028.告白②
「ねえ、リンタロー。起きてる?」
虫の音とパチパチと弾ける焚き火の音に紛れて、テトラの小さな声が俺の耳に届く。
昼間の疲れでウトウトしていた俺は、半分微睡んでいる頭で生返事をする。
無理やりこじ開けた瞼の先には、露避けと明かり漏れを防ぐために張った天幕が、そよ風に靡いていた。
気温が下がっていることに体が気づき、無意識に俺のブルッと体が震える。そのおかげで若干、眠気が薄れる。テントを設営せずに、天幕だけにしているのは、場所が悪かったからだ。下手にテントの中で寝ると魔物の襲撃に素早く対処できない可能性が合ったからだ。
ぼんやりとした思考で、天幕を眺めていると、テトラが言葉を続ける。
「リンタローが前、私に『剣士になった方がいい』って言ったのを覚えている?」
「……覚えてるよ。だって、テトラの剣さばきは見事で、素人目にも腕が立つのがわかるから」
テトラの戦う姿を見る度に思っていたので、何時ハッキリと口にしたのか記憶が曖昧だけど。
俺はテトラの視線を感じながらも、天幕を見つめる。ふぅー、とテトラがゆっくりと息を吐く気配が伝わってきた。
「私の家――リリーシェル家はレヴァール王国に辺境貴族として名を連ねているの。元々はただの平民だったらしいんだけど、レヴァール王国建国時にあった戦乱で武勲を立て、貴族になったんだって」
「武勲ってことは、テトラのご先祖様は強かったんだ」
「うん。戦場で『戦神の化身』って畏れられるくらい強かったらしいわ。だからじゃないけど、リリーシェル家は代々戦うことに特化した者が生まれることが多いの」
何故だかわからないが、テトラの声には自嘲めいた色が混じる。
戦神の化身の子孫。元の世界なら黒歴史まっしぐらなパワーワードだけど、この世界なら立派な肩書きに思える。
「恩賞として領地を下賜されるとき、わざわざ魔物の跋扈する辺境を戴いたそうなの」
「恩賞なら、もっと便利で平和な土地をもらえばいいのに」
「私もそう思うわ。ただ、ご先祖様は戦うことは出来ても、政に疎かったみたいだし、負けん気が強くて血筋のはっきりした貴族に謗られることを嫌がったみたい。だから、誰も見向きもしない危険な土地を選んだみたい」
なるほどね、と俺は独り言のように呟く。
領地運営は優秀な文官を雇えば上手くいきそうな気がするけれど、貴族社会は牽制と足の引っ張りあいでドロドロしてそう。テトラのご先祖様が、王都から遠いところを領地としてチョイスしたのは英断かもしれない。
「そのおかげというのは変だけど、領主はもちろん領民は、魔物相手に戦うことが日課みたいになったの」
「戦うことが日課って、テトラが強い理由がわかった気がするよ」
「リンタローもリリーシェル領で半年も過ごせば、並の冒険者より強くなれるわよ。半年過ごせればね」
「……それって、才能がなければ半年以内に、魔物に殺られて墓の中ってならないよね?」
俺の指摘に、テトラはクスクスと小さく笑う。彼女の表情を確認したかったが、ぐっと堪える。
「命を落とす危険がないわけじゃないけど、腕に見合った魔物と戦えるように配慮されているから大丈夫だよ」
「……それでも俺みたいに、戦うことに向いてない人もいるだろ。どうするの?」
「んー、リンタローは戦いなれてないだけで、戦えない訳じゃない気がするけど――」
そう言ってテトラは一度、言葉を区切る。そして、凛とした声で言葉を続ける。
「リリーシェル家に仕える騎士は一騎当千。騎士の誇りにかけて、すべての領民を守るわ。でも、魔物大量発生現象みたいな異常事態が発生したとき、身を守れるように最低限の戦う術は身につけるように指導はしてる。普段から無理強いで戦わせることはないわね。それに、戦う以外のことが出来る領民がいないと、領地が荒れてしまうわ」
「領地が荒れる?」
「そう。商人がいなければ、他の土地から物資が入ってこないし、領地で狩った魔物の素材も売りさばけない。仕立て屋がいなければ服がなくなるし、靴屋がなければ裸足で危険だわ」
「なるほどね。戦ったからといって日用品が手に入るわけではないもんな」
ゲームとかで、魔物を倒すと素材だけでなく、回復アイテムとか各種消耗品、武器防具とさまざまなアイテムが手に入るけど、冷静に考えたらおかしな話だよな。
魔物の腹を掻っ捌いて、魔物が飲み込んだアイテムを取り出していると考えれば――グロすぎるな。
戦うことがメインではない一般的な職業の領民がいるから、領地運営がうまくいってるということかな。
「私は来る日も来る日も来る日も、訓練に明け暮れたわ。手のマメが潰れてヒリヒリとした痛みも、筋肉痛も、怪我の痛みも、全て私が成長している証として、嬉しかった」
チラリ、と横目でテトラの方を確認すると、彼女は手を空にかざしていた。
焚き火の明かりにゆらゆら照らされる彼女の手は、暗闇にも白磁のような美しさがあり、剣ダコがあるようには見えない。
「リンタローは、お師様の"先天性魔術"……魔眼を行使したところを見たことある?」
「んー、話は聞いたけど、行使した瞬間は見たことないかな。"ワイルドベアーの巣穴"に設置されている認識阻害の魔導具が通用しないって聞いたよ」
「魔眼は行使時に詠唱などの起動動作が不要だからね。お師様クラスの魔眼だと一瞥しただけで解除しちゃうから、魔眼の発動は見えないかも」
よくよく考えるとシノさんって謎が多いな。魔術は使えるし、錬金術も使える。さらに魔眼持ちってチートキャラだよな。もしかして、シノさんは異世界転生者とかなのかな。
「リリーシェル家の血筋は、戦神の加護が宿っているといわれて、"神の恩恵"を授かるの」
「"神の恩恵"?」
「先天性魔術を格好つけていっているだけよ。生まれながら持っている能力にすぎないわ」
自虐的な含みのあるテトラの声。
「……テトラも、特殊な能力を持っているの?」
「そうね。私とリリーシェル家の血族として、"神の恩恵"を授かっているわ。ただ、私はそれを使いこなせなかった。結果、お父様もお母様も私に失望してしまったわ」
テトラの声からは感情が伺えない。反射的に俺は上半身を起こして彼女の姿を確認する。
テトラは膝を抱きかかえるように座り、焚き火の揺れる火をまっすぐに見つめていた。まるで精巧に造られた人形が置かれているような姿に、俺は言葉が出てこない。
「"神の恩恵"を使いこなせず、廃人になりかけていた私を、お師様が救ってくれたの。私の"神の恩恵"――魔眼を抑制することで」
テトラが細い指で耳のピアスを弾く。キーン! と清んだ金属音が周囲に響く。
「それまでは、戦うことが私の全てだった。魔眼が発現したことで、私は戦えなくなって、戦えない私は意味のない存在に成り下がったわ。そして、心の底で戦わない領民を嘲っていることに気づいたわ。剣を振るうだけでは、人は生きていけないのに。私はバカな子どもだったわ」
「今でも生産職をバカにしてる?」
テトラは静かに首を左右に振る。さらさらと金髪が揺れる。
「お師様に救われて、自由都市で過ごすことで、私の世界は一転したわ。紆余曲折あったけれど、お師様に弟子入りして、錬金術師を目指したの」
「……テトラは剣士としての自分に未練はないの?」
「ない、というと嘘になるけれど。私は、お師様みたいな凄腕の錬金術師になることが目標よ。剣の道を極めることは、二の次よ」
そう言いきるテトラ。剣であれだけ強いのに、錬金術師に鞍替えするなんて、勿体ないと思うのは俺だけだろうか。
テトラも魔眼持ちって言っていたけれど、どんな効果があるのかな。
俺が考えていると「ふぅーーー」とテトラが息を吐きながら背を伸ばす。
「全部じゃないけど、リンタローに話しときたかったの。私は元騎士見習いで、今は錬金術師」
「うん、わかったよ」
俺の返事に、テトラは付き物が落ちたような柔らかい笑みを俺に向けてくる。
テトラの魔眼については気になったが、そのうち話してくれるだろ。
気が抜けたためか、眠気が頭をもたげてくる。俺は欠伸を噛み殺しながら、寝落ちするまで、テトラと他愛のない話で時間は過ぎていった。




