038.実力チェック②
「受けとれ、リンタロー」
「お、おう……」
ポーン、と投げ渡された木剣を、俺は何とか落とさずにキャッチする。
普段使っている得物より刃渡りがあったため、軽く振ってみる。
確かな手応えがあり、重さに振り回されずに、扱えることを確認する。
「……で、これでクォートを倒せばいいのか? 絶対に無理だけど」
「ハッハッハ、別に我輩を倒しても構わぬぞ! リンタローは謙虚だな!」
「倒せるわけないだろ!」
実力を隠してるだろ? とか言われかねないので、俺は脊髄反射で否定しておく。
ちなみにシノさんは、いつの間に持ってきたのか、いつもの揺り椅子で、何故か爆笑していた。
俺とクォートは、魔導具試験室の中央に移動して向かい合う。
「さて、リンタローのお手並み拝見といこうか。さあ、打ち込んでこい!」
「期待はずれと後悔しても遅いからな!」
全力で情けないことを俺は全力で言い返す。
手を叩いてシノさんが笑っているが、無視しておく。
ふぅ、と息を吐きながら、俺は木剣を正面に構える。体育の授業――剣道で習った正眼の構えだ。
踏み込めば届く位置に立つクォートを、俺は真っ直ぐに見据える。
口元に笑みは残るものの、彼が纏う気配が変わっていく。
彼を中心に、空気が張り詰めていく。同時に周囲の音が遠退いていくように錯覚してしまう。
ヤバい、と俺の直感が告げてくる。
このままではクォートの剣気に呑まれて、動けなくなる。
俺は、たった数歩の距離を、半ばがむしゃらになって、クォートに向かって駆ける。
そして、右足を無理やり踏み込む。
「せぇぇぇやぁぁぁ!」
裂帛の気合いとともに、俺は木剣をクォートに振り下ろす。
脳天を狙った木剣は、カツンと乾いた小さな音を響かせる。
木剣の勢いに対して、不気味なほど静かな音。剣先から伝わってくる衝撃もなく、代わりにズルリと擦れる感触。
いなされた、と認識しながら、俺はクォートの動きを追う。
クォートは左足を後ろに引いて、半身になりながら、俺の木剣の勢いを殺しながら、軌道をそらしていた。
俺は、体の勢いを殺しきれず、少し前のめりになってしまう。
筋肉が悲鳴を上げるが、俺は強引に後ろ足を滑り寄せて、バランスを立て直す。
「次ッ!」
「――ッ、せぃ!」
クォートの声に反応し、反射的に木剣を水平に凪ぐ。
先程より重い音と手に伝わる衝撃。
木剣を立てて、クォートが俺の一撃を受け止めていた。
「ふむ、なかなかだ! 次だ!」
「ッ!」
俺の木剣を押し返し、タタン、とステップを踏むクォート。
俺は摺り足を頭の片隅に置きながら、クォートとの距離を詰める。
「そこッ!」
クォートの剣を持つ手首を狙って、鋭く木剣を打ち込む。彼は慌てることなく、手首を捻って鍔で防ぐ。
「おしいぞ!」
「くそっ!」
素人の一撃だから、簡単に防がれるのは仕方ないのは理解している。
それでも少し悔しい。
俺は大きく息を吸い込み、木剣の柄を握り直す。
摺り足で距離を詰めて、俺はクォートに木剣を打ち込む。
――カン!
俺の木剣を軽くいなして、クォートは軽いステップで距離をとる。
俺は摺り足で追従して、木剣を連続で打ち込む。
――カン! カン!
クォートは木剣を振るい、俺の木剣の軌道をそらす。
悔しい。
俺は弾かれても構わず、連続で木剣を振るう。
――カン! カン! カン!
乾いた音だけが魔導具試験室に響き渡る。
何度目かわからない打ち込み。
ふらり、とクォートの体がぶれる。
「――ッ!」
次の瞬間、俺は言葉を失う。
ワンテンポ遅れて、床を俺の木剣の刃部分が跳ねていた。
少し強めの衝撃が、木剣から伝わってきたが、木剣で木剣を斬るなんて、俺の理解の範疇を越えており、思わず息を飲んでしまう。
「うむ、リンタローの剣の腕前については、把握した!」
「ハァハァハァ、大したこと、ない……だろ……」
「リンタローが兵士であれば、下級兵士として、ギリギリ及第点と言ったところだな! だが、根性はなかなかのものだ! 貴族のぼんくらだったら、最初の数合で、やる気をなくす輩ばかりだからな!」
褒められてはいるが、剣の腕前については、お察しください。といったところだろうか。
どっと押し寄せてきた疲労感に、俺が膝に手をつき、肩で息をする。
そんな俺を横目に、クォートは床に転がる斬り落とした木剣の一部と、俺が握りしめている木剣の残りの部分を回収すると、シノさんの方に向かう。
「アキツシマ師、すまない。お借りした木剣を壊してしまった」
「汝よ、それは壊したと言わぬ。それで凛太郎は手強かったかえ?」
「うむ! あれで止まってくれなかったなら、いささか面倒なことになっていたと思う」
「フフフッ、凛太郎は妾のお気に入りじゃからな。ほれ、斬った木剣を寄越すのじゃ」
「かたじけない!」
ぶっきらぼうに突き出されたシノさんの手に、クォートは恭しく木剣を置く。
受け取った木剣の切り口を指でなぞり、彼女は少し驚く。
「近衛隊、副団長の肩書きは、飾りではないようじゃな」
「アキツシマ師に褒めていただけるとは、恐悦至極だ」
笑うクォートを横目に眺めながら、シノさんはローブの袖から、小壺を取り出す。
蓋を開けると、小指で中の白い軟膏のようなものをすくい取り、木剣の切り口に塗りつける。
木剣の切り口を綺麗にくっ付け、その部分を彼女は手で覆う。
チカッと光ったかと思うと、木剣の剣先を握って、柄の方をクォートへ差し出す。
「おぉ、まさか先ほどの一瞬で……」
クォートは受け取った木剣の接合部を確認した後、何度か素振りをする。
ヒュンヒュン、と空を斬る音が響く。
「切り口が見事だったので、戯れに直してみたのじゃ」
「これが戯れとは、いやはや噂に違わぬ腕前だ」
素直に、感嘆するクォート。その反応にシノさんは満更でもない様子。
俺には原理が分からないが、切り口部分を錬金術で再構成したのだろう。
シノさんが、目の前で錬金術を使ったことをテトラに話したら、物凄く不満を言ってきそうだな。よし、黙っておこう。
「さて、次は魔術だな。リンタロー、魔術は使えるのか?」
「えーっと……」
俺はちらりとシノさんに視線を送る。
「凛太郎は魔力がないゆえ、魔術が使えぬ。だが妾が拵えた魔導具で、疑似的に魔術を行使できるようになっておる。事情を知らぬ者が端から見てもわかるまい」
「魔力がないとは稀有だな、リンタロー! 疑似魔術云々については、ルドルフに確認するとして、見せてもらおうか、疑似魔術とやらを!」
好奇心に満ちた顔で、魔導具試験室の中央に戻ってくるクォート。
シノさんが修復した木剣をポンと投げ渡してくる。
ステッキの代わりに使えと言うことだろうか。
「木偶が必要なら用意してやらんこともないぞ」
「心遣い感謝する。だが不要! さあ、リンタロー、こい!」
「マジで……」
剣を構えて嬉々としているクォートに、若干引いてしまう俺。シノさんも呆れ顔だ。
「どうした?」
「……いや、なんでもない」
クォートは不思議がっているが、自分に向けて攻撃魔術を撃ち込めって、マゾヒストすぎると思う。
だが、クォートが方針を変える気配はない。
俺は、一度深呼吸してから、気持ちを切り替え、木剣を右手で握り、剣先をクォートに向けるようにして構える。
そして、魔狼と対峙したときのように、意識を研ぎ澄ましていく。
木剣と手が繋がっている。
手のひらから、木剣に意識を伝える。
木剣の先に意識を集中。
<炎よ――
音もなく、剣先に炎が燃え上がる。
赤々と燃え上がる炎。
広がらないように、剣先に炎を集める。
「ほほぅ、リンタロー、なかな――」
周囲の音が遠ざかっていくような感覚。
俺の意識に合わせて、炎がどんどん燃え上がっていく。
俺の知っている物理の法則を頭の片隅に追いやり、ただただ強く炎をイメージする。
圧縮されて、鉄も融かし貫く、炎をイメージする。
俺は、軽く踏み込みながら、刺突を繰り出す。
――敵を貫け!>
紅い軌跡を残して、炎は真っ直ぐにクォートに撃ち出される。
矢、いや槍となった炎に、クォートが獣じみた笑みを向ける。
「ハッハッハ! よいぞ、リンタロー!」
力強い踏み込みとともに、クォートが木剣を振り下ろす。
木剣と炎がぶつかったとは思えない、甲高い不快音。
火の粉が周囲を塗りつぶすように飛散する。
防がれた、と認識するよりも早く、俺は思考する。
大気中の水分をかき集め、空中に拳の半分くらいの雹を作り出す。
間髪いれず、俺は木剣の先でクォートを指す。
<氷よ! 穿て!>
まだ炎槍を叩き割った姿勢のままのクォートに、無数の雹弾が襲いかかる。
好戦的な笑みを張り付けたまま、クォートが息吹く。
「ひとつ! ふたつ! みっつ! まだまだあるとは、楽しいぞ!」
直撃しそうだった雹弾を、一瞬で切り捨てるクォート。
その剣速もさることながら、木剣で雹弾を叩き斬る凄まじさ。
雹弾の残りは六発。まだ手数は残っている。
俺は更にイメージを追加する。
高速でジャイロ回転をする弾丸をイメージする。
それに呼応し、俺の周りに浮遊していた雹弾が回転を始める。
クォートの木剣を砕いてやる。
<氷よ! 穿――>
「ハッハッハ、全て叩き落と――」
――パン!
「しまいじゃ」
柏手の音とともに、シノさんの声が響く。
はんの刹那、視線をぶつけ合っていた俺とクォートは、呆けてしまう。
「ッ!」
「こ、これはッ!」
次の瞬間、物凄い力で体が床に吸い寄せられる。
当然のことに、俺はもちろんクォートも対処出来ず、床に縫い合わされたように身動きが取れなくなる。
「少しは気が鎮まったかえ?」
「し、シノさん……もし、かして、重力制……御?」
「さすがは凛太郎。理解が早いのじゃ」
「こ、これが、アキツシマ師の……切り札の、一つと噂、される技かッ!」
両腕を床について、体を持ち上げようとするクォート。シノさんは嘆息すると、パチン、と指を鳴らす。
間を置かず、クォートが再び床に貼りつけられる。
たぶん、クォートにかかる負荷をあげたんだろうな。
「まったく、男子は揃うとやんちゃになって困るのじゃ」
「は、反省、してるので……早く、解除、してください」
「わ、我輩も、だ」
俺とクォートは必死にシノさんを見上げ、懇願する。
が、シノさんは悪戯っ子のようにニンマリと笑う。
あ、これはダメなやつだ。
「夕餉が出来るまで、そうして頭を冷やすのじゃ」
俺とクォートは声にならない悲鳴を上げ、部屋を出ていくシノさんの後ろ姿を見送った。




