036.研究室②
「さて、ルドルフ。説明を頼む。特にリンタローは何のことか分からないだろうからな」
「かしこまりました、クォート殿」
部屋の真ん中に配置された、一辺に二、三人は座れそうな四角いテーブルに座り直した俺たち。
ルドルフさんと向かい合うように、俺とクォートが座る。リズは少し離れて入り口に近い位置に立っている。誰か入ってきたとしても対処できるようなするための位置取りだろうな、
「先に伝えておきますが、この研究室も学園長室と同じように幾重も結界を展開し、外部から盗み見や盗み聞きが出来ぬようにしております。なので、この研究室は、情報漏えいの心配は極めて低いと考えています」
「ふむ、流石だな。これを城にも設置出来れば、どれほど気が休まるか。全くクソッタレども程、くたばらぬな!」
「クォート様、本音が駄々漏れ過ぎ。少なくとも一般人に聞かせていい話ではないとリズは思うの」
さっきの発言は、クォートが排除したい権力者――貴族がいるってことだよな。そんな話を聞ける関係だと分かると、俺が拉致監禁拷問で、情報を引き出されることになりそうだよな。
マジで、バッドエンドに繋がりそうなフラグを立てるのは、やめて欲しいんだけど。
クォートはリズの言葉を聞いて、盛大に笑う。彼はひとしきり腹を抱えて笑うと、目尻に滲んだ涙を拭いながら居ずまいを正す。
「リンタローは、あのアキツシマ師の関係者だ。リンタローを一般人にカテゴライズするのは、無理があるぞ、リズ。もし、リンタローに手を出す阿呆がおれば、そやつは畜生と変わらぬ」
クォートの言葉に、俺は少し眉を顰める。
俺は、クォートにシノさんのお世話になっているって口にしていない。さらにホームルームで、彼と会ってから、ルドルフさんの研究室に辿り着くまで、彼と離れた記憶はない。
いつ俺の個人情報を入手したんだ?
「おっと、リンタローよ、気を悪くするな。事前にルドルフから、リンタローについて確認させてもらっている」
「ああ、なるほど……」
俺の情報は、すでにチェック済みってわけか。
まあ、俺は表向きは大陸に渡ってきた扶桑の民の子孫となっているから、要チェック対象だろうな。
さすがに俺が『世界を渡るモノ』だと気づかれることはないと思うけど、少しは気を付けよう。
俺は、努めて表情を変えずに、クォートの言葉を待つ。
「我輩一人なら、勘ぐる輩も多かろうが、それより衝撃がある存在がいれば、撹乱されてよかろうと、考えていたのだ。アキツシマ師の思惑はあるだろうが、リンタローが編入されると知って、神に感謝したぞ。ルドルフに多少の無理をさせたが、我輩とリンタローが同じクラスになるように手配させた」
「いや、俺とクォートを比べるとか無理ゲーだよ。クォートの存在が圧倒的過ぎて、俺なんて誰も見向きもしないよ」
「ハッハッハ、そんなことはなかろう。皆がリンタローを見ておったではないか」
それは邪魔者として睨まれていただけ、とクォートに言い返しても無駄だと悟り、俺は言葉を飲み込む。
「さらに将来有望株と絶望株を選定出来る機会に恵まれるとは、想定外だったぞ!」
「……あのクラスには、賢しい者が多かったと記憶してます。下手な言動は命取りと察して、理性的な行動が出来ると」
「賢しかろうが、己の立場を勘違いした時点で無意味よ。扶桑の民――リンタローより、己らの方が立場が上と判断したようだ。実に愚かで愉快な話だ!」
バンバン! と手で膝を叩いて喜ぶクォート。
その反応だと、クラスメートから俺がどう思われているか、クォートは理解しているよな。クォートには大爆笑案件かもしれないが、俺には死活案件になっているんだけど。
俺が呆然としていると、リズがクォートに歩み寄る。
「クォート様、リズの誤認を誘う台詞も褒めていいはず」
「そうだな! リズの働きがあってだな! 褒めてつかわす!」
リズはクォートの言葉に、はにかんで頬を赤らめる。全身から嬉しそうなオーラを漂わせながら、深々とお辞儀をするとリズは幸せそうに元の位置に戻る。
もう俺を利用して、クラスメートたちを混乱させ、本性を暴いている気がする。
俺がそんなことを考えていると、眉間を指で押さえながら、ルドルフさんが大きなため息をつく。
「一応、ソーマは私の門弟です。あまり道具のように使われるようでは、私も黙っておくわけにはいかなくなります」
眉間から指を離したルドルフさんが、刃物のような鋭い視線でクォートを睨めつける。
ああ、なるほど。
俺はシノさんに面倒をみてもらっているから、門下生扱いなのか。ルドルフさんが、兄弟子って考えると俄然頼れる人感が出てくる。
クォートを牽制するルドルフさんの姿に、ときめいてしまいそうだ。
「そう睨むでない。たまたまだ、たまたま。リンタローは、世俗に擦れておらぬから気が楽でよい。それゆえ仲良くありたいと思うのは、我輩の本音だ。リンタローよ、改めて、よろしく頼む」
「えっと、その、俺の方もよろしくお願いします」
深々と頭を垂れるクォートに、俺は慌ててお辞儀する。
貴族といえば、簡単には頭を下げないというイメージがあったので、俺はクォートの姿に面食らってしまう。
視界の隅で、リズも恭しくお辞儀をしていた。
ルドルフさんは、二人の姿を見て、ため息をこぼす。目付きの鋭さはそのままだが、彼からは威圧するような気配は霧散していた。
「では、まずはこれからについて、お二人に説明させていただく。クォート殿が学園に通う目的は、ソーマも教えています。無論、師も把握しています」
「そうであろうな。話の出所は、妹だろう。そして、一気に情報を集めたのだろうな。流石はアキツシマ師だ。アキツシマ師は天災と変わらぬから、気にしても仕方ない」
肩をすくめてみせるクォート。ルドルフさんは、うんうんと頷いていた。
シノさんって、この国でどんな扱いなんだろ。
「まず共通認識のため、学園について話させてもらいます。学園は、十歳以上で入試に合格すれば、誰でも入学することが可能です。ただし、学費というものがあるため、必ずしも誰もが入学できるとは限らない。成績が優秀であれば、奨学生として学費を免除しているが、全ての者を拾い上げることが出来ない現状は、嘆かわしいところです」
ため息をつきながら、頭を振るルドルフさん。
「優秀な人材は国の宝だ。将来性がある者を、金の有無で切り捨てることは、惜しい。王に報告する際、我輩から進言しておく」
「ありがとうございます。私から動くと、何かと反発があるもので……」
苦笑いをしながら、クォートに首を垂れるルドルフさん。
下手に何かするとポイント稼ぎとか色々思われて、潰しにくる貴族が多いんだろうな。俺にはヤッパリ貴族は無理だな。
ルドルフさんは、俺とクォートの前に一枚ずつ紙を置く。
「こちらが当面の講義スケジュールになります。学園は、一般教養科、魔導科、戦術科、商業科、秘蹟科に分かれています。そして、学園の講義は大きく二つに分かれています。共通科目と専門科目です。共通科目は算術や大陸史、社交場のマナーなど、覚えておけば生活する上でプラスになるであろう知識を学ばせます。専門家は文字通り、専門知識を学べます。また、それに見合ったギルドへの紹介も行っております。原則、入学時に学科は決まっているのですが、生徒の成績や適性、将来性を考慮した上で、最大二回まで学科の変更が認められています。ここまではよいですか?」
「あのー、冒険者とか神官向けの学科はないんですか?」
「冒険者については、冒険者ギルドに管理を一任している。国を跨って活動する冒険者を下手に国が関わると問題になる事が多いためだ。神学科はあったのだが、私が学園長になる前に廃科した。教会関係者があれこれと、ケチをつけてきたようでな、当時の学園長の堪忍袋の尾が切れてしまったようだ。当時の学園長の判断は、英断だったと、私は称賛している」
口の端を持ち上げて、嬉しそうに語るルドルフさん。
何となくだけど、ルドルフさんは、教会を嫌ってそうだな。
「話を続けます。一回生は共通科目のみ。二回生から専門科目が入ってきます。二人は特別生なので、二回生と同等の扱いをいたします」
「ふむ、その方が我輩たちに利点があるということか?」
「はい。一回生は学園が設定した講義スケジュールに従って行動をします。監視はしやすいでしょうが、行動に制限を受けます。二回生は固定で受ける共通科目と自分で設定する専門科目になります。専門科目はさらに共通で受講するものと、研究室で講師――この場合は研究者の方が妥当か――から、直接知識と技術を学びます。私は学園長としての立場から、原則生徒を受け入れておりませんが、二人のような特別な生徒については、やむ得なく受け入れることにしています」
言葉を区切ると、ルドルフさんは、ハァー、と心底面倒そうにため息をつく。
その仕草はシノさんと瓜二つと表現しても過言ではない。
やっぱりルドルフさんは、シノさんの弟子だ。自分の興味があること以外は、一ミリもやりたくなさそう。
本人も言っていた事だけど、学長室の厳つく貴族然とした姿は仮初めの姿に違いない。今の研究室に籠って出てこない姿がルドルフさんの素の姿なんだろうな。
クォートは、そんなルドルフさんの姿を見て、苦笑しながら口を開く。
「ルドルフが取引で、学園長をやらされているのは、我輩も重々理解している。プライベートを邪魔される煩わしさは、勘弁してくれ。対価ではないが、研究室の掃除など、雑務をリズに行わせる。少しでも信用ならない者に、部屋の中を触られるよりマシであろう」
「リズなら、家政婦魔闘術・ハガク流お掃除術で、この研究室を隅から隅まで磨き上げることも容易いことです」
ドーン! と効果音が聞こえてきそうな勢いで胸を張るリズ。ぷるんと震える双丘に、俺は目が奪われてしまう。横目でクォートを見ると鼻の下を伸ばしながら、ウンウンと満足そうに頷いている。
クォートって、今一つ掴めないな。近衛隊の副団長って自己紹介していたけど、お堅い感じはなく、悪ガキ感がする。
「……致し方ないですね。書籍類は問題ないですが、魔術書や素材には、危険なものも数多くあるので、動かしたりする場合は、私に必ず相談してください」
「かしこまりました」
ペコリ、と素直にお辞儀をするリズ。ルドルフさんは、それを確認してから話を続ける。
ルドルフさんの反応からして、研究室の掃除は悩むほどの提案だったようだ。研究以外の作業を煩わしいと思う人なら、掃除一つしなくて済むならありがたいよな。
「お二人の学園での活動拠点として、この研究室を私が提供します。あとは適当に暴れまわって、問題を起こしてください」
「問題を起こさせるの!」
俺は思わず突っ込んでしまう。担任は問題を起こすなって言っていたのに、ルドルフさんはパネェ。
クォートは、ニヤリと口の端を歪ませて、愉しそうに笑う。
「承知した! 退屈せずにすみそうだな、リンタロー!」
「え、いや、俺は目立たず、騒がず、静かに過ごしたいんですけど……」
「ハッハッハ、安心しろ。リンタローに、その様な学園生活は出来ぬ!」
クォートがキッパリ言いきる。
俺は助けを求めるようにルドルフさんを見る。彼は静かに首を左右に振る。
うん、わかりきってた反応だ。
「直近で行われるイベントは、武芸大会です。これは武器を扱う部門と魔術などを扱う部門と混合部門があります。個人戦とチーム戦もあります。なので――」
「なかなか、面白い輩が接触を試みてきそうだな! 実に愉しそうだな!」
「リズも腕がなります」
フッフッフ、と三人から薄ら寒い笑い声がこぼれ始める。
なんだろう、疎外感があるけれど、その疎外感が庶民の証みたいな感じがしてくる。
貴族社会って大変なんだろうな、と俺は端から三人を眺めることにした。




