛太郎の場合、疑似回路の展開が大切になってくるのじゃ」
「疑似回路の展開! 具体的に、詳しく!」
「落ち着くのじゃ。ほれ、深呼吸して、お茶を飲むのじゃ」
シノさんが、呆れ顔で湯気立つ湯呑みを渡してくる。
不満はあったが、俺は素直に湯呑みを受けとる。深呼吸をしてから、湯呑みを呷る。
口内から食道、胃と順番にジワリと熱い塊が移動していくが気にしない。
プハッ、と息を吐くと、お茶の爽やかな香りが鼻腔を抜けていく。
俺は口元を手の甲で拭いながら、湯呑みをテーブルにタン! と音を立てて置く。
「凛太郎、全く意味なしなのじゃ」
「落ち着いたので、シノさん!」
「落ち着いておらぬ、全く落ち着いておらぬ。男子は、いつの時代もたまによく解らぬ時があるのじゃ」
呆れ顔のシノさん。
深いため息をついてから、彼女は口を開く。
「やることは至って単純じゃ。疑似魔術を使うだけ。ただ使うのではなく、よくよく魔術で引き起こす事象を考え、制御をすることじゃ。そうすることで、疑似回路は体に馴染んでいくことになる」
「なるほど。疑似回路を意識的に鍛えるのは難しいけど、疑似魔術を使えば必然的に疑似回路も鍛えられるわけですね。知っていれば、シノさんから忠義の腕輪を貰ったときから疑似魔術を使うようにしたのに」
疑似魔術を使って、忠義の腕輪が壊れたりしたら嫌だったから、疑似魔術を使うことを控えていた部分があったんだよな。
ヴァン山脈で色々あって、疑似魔術を何度も行使したから、疑似回路が一気に体に馴染んだんだろう。
疑似魔術の精度や威力が上がったのは、そのお陰かな。
「よし、これからは、どんどん疑似魔術を使います!」
「意気込みは結構じゃ。だだし、街中でどんな魔術でも行使すれば連行される可能性があるので、注意するのじゃぞ」
「え、魔術って街中で使えないんですか?」
「当たり前じゃ。だから、魔導具あるのじゃ。どんな事象が起こるか確定しておるからな。本人の才能や技量に依存する魔術より、誰でも同じように扱える魔導具の方が安全じゃろ」
「……確かに」
「妾の計算では、十年も使っておれば、人工精霊に自我が芽生えるのじゃ」
「でも、声が聞こえて……」
「まだ人工精霊の自我が芽生えるには早いのじゃ。きちんと調査をせねば確定は出来ぬが、他の魔導具の干渉が一時的に人工精霊の活性化に繋がったのであろう。今回の件は、無かったものとし、人工精霊の成長を気長に待つことじゃ」
他の魔導具――操り人形・短刀は、身体の内側で作用する効果があったみたいだから、人工精霊が反応したということなのか。
シノさんの説明に納得が出来たわけではないけれど、それ以上、俺がどうこう出来る事があるわけでもない。
ジッと左腕の忠義の腕輪を見つめてみるが、再び声が聞こえてくるわけでもない。
意識が朦朧としていたから、断言できる程の自信はないけれど、一時的なものだったのかなぁ。
俺は、忠義の腕輪を一度撫でると、今後は積極的に疑似魔術を使うことを決める。
武芸大会もあるし、疑似魔術の腕前があがって困ることはないはずだ。
俺は、食事の後片付けをしながら、決意新たにするのだった。




