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【完結済】異世界転移したけどチートなスキルも魔力もゼロなので、狐耳美女錬金術師に拾われてスローライフを満喫します。  作者: 橘つかさ
駆け出し蒐集師

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031.邂逅①

「お師様……絶対……許さ……」


 俺の前を歩くテトラがブツブツと呪詛の様な呟きが聞こえてくる。

 結局、煙玉を使って姿をくらませたシノさんは、朝になっても姿を現すことはなかった。たぶん、テトラの怒りが収まってないのを察してのことだろうな。


「テトラ、ルートは大丈夫?」

「……お師……許……。ちょっと待って」


 眉間にシワを寄せたまま、テトラは立ち止まると懐から地図と方位を調べる魔導具(マジックアイテム)を取り出す。

 俺はテトラの広げた地図を覗き込む。


「ここが"崖の細道"。そして、目指している"枯れた大木"。距離は、半日もかからないと思うわ」

「魔狼の寝床に一番近いポイントだから、拠点に出来ればいいんだけど」

「……そうね」


 気を紛らすために、テトラに話題を振ってみたが反応はイマイチ。

 テトラは不機嫌そうなまま、魔導具の蓋を開いて魔力を込める。くるくると組み込まれている針が回り始め、北を指して止まる。


「方角も大丈夫そう。リンタローは体調は問題ない? 気を失った後遺症はない?」

「大丈夫だよ。気を失ったのは疑似魔術を使いすぎたところに、音響爆弾で自爆しただけだから」


 シノさん謹製の音響爆弾だったから、とは言わないでおく。


「リンタローは、魔力がないのよね。だから魔導具――触媒を使った疑似魔術を使っているのはわかるわ、何故、あそこまで見事な制御が出来たの?」

「制御?」


 テトラの言葉に俺は首を傾げる。

 疑似魔術は魔導具に予め組み込まれている魔術を、使用者の意思をもって発動させる。魔術のない世界から来た俺が、この世界の住人に魔術の制御で勝てるとは思えないんだけど。

 

「そう。"白い崖"のときも思ったけど、下級ではあり得ない威力と精度。あり得ないわ」

「……そうなの? 他の人が使っているのを見たことないから、よくわからないけど」


 魔術を普通に使う感覚がないから、可能な限り、起こしたい事象を強くイメージしているのが良いのかな。そもそも魔力がない人が俺以外にいないから、調べようがないんだよな。

 俺はちらり、と左手首の"忠義の腕輪"を確認する。ミスリル製の腕輪は銀色に輝くだけで、仕組みとかはさっぱりわからない。シノさんの特別製だから、何か普通とは違うのかな。

 テトラは「ふぅ」とため息をつくと前に向き直る。


「別世界からきたリンタローが仕組みを知っているはずないか。……お師様を捕まえてから解説してもらうわ。今は先を急ぎましょう」

「それもそうだね。早く"枯れた大木"にたどり着こう」


 俺とテトラは"枯れた大木"を目指し、歩き始める。道があるわけではないため、生い茂った草木をかき分けながら進んでいく。

 足場が悪いため、一歩進む度に体力が削られていくのがわかる。背負子の位置を気を付けながら、テトラの背中を追いかける。


「リンタロー、止まって」

「ん? 何か気にな――」

「口を閉じて、気配を極力抑えて」


 テトラの鋭く静かな声。焦りのようなものが感じ取れる。

 俺は口を手で押さえながら、片ひざをついてしゃがみこむ。手の隙間から、静かに呼吸する。

 テトラは静かに背負子をおろすと、真剣な眼差しで周囲を見渡す。彼女から伝わってくる緊迫した空気に俺はゴクリ、と無意識に生唾を飲み込む。


「私の勘違いだと思いたいけれど、魔狼の気配がするわ」

「魔狼の寝床は、まだだいぶ先のはずじゃ……」

「寝床にずっと留まっているわけないわ。入り口あたりは、たまたま移動していた魔狼の知覚領域に触れただけだったけど……」


 テトラが目を細めて一点を見つめる。彼女は静かに深く呼吸を整える。左腕でヒーターシールドを構え、ショートソードの柄に手を添える。


「寝床からこのあたりまで、縄張りみたい。だから特に警戒が強いみたい」

「……一旦、離れて様子をみる?」

「魔狼がそれで素直に警戒を解くとリンタローは思う?」

「……思わない」


 テトラの見つめる方向を俺も見つめる。草の隙間から見える景色は特に変化はない。ただ得体のしれない何かを感じる。

 このままジッとして、息を潜ませても魔狼はやり過ごせない。どうすればいいのか? 消臭玉で一時的に臭いを消せば、魔狼が俺たちを見失ってくれるんじゃないか。


「リンタロー、悪臭玉とか消臭玉は取り出さないで。悪臭玉は魔狼を刺激するし、消臭玉は魔狼が即確認にくるわ、たぶん」


 テトラの言葉に、慌ててポーチから手を引き抜く。危うく消臭玉を使うところだった。普通に考えれば、急に臭いが消えれば原因を探りにくるよな。

 俺に出来ることが思い付かず、手詰まり感に焦りが募る。せめて動きやすさを確保するため、背負子をおろし、息を殺して身構える。


「――ッ! リンタロー、くるよ」


 ゾワゾワした何かが駆け抜け、全身が総毛立つ。本能がこの場から逃げるように訴えてくるが、恐怖に全身の筋肉が硬直して指先も動かせない。


――Howl!!


 大気を震わす咆哮。白い塊が近づいてくる。


「リンタロー、私たちで対処できる相手じゃないわ。逃げる準備を」

「わ、わかった」


 俺の返事が終わるより早く、テトラはショートソードを抜き放つ。

 まだ恐怖心に硬直した体は、まともに動きそうにない。必死に自分に檄を飛ばして動かす。

 眼前に迫る白い塊――白い狼。普通の狼の数倍の大きさがある。

 

――growl


 重心を低く構える魔狼。口には唾液に濡れてテラテラと光る鋭い牙が見える。腕どころか胴も簡単に噛みちぎられそうだ。

 全身を覆う白い毛は淡い燐光を宿している。たぶん魔狼が内包する魔力が多い証。

 俺が瞬きをした瞬間、鈍い金属音が響き、テトラの体が吹き飛ぶ。

 突然のことに声を出すことも出来ず、思考が混乱するが、魔狼が前足を振るっていることに気づく。

 魔狼の動きを俺は全く認識することができなかった。

 今の一撃をもらったら、俺なんて即死だぞ。

 冷たい汗が俺の背中を次々と流れていく。


「リンタローに触れさせるかぁ!」


 突風が俺のそばを吹き抜ける。ヒーターシールドを構えてテトラが突撃していた。

 テトラがショートソードを振るう。魔狼は慌てた様子もなく、爪で弾く。

 甲高い金属音が耳をつんざき、俺は顔をしかめる。

 一回、二回、三回――

 テトラがショートソードを振るう度に、魔狼は身をかわし、爪で弾く。クリーンヒットは一度もない。


「せいやぁぁぁ!」


 裂帛の気合とともに踏み込み、テトラがショートソードを一閃。魔狼は後ろに大きく跳んでかわす。

 舌打ちをするテトラは、肩で息をしながら、魔狼を睨み付ける。テトラが戦うところを何度も見てきたが、今のように消耗している姿は初めてだった。


「はぁ、はぁ、はぁ……リンタロー、動けそう?」

「ああ、なんとか」

「魔狼の咆哮は、本能的な恐怖を呼び起こし、対峙する相手を硬直させる。心を強くもつことを心がけて」

「わかった」

「……あと私が時間を稼ぐから、逃げて」

「そんなこと出来るわけないだろ」


 俺の言葉にテトラは応じない。彼女は魔狼を見据えたまま、耳のピアスに触れる。そして、ショートソードを眼前に掲げるように構える。


「我はリリーシェル家の騎士成り。我が身に宿りし神威、その身で味わえ」


 テトラの両眼が淡く輝く。彼女は脂汗を顔に滲ませたまま、地を蹴った。


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