蒐集師ギルドへ
コン、コン、コン、と俺は冒険者ギルドの二階端、蒐集師ギルドのドアをノックする。
一階の喧騒は聞こえてくるが、蒐集師ギルドの部屋からは反応がない。
「……鍵は、かかってないけれど」
俺は後ろに控えているテトラに、肩越しに視線を送る。
俺の視線に気づいた彼女は小さく頷く。
前回同様に、俺は中の反応を待たずに蒐集師ギルドのドアを開ける。
カビと埃の臭いが鼻につき、俺は思わず顔をしかめてしまう。
部屋の中は、書類や書籍、素材が散乱しているが、辛うじて足の踏み場はあった。
「お邪魔します」
「失礼します」
俺たちは、床に落ちている物を踏まないように気を付けながら、部屋に入る。
カビと埃の臭いは漂っているものの、前回よりもだいぶ和らいでいる気がした。
「あらー、あなたたちだったのねー。てっきり聞き間違いだとー思ってたわー」
部屋の奥に置かれた安っぽいデスクに座る女性が俺たちに気づいて声をかけてくる。
病的に白い肌はかわらないけれど、身なりはだいぶ違った。
美容室にでも行ったのか、ボサボサだった金髪は綺麗に梳かれて、ポニーテールになっていた。
彼女が少し動く度に、金髪が揺れて煌めく。
前は髪に隠れかけていた尖った耳――エルフ耳がはっきり見えるようになっていた。
服装も糊の効いたギルドの職員服で、仕事がバリバリ出来るキャリアウーマンという感じがあった。
「……貴女、前に訪ねた時にいたヒトですか? 姉妹とかではないのですか?」
「いきなりー、変なこと、いいますねー、わたしはわたしー、それ以外の何者でもーないですよー」
テトラの不躾な質問に、女性は分厚いメガネの位置を直しながら、抗議する。
尖った耳がわずかに上に向き、青い瞳を細めて凄んでくるが、怖さはゼロに等しい。
「でも、蒐集師の登録に来たときよりも、全体的に小綺麗になっている気がするんですけど、何かあったんですか?」
「そ、それはー、ですねぇー……」
俺の問いかけに、女性は目を中に泳がせ、体は落ち着きなく左右に揺らす。
明らかに挙動不審だ。
それを見て、テトラがポンと柏手を打つ。
「あ、お師様がここに顔を出したのですね」
「――ッ! ど、ど、どうしてー、わかったんですかー?」
「だって、貴女みたいに我の強そうなヒト、あっさり従わせることが出来る存在なんて、お師様くらいです」
なるほど、と俺は思わず納得してしまう。
ちらり、と横を見ると、予想が的中したことで、胸を張って得意気なテトラの姿があった。
わりとレアなテトラの姿だ。
「そ、そもそもー、アキツシマ様にー、反抗が出来る存在がいるであればー、連れてきてくださいよー。アキツシマ様が出てきた時点でー、結果は分かりきってるじゃないですかー」
「だって、お師様ですから」
「キーッ!」
キッパリとテトラがダメ押しをすると、女性は両手で頭を抱えて奇声をあげる。
いつも思うのだけれど、シノさんは過去にいったい何をやらかしたのか。
俺は足下を気を付けながら、女性が頭を激しく上下に振っている――ヘッドバンギングしているデスクに歩み寄る。
鞭のように空を裂く女性のポニーテールに当たらないように、目的のブツをデスクの隅に置く。
「えーっと、本題に入りたいんですけど……」
「ハー、ハー、ハー、わたしと、したことがー、取り乱してしまうなんてー……」
俺の言葉に反応した女性は、動きを止めると大きな仕草で深呼吸を始める。
埃が舞っていることも気にせず、「スーハースーハー」と呼吸する姿に俺は勿論、テトラも若干ひいてしまう。
「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ……。落ち着きましたー、わたしはー、落ち着きましたよー。さあ、本題をどうぞー」
「……採取した素材を持ってくれば、見てもらえるとか、登録のときに言われてましたよね。なので、採取した素材を持ってきました」
「ほぇー、リンタローくんはー、真面目っ子ですねー。ここを押し付けられて、だいぶ経ちますけどー、初めてですよー」
女性は目を見開いて驚きを表現する。
俺は少し恥ずかしさを覚えながら、デスクに乗せた素材を女性の方に押し出す。
「岩赤クラゲ、シロガネゴケ、フローズヴィトニルの(抜け)毛です」
「ブハッ! ふ、フローズヴィトニルッ! で、伝説の魔狼の?」
盛大にのけ反った後、女性は俺の差し出した素材に触れるくらい近づいてガン見する。
「……岩赤クラゲ……最近の、紛い物じゃなく……ちゃんと処置され……シロガネゴケも……見事な状態……フローズヴィトニルの毛……この魔力を含んだ……偽物だとしても……いや、それは難し……」
素材を凝視したまま、ブツブツと独り言を繰り返す女性。
先ほどの間の抜けた雰囲気は影を潜め、ジワジワと狂気が漂い始める。
女性は並んでいる素材を直接手で触れないようにしながら、品定めをする。
時間にして数分。
女性は素材から顔をあげる。同時に漂っていた狂気は霧散する。
「ふぅーーー、なかなか興味深いものだったわー。最近のー、紛い物とは、比べ物にならない高品質だわー。フローズヴィトニルの毛はー、どうやって手に入れたのかしらー」
「……たまたま換毛期だったみたいで、戦闘せずに入手出来ました」
何となく、シノさんとフローズヴィトニル――魔狼が顔見知りということを俺は誤魔化す。
テトラも素知らぬ顔をしていた。
「なーるほどねー。リンタローくんのー、実力でフローズヴィトニルとー、戦えないわよねー。ふんふん、文献でー、読んだことがあるわー。とにかく、リンタローくんが持ってきたー素材は、一級品と言ってよいわー。リンタローくん、わたしのー専属にならない?」
「ダメです! リンタローは私の専属です!」
女性の突然の提案に、テトラが即答する。
「わたしはーリンタローくんに聞いているのよー」
「えっと、テトラの言う通りなので……」
「もー、新米錬金術師がー、出せるお給金なんてー、たかがしれているでしょー。わたしならー百倍以上はー、確約するわよー」
頬を膨らませ、テトラを牽制しつつ提案を続ける女性。
まだ駆け出しで、錬成したアイテムの売り上げは微々たるものだけど、百倍は吹っ掛けすぎだろ。
職業として人気のない蒐集師ギルド職員の給料の方がたかが知れているんじゃないか。
「あ、信用してない顔だわー。こう見えても、わたしはー、お金あるのよー。エフィルディス=アルビニスの名に懸けてー」
「――ッ! え、エフィルディス=アルビニス!」
女性――エフィルディスさんの名前を聞いた瞬間、テトラが驚愕する。
「ごめん、テトラ。状況がわからないから、説明してくれないかな」
「……そ、そうね。リンタローには分からないわね。魔術師ギルドのトップとして、評議員と呼ばれる十三名の魔術師が存在しているわ。その序列三位と言われている存在が目の前にいるわ」
「そんなー、大したことないわよー。わたしなんて、よくハブられているものー。厄介事とかもよく押し付けられるしー」
眉を眉間に寄せながら、ため息をつくエフィルディスさん。
テトラの説明と目の前の本人――エフィルディスさんの姿で、いまひとつ凄さが俺には伝わってこない。
でも、魔術師ギルドで上から三番目に数えられる人ということは、物凄い魔術師なんだろうな。
「まー、魔術師ギルドから、お金はいっぱいもらっているからー、リンタローくんに、たくさんお給金をー払えるわよー」
にっこりと微笑むエフィルディスさん。
何故か俺の背筋に悪寒が走る。
俺の本能が断れ! と訴えかけてくる。
「お、俺はテトラと組んでいるので、無理です」
「ちぇー、逸材をー見つけたと思ったのにー。その子に興味やー甲斐性がなくなったら――」
「あまりしつこいと、お師様に言いつけますよ」
「ッ! それはやめてー! わたしが全面的にー悪かったわー!」
食い下がってきそうなエフィルディスさんを、テトラな伝家の宝刀で切り捨てる。
俺はホッと胸を撫で下ろす。
「で、俺はどう評価してもらえるんですか?」
「A級! と言いたいところだけどー、一気に級をあげるのはー、禁止されているのよねー。一気に上げれるー限界のーC級認定よ。特典はー、空間歪曲と重力軽減を付与したポーチよー」
そう言って、エフィルディスさんは、デスクの引き出しから、小物入れを取り出して、俺に手渡す。
渡された小物入れは、拳二つ分くらいの大きさがある革製の小物入れで、蓋に付けた紐を本体に巻き付けて閉じるようになっている。
「……採取道具入れ、ですか? 空間歪曲と重力軽減って、同時に付与することは禁止だと聞いているんですけど」
「正解ですー。特別製ですよー。蒐集師にだけ、認められているのよー」
エフィルディスさんが蒐集師の特権について、説明してくれた。
簡潔にまとめると、
蒐集師は戦力として数えられない。
魔物に教われたりして、逃げる際に全ての道具を投げ捨てていると、まともに素材採取が出来なくなり、蒐集師がいなくなってしまう。
せめて採取道具が手元に残れば再起が出来るだろうと、採取道具入れについては、空間歪曲と重力軽減の同時に付与が許可されるようになった。
「……なんか、蒐集師って、保護動物みたいな扱いだな」
「その認識はー、いまさらすぎるわねー」
俺の独り言に、キッチリと突っ込みを入れるエフィルディスさん。
俺はため息とともに肩を落とす。
「専属はー断られたけどー、リンタローくんには、期待してるわー。またー、気が向いたときにー、素材を見せてねー」
エフィルディスさんに見送られながら、俺とテトラは蒐集師ギルドを後にした。
提出した素材を返却してもらうのを忘れたが、戻る気力は俺には無かった。
俺は若干重い足取りで、アキツシマ錬金工房に帰るのだった。




