028.告白①
「やっぱり魔導具って、スゴいね」
俺はテトラに声をかけながら、魔導具の明かりに照された周囲を眺める。先ほどまで広がっていた花園はなく、代わりに枯れ草が地面を覆っている。
「そんなに質の良い魔昌石ではなかったけど、すぐに魔力が枯渇するとは思わなかった。噴水が止まると同時にゼノフロースが全て枯れ始めたのは驚き。いったい、どんな仕組みで出来ているのかな、あの噴水は」
「テトラが調べても仕組みがわからないの?」
テトラは少しは頬を膨らませながら首を左右に振る。
「リンタロー、私の錬金術の腕前を知ってるでしょ。まだポーション類しかまともに生成出来ないわよ」
「んー、出来る出来ないは置いといて、錬成陣は読めるよね。調べてもメモしとけば、後々役に立つかもよ」
「むむむっ……確かに」
「明日、陽が昇ってきたら、少し調べてみれば?」
「……うん」
少し不満そうではあるが、テトラは頷く。
錬金術師でもない俺の指摘は、テトラのプライドを傷つけちゃったかな。言い方が悪かったな。
俺はお玉で鍋をかき混ぜながら、反省する。
「リンタロー、それは何?」
「ん? ああ、これはコンロだよ。魔昌石を使うから魔導具の一種だよ。シノさんが準備してくれた――って、顔を近づけると危ないよ」
家庭で使うデザインのコンロではなく、元の世界でソロキャンパーが使用してそうなシングルバーナータイプのコンロに似たデザイン。
最低品質の小さな魔昌石でも数時間は、火が出る優れもの。ただし、火力次第で魔昌石の消耗具合が変わるので、最大火力で長時間使う場合はそれなりの魔昌石の準備が必要らしい。
「前日のキャンプの時は使ってなかったよね?」
「テトラがさっさと携帯保存食を食べ始めたから、使う暇がなかったんだよ。栄養は十分だと思うけど、連日携帯保存食はキツいでしょ」
「そう? 食べ応えもあっていいと思うけど」
携帯保存食は、口の中の水分を全て持っていかれる上に、固いグミ並に噛みごたえがある。味は漢方と香辛料の混ざりあった独特なもの。不味くはないが、上手い! といえる味でもない。
つまり、異世界で普通の食事しかしてこなかった俺が携帯保存食を連日食べるのはツラく、意地でも料理したくなるわけだ。
鍋には水と干し肉をつっこんで、出汁をとり、塩で味を整える。乾燥させていた葉野菜と根野菜を抵当な大きさに切り分けて、ぐつぐつ煮込む。フィリナムの粉(小麦粉みたいなやつ)に水と塩を混ぜて、耳たぶくらいの固さにこねる。少し寝かせた後、一口大にちぎって鍋に入れる。
お玉で鍋をゆっくりかき混ぜたいると、圧を感じ、俺は顔を上げるとテトラがキラキラさせながら鍋をガン見していた。
「リンタロー! 何ができるの! すごい美味しそうな気配がする!」
「えっと、すいとんモドキかな……」
「スイトン? なにそれ」
「料理の名前だよ。俺の故郷、いや国の料理かな。普段から食べてた記憶はないし」
すいとんって、家庭科の授業で作ったけど、家庭料理って感じじゃないよな。テレビとかで見かけるけど、家で食べたことないし。
「……国の料理?」
テトラが眉を顰めて首を傾げていた。
俺の言葉に含まれていたニュアンスに違和感を感じたのだろう。扶桑料理って表現した方がよかったかな。
言い直そうと口を開きかけた俺だったが、言葉を飲み込む。シノさんは言っていた。テトラに嘘をつく必要がないと。俺は意を決する。
「テトラは"世界を渡るモノ"って知っている?」
「うん、知ってる。古い文献とかに記載がある災いを運ぶモノって」
「わ、災いを運ぶって……」
「そう。『彼のモノ、異界の知をもって、世界に戦火のタネを撒く』ってあったわ。知の神の化身みたいな記述もあるけど、最終的に大規模な戦争の原因になるわ」
「マジかよ……」
テトラの言葉に俺は絶句してしまう。
シノさんも権力者が異世界の知識を得ようと"世界を渡るモノ"に対して色々アクションをしてくる様に言ってたけど、戦争の火種になるの確定なのかよ。
「で、"世界を渡るモノ"がどうしたの? リンタローも古文書とかを勉強しているの?」
「えっと、そのー……」
テトラに真実を告げようと思ったが、気力が一気に削がれてしまう。さっきの発言をなかったことにするべきなのか。
時間にして数秒だったと思うが、俺には一時間以上、逡巡したように感じた。
「リンタロー?」
「実は……俺は"世界を渡るモノ"なんだ」
「へ? 何を言ってるの?」
「突然すぎるとは思うが――」
キョトンとし顔のテトラに、俺は説明を始める。異世界から転移してきたこと、シノさんに保護されたこと、などなど。
始めは呆けていたテトラだったが、次第に眉間のシワが深くなっていく。
五分、いや十分くらいで、一気に説明してしまう。話し終わって、ふぅ、と一息を入れてテトラの様子を確認する。彼女は頬を膨らませて、俺を睨んでいた。怒っているような気配がビンビン伝わってくる。
一触即発な雰囲気のテトラに、俺は声をかけることも憚れてしまう。
「……で、リンタローは、何故、私に嘘をついていたの? そんなに私は信用がなかったの?」
テトラの低い静かな声。それなのにビリビリとした威圧感が肌越しに伝わってくる。俺は表情が強ばり、背筋を冷たい汗が伝わっていくのを感じる。
いやいや、待て待て。嘘を率先してついたのは俺じゃない。シノさんだろ。ビビる必要があるのか? ないよな。
バクバクと音をたてる心臓を鎮めるために、今の状況に陥った原因をシノさんに丸投げをする。山の入り口で別れてから、どこにシノさんがいるのかはわからないが、僥倖だ。
俺は深呼吸してから、まっすぐにテトラの目を見る。
吸い込まれそうなほど済んだ青い瞳。スーッと心が鎮まっていく。
「テトラのことは信用してるよ。さっき、テトラが口にしたように、"世界を渡るモノ"は必ずしも良い存在ではない。だから、シノさんが、この世界に俺が慣れるまで、テトラに本当のことを言わないようにしたんだよ」
「……お師様か?」
「うん。下手に話すとテトラにも危険が及ぶかもしれないから。まだテトラは錬金術師じゃなかったから、シノさんの正式な弟子でもなかったでしょ」
「ぐぬぬぬっ……」
俺の言葉にテトラが下唇を噛む。かなり出任せだけど、全て嘘ではないはず。
テトラと初めて会ったとき、彼女は錬金術師ではなかったから、シノさんの正式な弟子ではなかったはず。だから、シノさんが俺について嘘をついた可能性は高い、と思う。単にテトラをからかいたかっただけな気もするけれど。
若干、テトラの雰囲気が和らいだ気がする。さすがシノさん。テトラのウィークポイント。
テトラは口を尖らせたまま、次の疑問を俺には投げる。
「リンタローが扶桑出身って、嘘ついたのは何故?」
「俺の世界の住んでいた国が、たまたま扶桑に似ていたからだよ。シノさんは見た目が似ているだけで、扶桑人の独特の雰囲気はないって言われたけどね」
テトラの質問に苦笑いをしながら答える。
以前、テトラと行った扶桑料理屋『烏兎』の榊春陽さんの姿を脳裏に描く。刀を自由自在に操って、敵をバッタバッタと切り伏せていそうだ。たぶん扶桑は戦国時代くらいの時代だろうな。
平和ボケの俺には到底ムリな話だよな。
「なら――」
すいとんモドキを食べながら、俺はテトラが次々と投げてくる質問に答えることになった。夜はあっという間に更けていった。