039.夕食と今後の方針
「うまい!」
アキツシマ工房二階リビングから、クォートの声が響き渡る。
どれほどデカい声かというと、ビリビリと肌が震えるほどだ。
テトラは心底嫌そうな顔をして、シノさんはペタンと頭の狐耳を伏せる。
そのうち、クォートの目とか口からビームが飛び出しそうな勢い。
俺は、そんな彼の姿に既視感を感じる。
「クォート様に喜んでいただき、リズは恐悦至極です」
「僕もです」
クォートの反応を見て、深々とお辞儀をするリズとラズ。
二人とも純粋そうに嬉しそうだ。
「クォートの反応は、大袈裟すぎると思うけど、この鍋は本当に美味しいよ」
「……お褒めいただき、ありがとうございます」
ニッコリと微笑みながら、お辞儀をするラズ。
反応に一瞬の間があったのは、俺の気のせいだろうが。
「凛太郎のいう通り、美味いのは確かじゃな。代わり頼むのじゃ」
「……お代わり」
シノさんとテトラが続けてお代わりを要求する。リズがシノさんに、ラズがテトラにお代わりをよそって、渡す。
三回ほど、お代わりをした俺は、一息つくために、お茶を一口啜る。
勢いが収まらない三人を、しばらく眺めていたが、クォートの動きが止まったタイミングで、俺は彼に声をかける。
手合せの直後は、シノさんに二人とも床に張り付けにされ、解放されてすぐに夕食が始まったので、会話する暇がなかった。
クォートに、まともに一撃を入れることは出来なかったけど、自分の強さがどれくらいなのか気になってしまう。
騎士団に所属しているクォートなら、色々な人を見てきているはずだから、客観的な評価をしてくれそうな気がする。
「クォートからみて、俺の腕前は、どの程度だったの?」
「ん? おお、そうだな。まず、剣の腕前だが、現状でC級冒険者くらいなら出来る程度だな。疑似魔術について、我輩は理解してないので、正確さは欠けるかもしれんが、魔術の腕前は、B級冒険者くらいはあるな」
「……お兄様。何故、リンタローの実力を評価をしているの? 出来るの?」
「ハッハッハ、簡単な話だ! 先ほど、手合わせしたからな!」
「――ッ!」
クォートの言葉に、テトラが目を見開く。そして、慌てた様子で俺の方を見る。
「り、リンタロー、だ、大丈夫なの? どこも怪我してない?」
「我輩がリンタローを怪――」
「お兄様は黙ってて! お兄様は自分の二つ名を覚えてないの? 『破壊者』って言われてたでしょ。何十人、再起不能にしてきたと思ってるの? 自覚ないの?」
矢継ぎ早に喋るテトラ。勢いに押されてクォートは顔をしかめる。
非常に気になる単語が聞こえてきた気がしたのだけど。
「何時の話をしているんだ、妹よ。それは騎士見習い時代の話だ。今は『殲滅者』と我輩は呼ばれている」
「余計に悪くなってるじゃないですか!」
「我輩は、ただただ見敵必殺を心がけていただけた。我輩は何も悪くない」
あっけらかんなクォートの態度。テトラも反応に困っている。
俺からすると、どちらの二つ名も大差がない気がするんだけど。
よくクォートと手合せして、無事に済んだな、俺。
「……汝ら話を進める気はあるのかえ?」
耐えきれなくなったシノさんが突っ込みを入れる。
このままだとテトラのクォート武勇伝披露大会になりそうだったので、ナイス判断。
「おっと、それは失礼した。我輩としたことが、久々に妹と顔を合わせて受かれていたようだ」
「ウザい」
「ハッハッハ、素直ではないな! ういやつだ!」
テトラは本気で嫌そうな顔をしながら、モソモソと鍋のお代わりを食べながら、ジト目でクォートを睨んでいる。
俺なら「あ、はい」と言って席を外すくらい圧があるんだけど、クォートの平然としている姿は憧れすら感じてしまう。
「まず、リンタローだが、現状で学園でダラダラ過ごしている貴族のボンクラどもより、腕は上だ」
「当然じゃな」
「……今更」
クォートの評価に俺はホッと胸を撫で下ろす。テトラとシノさんの反応も上々。
役立たずとか言われたら、立ち直れずに引きこもりになったかもしれない。
「リンタローの剣は独学か?」
「んー、独学というか、少し齧った程度。それをベースにして、ちょっと訓練しているだけかな」
俺が時間があるときにやっている素振りは、剣道――学校の体育で得た知識が元になっている。
だから、面胴小手くらいしか出来ないんだよな。
「ふむ、少し齧った程度か。なるほど、なるほど、だからなのか」
「……リンタローに、何か不満でも?」
「テトラ、話が進まなくなるであろ。過剰反応するでない。気持ちは分からんでもないがの」
シノさんが、いつの間にか取り出した扇子を広げ、テトラとクォートの間に仕切りを作る。
「ハッハッハ、リンタローは幸せ者だな! リンタローは、剣の才がないわけではなさそうだ。ちゃんと師について鍛えれば、まだまだ伸びるぞ」
「マジで! なら、俺を鍛え――」
「だが、我輩や妹がリンタローを鍛えるのは難しい。初めに身につけた武の呼吸やリズムというのは、本人が考える以上に影響を与えているものだ。我輩や妹の剣の扱い方が、リンタローにマッチするとは思えぬ」
「そ、そんな……」
ここは素直に能力向上イベントで終らせていいところでしょ。職違いでイベント不発みたいな事はやめて欲しいんだけど。
「ま、そうじゃな。汝らというより、大陸と扶桑では剣の造りが違うゆえ、同じように振り回すには、凛太郎の才も経験も足りぬ。扶桑の武芸者に師事するのが妥当じゃろう」
「流石、アキツシマ師。本質の見極めが早い。リンタローには申し訳ないが、そういうことだ。扶桑の武芸者を見つけて鍛えてもらってくれ」
「そんな都合よく見つかるわけ……」
フッと脳裏を掠める記憶。扶桑料理屋『烏兎』の料理人、春陽さん。
彼に頼めば、少しくらい教えてくれないかな。免許皆伝とかは絶対無理だけど、中伝くらいなれないかな。
「リンタローの剣の腕前について、伸び代があることは我輩が保証する。さて、前座はこの辺にして、本題に入ろう」
いつの間にか鍋を食べ終っているテトラとシノさん。リズとラズが湯気たつ緑茶を手渡していた。
あの量を食べきって、ケロッとしている二人。貫禄すら感じてしまう。
「学園で行われる武芸大会に参加する。当然チーム戦だ」
「メンバーは、俺とテトラ、クォート。そして、ナリーサさん?」
「うむ、そうだ。ただし、問題がある。チーム戦はメンバーが五人必要だ」
チーム戦って、剣道とかの団体戦みたいにやるのかな。そうなると奇数じゃないと、勝ち負けで勝敗がつかなくなるもんな。
納得したのはいいが、問題は大きい。俺とクォートは学園に入って間もないから、信頼できる知り合いはいない。研究室も俺とクォート以外に生徒はいない。
俺とクォートは、テトラの方をじっと見る。
視線に気づいた彼女は、お茶を啜りながらそっぽを向く。
「……私に、期待されても、困る」
少し顔を赤らめながら、テトラは呟く。
なんとなく予想していた彼女の反応に、俺とクォートは肩をすくめてしまう。
前、ダンジョン実習でパーティーを組める相手がいないって、言ってたからな。
「リズかラズをいれるのは?」
「二人はあくまでも我輩の付き人として、学園にいることを許されている。チームに加えるのは無理だな」
リズとラズは強そうだし、二人がチームに加わることができれば、俺が補欠になれたのに。
俺の密かな計画はあっさりと潰えることになった。
「大会までは、まだ時間があるのじゃろ。汝らが信頼できる生徒が見つかれば、引き込めばよし。見つからない場合は四人で出ればよかろう。むしろ、他の連中との実力差を考慮すれば、それでも足らぬじゃろ」
「そうかもしれませんな!」
シノさんの突っ込みに、クォートが大笑いする。
テトラとクォートの実力を考えると、一人で五人抜きで優勝もあり得そうだな。
「リンタロー、妹よ。五人目のチームメイト探しが急務だ。リズ、ラズは無粋な輩のリストアップを頼む」
と言うわけで、俺たちは学園の武芸大会に参加するために、五人目のチームメイトを探すことになった。
とりあえず、ナリーサさんに害を加えていそうなラゼルは、ブッ飛ばしたいな。
「……私に、期待しないでね」
テトラがそっぽを向いたまま、再び呟いた。




