027.ルート確保?③
「リンタロー、たぶんココが"小さな庭"だよ。今日はここでキャンプしよ」
「……り、りょーかい」
俺はその一言を絞り出すと尻餅と変わらない速さで地面に座り込む。ドスン! と背負子が地面を揺らすが気にしない、気にする気力がない。
身体の芯に残る疲労感。何が原因かは考える必要もないほどわかりきっている。忠義の腕輪を使って、水系魔術を連続で行使したせいだ。
魔導具を利用して、疑似魔術を行使しても精神力的な何かを消耗してしまうぽい。
シロガネゴケの採取のために、十回だけ疑似魔術を行使しただけだけど、こんなに疲労するなんて、予想外だ。
俺が空を仰ぎながら、空気を貪っていると、鼻歌交じりにテトラが結界装置を取り出していた。当然、聞いたことないけど、どこか懐かしさのあるメロディーに、俺は耳を澄ませてしまう。
曲の終わりを見計らって、俺はテトラに声をかける。
「ご機嫌だね、テトラ」
「うん! だって、シロガネゴケって、金貨が何枚あっても足りないくらいお高いから。冒険途中にまとまった量が採取出来るなんて思ってなかったから。踊り出しても問題ないくらいラッキーだよ。それもリンタローが頑張ってくれたおかげ。ありがとう」
目を細め、口もとを弛ませて笑うテトラ。太陽の陽気を感じられる表情に俺もつられて笑ってしまう。
想定外に疲れたけど、テトラの笑顔を見ると、我ながらよくやった! と自分で自分を誉めたい。
ふぅ、と一息いれて、俺は立ち上がる。肩や腰を回したり捻ったりして、調子を確かめながら、周囲を改めて確認する。
周囲が俺の胸の高さほど高い。窪地と言っていいのかな。そして、山の中だというのに、家一軒を建てられるくらいの広い。膝が隠れるくらいの高さの草が生い茂っているけれど、たぶん地面は水平だ。俺たちが入ってきた道と反対側に同じように道がある。
あまりにも不自然な空間に、俺は疑問を口にする。
「……テトラ、この地形、自然に出来た場所だと思う?」
「半分は自然かな。元々あった歪な窪地を真四角に整地したんじゃないかな」
「何のために?」
「私にわかるわけないでしよ。それは、お師様に聞いてよ」
テトラは口を尖らせる。
そらそうだよな。初めて来た場所について尋ねられても困るよな。
何かの目的があって、シノさんが手をいれて整備したのだろうか。
端に近づいて、壁になっている土を触ってみると、コンクリートの様な手触りだった。当然、自然に出来た手触りではないので、魔術的な力で固めているのだろう。でなければ、綺麗な垂直な壁になっていないはず。雨風とかで風化して、もっと斜めでボロボロな感じになっているはずだ。
「ねー、リンタロー。鎌って持ってきてる?」
「鎌? 鉈ならあるけど」
「鉈かー。それなら仕方ないか」
残念そうに呟くと、テトラは腰に下げていたショートソードを抜き放つ。鞘から現れた剣身は淡く輝いている。
ドルガゥンさんが腕を鈍らせないために打った暇潰しの一振り。ドルガゥンさんはナマクラだと言っていたが、伝説の剣と比較しても遜色ない一振りだ。剣身の美しさは何度見ても目を奪われてしまう。
テトラは眼前まで鍔を持ち上げ、静かに深呼吸する。そして――
「てぇぇぇい!」
テトラの裂帛の気合い。彼女の鋭い踏み込みから薙ぎ払われる剣。ブワッと風が吹き抜けたと思った瞬間、テトラを中心に半径二メートルほどの範囲に生い茂っていた草が刈りとられた。
感嘆の声を漏らしながら、俺は某ゲームの主人公の回転斬りを思い出していた。
「さすがドルガゥンさんの剣、一振でバッサリ刈りとれた」
「剣で草を刈るなんて、レティさんが見たら卒倒するよ」
「きちんと手入れをするから大丈夫よ。それに、ただ敵を倒すだけが剣の使い方ではないのよ」
ドヤ顔のテトラ。分類としては刃物なんだろうけど、剣で草刈りはダメなんじゃなかろうか。
俺はつっこみたい気持ちをグッと堪える。剣の切れ味にホクホクしているテトラが問題ないと言っているからソッとしておこう。
「リンタロー、刈った草を端の方に集めて。私は一通り草を刈ってしまうから」
「いいけど、今刈った範囲で十分じゃない?」
「何か潜んでいる可能性があるし、魔物が襲ってきたときに、隠れられたら面倒でしょ」
「なるほどね。魔物の姿が視認できないのはメチャ困る」
テトラならば魔物の気配だけで、難なく戦えそうだけど、俺は無理だ。死角から攻撃されたら常に痛恨の一撃になる自信がある。
俺はテトラの刈り取った草を両手で抱き締めるようにして持ち上げ、隅の方に移動させる。
「……リンタロー、噴水出てきた」
「は? 噴水? なんでさ」
せっせと草を運んでいると、唐突にテトラが声をかけてきた。ほとんど草が刈りとられた四角い窪地の中央に、広げた傘くらいの大きさのオブジェクトがあった。
テトラが言う通り、噴水にしか見えないが、シャワーノズルぽい部分から水は出ていないし、池の部分に水は張ってない。それどころか噴水の中には枯れ葉や土埃などが溜まっておらず、不自然なほど綺麗。
「魔導具の一種ぽいね。テトラ、使い方とかわかる?」
「わからないけど、起動方法なら何となくわかるかな。ここに魔昌石を入れれば、動き始めると思うけど、水源が枯れてると意味ないかな」
噴水の正面あたりにある蓋付きの小物入れみたいな部分をテトラが指差す。縦横無尽にうねるケーブルが入っていることはなく、底に幾何学模様――魔術陣が描かれている。
「……リンタロー、試しに動かしてみる?」
「うん。危険性は低そうだし、水が出れば飲み水の節約になるし」
「わかったわ」
テトラは腰のポーチから、小粒な魔昌石をいくつか取り出して、噴水の小箱にいれて蓋を閉じる。箱から淡い燐光を湛えたラインが噴水全体に走っていく。噴水全体か淡い燐光に包まれた瞬間、光が弾ける。
閃光とまではいかないが、俺は目を細めて噴水の様子を伺う。
「あ、水が出てきたよ」
身構える俺の耳に、テトラの無邪気な声が届く。噴水の光はテトラに見えてなかったのだろうか?
シャワーノズルから噴き上げる水がキラキラと輝き、一瞬山の中にいることを忘れさせる。
「――ッ! リンタロー!」
テトラの鋭い声で、俺は我に返る。窪地の表面が波打つ水面のようにうねる。バランスを崩して倒れかける俺をテトラが抱き上げると、そのまま窪地の入り口まで一気に跳ぶ。
久々のお姫様だっこ。誰にも見られているわけではないが、赤面して俺は手で顔を隠してしまう。
「コレは、噴水のせい――って、リンタローどうしたの?」
「お願いだから、おろして……」
「え? なんで?」
「なんででも!」
首をかしげながら、俺を丁寧に地面に下ろしてくれるテトラ。流れるような動きは優雅さを感じさせる。たぶん王子様を夢に見ている女の子が同じことをされたら一発で惚れられると思う。
情けなさと恥ずかしさで、窪地の隅に踞る俺。横目で先ほどまでいた辺りを確認すると蔓が生き物のようにうねっていた。ただし、魔物の様な禍々しい感じはない。
「……テトラ、噴水に付与されていた何らかの効果のせいだよね?」
「そうだと思う。植物の生育速度とかに影響を及ぼす術式が噴水に仕込まれていたみたい。そうとわかっていれば草刈りなんてしなかったのに」
効果の及ぶ植物を指定しているのか、動き回っている弦以外の植物は、枯れて消えていく。俺が端の方に積み上げていた草も同じだ。分解して蔓の栄養に回されているのかもしれない。
時間にして十五分もかかっていないと思う。蔓のは育ちきり、動きを止めた。
「……綺麗」
テトラがポツリと呟く。草の生い茂っていた窪地は、貴族の中庭にありそうな薔薇園に早変わりしていた。
フローラルな香りが辺り一面に立ち込め、鼻の内側も埋め尽くす。良い香りには違いないが、濃密な香りに俺は噎せそうになる。
「この仕組みがあるから"小さな庭"なのかもね。でも、なんでこんな山奥に花園なんて造る魔導具を設置したんだろ」
「たぶん、ゼノフロースだわ。強い魔物が徘徊するような土地でしか育たない希少な花よ。これを原料にして作った香水は異性を魅了するとして、貴族がこぞって欲しがったわ。結果、奪い合いで、血が流れて国が荒廃したわ。今では禁忌の品となっているわ」
「うへっ、香水ってことは、エキスを抽出して濃縮させるんだよな……」
咲いている花の量が多いせいもあるかもしれないが、花の段階でこの匂い。濃縮させたらヤバそうな気がする。
「いくつか添加物を加える必要はあるけれど、花の部分を集めて処理するよ。抽出方法とか添加物とか、許可なく人に教えるだけでも処罰の対象になるところから、当時の争いが凄まじいことを物語っているよ」
「教えるだけで処罰って、危険物過ぎるな」
「うん。私もお師様には『取り扱いに注意しないと危険な素材』ってことで、店番始めた頃に教わったから、そうとうヤバイと思うよ」
あの面倒くさがりなシノさんが真っ先にテトラに教えたとなるとガチでヤバイんだろうな。
「テトラ、採取は止めとく?」
俺の言葉に眉を寄せて悩むテトラ。しばらく呻きながら考える。
「……リンタロー、少しだけ採取する。空ビンちょうだい」
「はいよ」
シノさんの許可なく、採取方法を教えることは出来ないということで、テトラがゼノフロースを採取している間に、俺がキャンプの準備を済ませることななった。




