038.実力チェック①
「ふむ、無事に帰ってきたようじゃな。凛太郎、学園は楽しかったかえ?」
アキツシマ工房に帰ってきた俺に、シノさんが声をかけてくれた。ちなみに俺の横にはテトラとクォート。後ろにはリズとラズが控えている。
彼女は気だるそうに、店の清算カウンターの椅子に座っていた。
「珍しいですね、シノさんが店にいるなんて」
「仕方なかろう。出来の良い弟子がおるせいで、客が店を開けろと騒いだのじゃ」
シノさんは欠伸を噛み殺しながら、カウンターに伏す。頭の狐耳が力なく垂れ下がる。
「お師様! 私の魔導具を売ってくれていたのですか! ありがとうございます!」
「妾は売っておらぬ。客が勝手に買うていっただけじゃ」
「そんなことありません! お師様の手を煩わせてしまって、大変申し訳ございません! この不肖の弟子テトラ! お師様の疲れを癒すために全身全霊をもって、夕食のご準――」
「そ、それはいらぬ!」
カバッ! とカウンターから体を引き剥がして、テトラの提案をシノさんは遮る。
シノさんの狐耳はピンと立ち、尻尾は総毛立っていた。
俺はまだテトラの料理を口にしたことはないんだけど、そんなに衝撃があるのか。
「邪魔するぞ、アキツシマ師よ」
「……ふむ、リリーシェル家の悪ガキか。妾は寛容じゃ。同じ空間におることを許可してやろう」
「それはそれは、お心遣い感謝いたします」
露骨に不機嫌そうなシノさんに、爽やかな笑顔で返すクォート。彼は優雅に一礼をしてみせる。
さすがだ、と俺は彼の態度に感心してしまう。
「おお、そうだ。我輩の付き人も許可していただけますか。それと厨房を貸していただきたい。付き人――リズもラズも料理の腕は確かで、是非ともアキツシマ師に一食振る舞うことを許可願いたい」
「……得意料理はなんじゃ?」
「リズは肉料理、ラズは魚料理が得意。更にラズは、ちょっとした扶桑料理も作れます」
「よろしい、滞在を許可するのじゃ。二階の台所も好きに使うが良いのじゃ」
シノさんの言葉に、後ろに控えたいたリズとラズは深々と頭を垂れる。
「妹よ、すまんが、リズとラズを市場に連れていってくれ。食材がなければ腕の振るいようがないからな」
「お兄様が連れていけば、いいではないですか」
「ハッハッハ、そうしたいのは山々だが、我輩も慣れない環境で疲れておるのだ。優しき妹は、そんな兄に冷たくあたることはないと信じてるぞ」
元気ハツラツといった様子のクォート。それを苦虫を噛み潰したような顔で、睨むテトラ。
しばらく沈黙が流れたが、テトラが「ハァーーー」とわざとらしいため息をつきながら、ガックリと肩を落とす。
「リズ、ラズ、市場に行くわよ。すぐ支度して」
「リズはいつでも行けます!」
「僕も大丈夫です!」
テトラに即答する二人。
気のせいか、クォートの世話をしているときよりも、目が輝いて笑顔も数割増な気がする。
俺が横目でクォートを見ると、視線に気づいた彼は、肩を竦めて見せる。
二人の反応が違うのは、俺の気のせいではないようだ。
騒ぎながらアキツシマ工房を出ていく三人。
散歩に行けるとソワソワしている犬と必死に押さえつける飼い主、を彷彿させる三人に俺は思わず笑ってしまう。
三人を見送った後、俺とシノさん、クォートは二階のダイニングへ移動する。
***
ダイニングのテーブル席に、シノさんとクォートが対面で座る。
俺は緑茶と茶菓子――市場で買った焼き菓子を並べてから、横には座る。
シノさんは、緑茶をズズズッと音を立てて啜る。
ぞんざいな仕草に、表情もどこか険がある。シノさんはクォートをあまり歓迎していないようだ。
数日前のシノさんとテトラのやり取りを考えると当然か。
そんな彼女を気にせず、クォートも真似るように、音を立てて緑茶を啜る。
「ほぅ、うまい! いつも口にしている茶と比べ、渋みや苦味が強いが、しっかりとしたうま味と爽やかな後味が実によい!」
「悪ガキゆえに貧乏舌かと思うたが、まずまずの反応じゃな。テトラは一口目は盛大に吹き出しかけたというのに」
「アレは、シノさんがそう仕向けたのでは……」
「無用心だった彼奴が悪いだけじゃ。妾はなーんもしとらぬ」
そう言いきるとシノさんはポイと焼き菓子を口に放り込む。
ピコピコ動く耳と左右に揺れる尻尾が、何を考えてテトラに緑茶を飲ませたのか教えてくれる。
俺は苦笑しながら、緑茶を啜る。熱い緑茶に俺はホッとしてしまう。
「……それで話は何じゃ?」
「さすが聡明な方だ。話が早い」
心底面倒そうに訊ねるシノさん。その反応に嬉しそうなクォート。
二人で悪巧みでも始めるのだろうか。俺も席を外した方が良いのでは?
「おっと、リンタローは、ちゃんと話を聞いておいてくれよ」
「……俺、今から市場にテトラを探しに行っていい?」
「許可するわけないだろ。リンタローは話の要になるからな!」
クォートが俺を見ながらニカッと笑う。
それだけで、俺は何か面倒ごとに巻き込まれることが確定したことを理解する。
ハァー、と思わずため息がこぼれる。
「様々な経験をすることは良いことじゃ。ただし、凛太郎に何かあれば、それ相応の報いを受けてもらうぞ」
「ハッハッハ、ご安心を。リンタローは我輩の心友予定ですぞ。不遜な輩がいれば、死を請うような制裁を科すこともやぶさかではない」
「ほう、なかなかの心構えのようじゃな」
「無論のこと」
そう言って、二人とも口の端が持ち上がっていく。俺は背筋に薄ら寒いものを感じてしまう。
「……とりあえず、早く話を進めないとテトラが帰ってくるよ」
「おっと、そうであったな。制裁内容については、別途アキツシマ師に相談することにしょう。すでに周知されていると思うが、レヴァール王国、第二王女様が学園に通われることになりました。我輩は非公式に学園の内部調査を行うために、学園へ通うことにしました」
「近衛隊の副団長自らくるとは、随分と人手不足じゃな」
「ハッハッハ、実に耳に痛い言葉だ!」
シノさんの指摘にクォートは笑って応じる。
でも、普通に考えれば、その通りだ。組織ってトップよりもその下の人間の方が、実務が多いと聞くことある。学校だと露出は校長の方が多いけれど、仕事は副校長の方が激務だとか。
「荒事が起きて、お家勝負になった場合を配慮し、王ご自身に頼まれてしまい、我輩も仕方なくといったところです」
「……彼奴、過保護は治っておらぬではないか」
「王が国の平和に尽力し、民が豊かになる。すると己の私腹を肥やすことに執着し出す貴族が増える。全く度し難い。そんな連中は根こそぎ燃やし尽くして土に還したいと我輩は思うのだが――」
目蓋を閉じ、ふぅと息を吐くクォート。自分の気を静めるように、彼は緑茶を一口飲む。
「第二王女が学園に通えば、よからぬ連中が群がるのは目に見えている。得に看過できない輩を事前に処分しておきたい」
「つまり、鼻持ちならぬ輩を、凛太郎をダシにして、鼻っ面をぶん殴ってしまうというわけじゃな」
「ご明察だ。丁度、おあつらえ向けの催しもあると聞いている」
その言葉に俺はピンとくる。
昼休みにナリーサさんも話していたからだ。
「武芸大会かえ?」
「その通り。元々、リズに情報を集めさせておいたのですが、可憐な令嬢からもお誘いがありましてね」
「……詳しく話すがよい」
クォートは、昼休みからナリーサさんから聞いた話しと、事前にリズとラズ、ルドルフさんから集めた情報を整理して、シノさんに説明する。
簡単にいうと、大会は国王をはじめとした賓客がくるので、貴族にとって家名や自分の名を売る格好の場になっている。そのため近年は八百長もある。
そこで突然学園に現れた俺――扶桑人に、こてんぱんにやられてしまえば、面目丸潰れ。逆ギレしてきた連中をお家もろとも処分。
明らかに、俺に過度の期待しすぎじゃないか。というか、逆恨みされるのも嫌だな。
「なるほどの。ま、面白そうじゃから、その謀については、許可してやるのじゃ」
「ありがたきお言葉」
「ちょ、俺は了承してないよ!」
そのまま話が進みそうなので、俺は慌てて声をあげる。
「そもそと俺は、武術も魔術も大会に出れるような実力はないよ」
「む、そうなのか? 国から出てきている扶桑の民は何かしら秀でたものを持っていると聞くのだが」
そうきたか。
俺はチラリとシノさんに視線を送る。彼女は面倒そうに小さく肩をすくめる。
「凛太郎は、祖先が扶桑の民というだけで、見た目だけじゃ。さらに辺境に住んでおったため、常識やら何やらが欠如しておる」
「……なるほど。出入国記録を調べてもわからないはずだ」
クォートが神妙な顔をする。
近衛隊とか国王に近い立場の人間に、俺が『世界を渡るモノ』ってことはバレない方がいいよな。
そう自分を納得させるように、俺は心の中で呟く。俺に好意的なクォートに嘘を付くことは少し心が痛む。
「アキツシマ師、少し動ける場所はあるか?」
「地下に、魔導具を試験する場がある」
「ふむ、そこを少し貸していただけないか?」
「普段なら、部外者の立ち入りは断るところじゃが、特別に許可してやるのじゃ」
「かたじけない! よし、リンタロー、行くぞ!」
勢いよく席を立つクォート。呆然とする俺の首根っこを掴んで立たせると、そのまま俺を引きずるように歩きだす。
「ちょ、ちょ、ちょ、場所は分かってるの?」
「おっと、そうだったな! 錬金術師の工房の重要な場所に、素直に入れるわけないな!」
参ったな、という感じで笑いだすクォート。屈託のない笑いに俺もつられて笑ってしまう。
「全くテトラに良く似ておるの。案内するゆえ、ついて参れ」
「かたじけない!」
俺はクォートに引っ張られながら、魔導具試験室に向かうのだった。




