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【完結済】異世界転移したけどチートなスキルも魔力もゼロなので、狐耳美女錬金術師に拾われてスローライフを満喫します。  作者: 橘つかさ
駆け出し蒐集師

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031.邂逅②

 疾風となって魔狼に肉薄するテトラ。彼女の動きが突然速くなったわけではないのに、魔狼の様子がガラリと変わる。

 ついさっきまでは、テトラの攻撃を魔狼は余裕を見せながら対処していた。それなのに今はどこか焦りに似た雰囲気が魔狼にある。


「せぇぇぇやぁぁぁ!」


 テトラがシールドバッシュを繰り出し、魔狼の顔を吹っ飛ばす。

 宙に飛び散る魔狼の涎。それらが地に落ちるよりも早く、テトラが剣を振るう。

 魔狼は間一髪で回避するが、切り裂かれた毛が舞う。

 テトラが剣を振るう度に、魔狼の巨体が後退していく。


「すごい……」


 思わず口から言葉がこぼれた。

 先程までのテトラと何が違うのか。速さが倍加したような感じはない。一つ一つの動作のキレが増しているように思える。それだけでなく、魔狼の動きを予知して、的確に攻撃を繰り出している。

 たまらず魔狼が大きく後ろに跳び、テトラと距離を取る。彼女はヒーターシールドを前に構えたまま、魔狼を睨む。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 距離はあるはずなのに、テトラの呼吸音が聞こえてくる。肩を上下に大きく動かしながらも、彼女は構えを解くことはない。

 肩越しにテトラが俺に視線を送ってくる。逃げろ、と瞳が訴えていた。


「――ッ! テトラ!」


 そこで俺は気づいてしまう。

 淡く輝くテトラの瞳。そして、一筋の赤い涙。

 彼女は魔眼を持っていると俺に教えてくれた。

 魔眼のせいで廃人になりかけたと俺に教えてくれた。

 彼女は俺を魔狼から逃がすために、魔眼の力を開放している。後の事を考えず、この瞬間で命を燃やし尽くすつもりだ。


「リンタロー! 早く! この場から! 離れて!」

「出来るわけな――」

「逃げて!」


 テトラが叫ぶ。

 泣きそうな声で叫ぶ。

 そして、俺の方を一瞥することなく、魔狼に突貫する。

 少しでも魔狼を俺から遠ざけるために。


――逃げろ!


 チリチリと喉の奥が痛い。

 口の中のねばついた唾液を吐き捨てる。

 唇を切ったのか、血の味がする。


――逃げろ! 逃げろ!


 異世界に転移してきたと言うのに、特別な能力もスキルもない。お決まりの展開が用意されていない。

 俺が英雄になれる要素は一欠片も用意されていない。


――逃げろ! 逃げろ! 逃げろ!


 魔狼に対して俺は無力だ。

 俺はテトラを助けることは出来ない。


「ふっざけんな! 逃げてる場合じゃないだろ!」


 俺は空に向かって叫ぶ。

 恐怖心に膝がガクガク震えていたが、体裁なんてくそ食らえだ。

 俺は"忠義の腕輪"をつけた左腕を持ち上げ、魔狼を指差す。

 イメージはするんだ。

 敵に向かって真っ直ぐに翔ぶ光。

 触れた物体を瞬間的に焼き尽くすレーザー光線。


<光よ、穿て>


 指先から閃光が撃ち出され、一瞬、光が周囲を白く染め上げる。

 バチバチと軌跡に残る紫電が大気を焦がす。


「チッ、化け物め……」


 少しは離れた位置で、低く身構える魔狼に俺は悪態をつく。

 俺の光魔術の発動と同時に魔狼は回避運動を行っていた。視認してから回避など到底出来ないはずなのに。魔狼の反射神経と身体能力はずば抜けていることを物語っている。

 それでも、ここで引き下がるつもりはさらさらない。


「リン、タロー……なんで……」


 驚愕した表情でテトラが呟く。想定外のできごとに集中力が切れてしまったのか、彼女はふらついて片ひざをつく。俺は慌てて彼女のそばに駆け寄る。魔狼が警戒して攻撃してこなかったのは僥倖だった。

 無防備過ぎた自分の行動を反省しながら、魔狼の出方を窺いながら、テトラに声をかける。


「テトラ、魔眼を閉じて」

「イヤ、よ……」


 彼女は血の涙を流しながら、剣を構えようとする。魔狼から痛恨の一撃をもらってもいないのに、彼女は満身創痍だった。これ以上、戦闘行為を継続できるように見えない。

 それでも彼女は瞳に強い意思の光を宿したまま、震える足で立ち上がり、剣を構える。


「……私が、魔狼を引き付けて……いるうちに、リンタローは、逃げ――」

「出来るわけないだろ!」


 テトラの言葉をハッキリと拒絶する。

 こんな状態のテトラを置いて逃げるなんて、絶対あり得ない。

 本能的な恐怖よりも、この場にテトラを置いて逃げることの方が何倍も怖い。


――Howl!!


 魔狼の咆哮。

 肌から伝わってくる敵意。

 心臓が恐怖に握り潰されそうになる。

 それでも――


「ああああああああッ!」


 唾を吐き飛ばしながら、俺は魔狼に吠え返す。

 腰の刀を抜き放ち、刃先で魔狼を指す。

 恐怖で塗り潰されそうな思考を必死に鼓舞する。

 震える足を殴って動かし、俺は前に出る。

 テトラを魔狼から隠すように、前に出る。

 突き出した刀が、魔狼から放たれる圧倒的な威圧感(プレッシャー)を霧散させてくれているようだった。そして、刀の冷たく、静かな煌めきが、俺の恐怖心を静めてくれる。


「次のは簡単に避けれると思うなよ!」


 奥歯を噛み締めながら、魔狼を睨む。

 イメージするのは暴風雪。

 ホワイトアウトに包まれる濃密な白い乱舞。

 そして、舞うのは雪ではなく――

 俺は視界に映る刃をイメージに組み込んでいく。冷たく冴え渡る、氷の刃を。


<氷刃よ、悉く斬り刻め!>


 一瞬の静寂。

 そして、魔狼を中心にして、天に届くような白い柱が顕現する。


「うそ、でしょ……」


 テトラの小さな呟き。

 それに応じる余裕は俺にはない。

 少しでも気を抜けば、体の中から何かがゴッソリと奪い尽くされてしまう。

 俺の瞳は、白い柱の中にいる魔狼を捉えつづけたまま、ただひたすらにイメージする。暴風の中で、暴れまわる花弁のような無数の氷刃を。


――Howl!


 魔力を帯びた魔狼の咆哮。

 ただそれだけで、氷刃が砕け、吹き飛ばされる。

 空白となった空間をすぐさま氷刃で埋め尽くす。

 魔力をまとった魔狼の体毛は強固な鎧で、氷刃を弾く。

 無数の氷刃で、少しずつ少しずつ魔力を削り、魔狼にダメージを与え続ける。

 魔狼の白い毛並みに、わずかに赤が滲む。

 確かな手応えに、俺は口の端を持ち上げる。同時に疑似魔術の長時間制御による疲労感に意識が奪われそうになる。


「……まだ、こっからだ!」


 言葉を口にして俺は自分を鼓舞する。

 今ここで、俺は倒れることは出来ない。魔狼からテトラを守るために。


――Howl!!!


 ひときわ甲高い魔狼の咆哮。

 視界の中の魔狼の全身が輝き始める。


「――ッ! マジかよ!」

「リンタロー、どうしたの?」

「説明している暇はない! 伏せろ!」


 俺はテトラに覆い被さる。テトラは俺の体の隙間から腕を伸ばしてヒーターシールドを構える。

 次の瞬間、魔狼から放たれた閃光が全てを吹き飛ばした。


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