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026.いざ、ヴァン山脈③

 岩肌の隙間でキャンプした翌日、日が昇りきった時間帯。後始末を終わらせて、俺とテトラはシノさんから貰った地図を改めて覗き込む。

 テトラからふんわりと漂う甘い香りに意識を持っていかれそうになるが、頭を降って気を引き締める。


「とりあえず、シノさんがくれた地図に書き込んでる"巣穴"ってところを目指そう」

「了解、リンタロー。でも、移動距離はどうやって測る? 縮尺書いてないからわからないって、夜のミーティングでも話してたよね」


 テトラが首をかしげる。愛らしい仕草にドキリとしてしまう。グッと気を引き締めて、俺は口を開く。


「地図の隅っこに書かれているこの部分、スヴィールの街じゃない?」

「あ、本当だ。夜見たときは気づかなかった」

「テントの中でも明かりはつけてたけど、薄暗いから見落としたんだと思う。そして、ヴァン山脈の入り口までが馬車で約一日。地図の二点間の長さを参考にして、ヴァン山脈の入り口と巣穴までの長さは――」

「んー、半分くらいの距離だから、半日で着けるわけね」


 テトラがヴァン山脈入り口と巣穴の直線を形の良い指でなぞる。どや顔で俺を見てくるが、大間違いだ。


「さすがに辻馬車でゆっくり移動したけれど、荷物を担いだ人が、辻馬車と同じペースで歩くのは無理だよ。人が歩く距離を辻馬車の半分と仮定。高低差があるから、更に移動速度は落ちると思うよ」

「むむ、と言うことは、二日くらい?」

「直線で移動できればね。実際は山肌に沿って歩くから、更に倍になるかも。あと魔物に遭遇する可能性も考慮しないとね」


 俺の言葉に、テトラが顔をしかめる。

 上手く移動できたとしても、往復で十日近くかかる。シノさんが「食料と水は多めに」という言葉がなければ、全然足りないところだった。背負子に縛り付けた木箱二つは、空間歪曲付きで見た目の三倍近い容量を確保している。

 正直、俺が持ち運べるギリギリの重さがあるので、休憩無しにどこまで移動できるか自信がない。


「なかなか厳しいね。普通の魔物なら、なんとかなるかもしれないけど……」

「さすがに荷物を担いだまま、伝説の魔獣は相手できないよね。だから、巣穴から少し離れた場所に、荷物の大半を置いとけるような拠点を作りたいんだよね」


 俺は巣穴から半日ほど離れているであろう地点を指でグルグルとなぞる。テトラは口元に手をあてながら、ウンウンと頷いている。俺の提案に賛成のようだ。


「更に飲み水とか食料とか補充できるポイントが確保できれば御の字なんだけどね。持ち込んでる食料が目減りすると、精神的に不安になるし……」

「食料確保は大事。お腹がすいたら力がでないもの」


 激しく同意するテトラ。俺の考えが伝わってない気がするけどいいか。

 俺とテトラは背負子を背負い直してヴァン山脈の攻略を開始するのだった。




「リンタロー! そっちに行ったよ!」

「ちょ、マジかよ!」


 テトラの鋭い声。反射的に腰に固定していた得物――ドルガゥンさんの打った小太刀――を抜き放つ。素早く逆手から順手に持ち替える。

 まだ腰が引けているのは、ご愛敬だ。

 飛びかかってきたのは角を生やした大型犬くらいのウサギ、スピアラビットだ。背負子の重量で俊敏な動きは出来ない。かといって背負子を下ろす暇もない。俺は近づいてくるスピアラビットの角を凝視する。


「南無三!」


 小太刀の届く距離。俺は半身になりつつ、摺り足で斜め前に踏み込む。そして、スピアラビットと交差する瞬間、反射的に小太刀を払う。

 軽い抵抗を感じたあと、スーッと豆腐を切ったような手応えが続く。視界の端でスピアラビットの頭が飛んでいくのが見えた。


「嘘でしょ……」

「リンタロー、よそ見しないで!」

「ッ! お、おう!」


 ヒーターシールドを構え直しながら、テトラが俺のそばで陣取る。俺は深呼吸をしながら小太刀を正眼に構える。刃には赤い液体が付着していた。


「リンタロー、周囲に気を配ったまま、一度剣を払って。血がついたままだと、切れ味が落ちるから。ドルガゥンさんの打った剣だから必要ないと思うけど、他の剣を使ったときに困るから」

「わ、わかった」


 俺の心音がどんどん大きくなる。

 スライムを倒したことはあるが、生き物を倒したのは初めてだ。いつもテトラが仕留めていたから。

 ばくばくと音を立てる心臓を妬ましく感じながら、俺は手早く小太刀を振るう。それだけで刃は手入れをした直後のように鈍色に輝く。

 ただし、遅れてやってくる緊張感に、剣先がプルプル震え始めた。


「リンタロー、大きく深呼吸。大丈夫、何も問題ない」

「あ、ああ、わかった……」


 スライムとは違う、生き物の命を奪う行為。元の世界では経験することにならなかったであろう行為に、カラダの芯から恐怖心が滲み出してくる。つまり、自分の命も等しく奪われることを意味しているからだ。


「魔物は害ある存在。倒して問題ない」

「……で、でもさ――」

「でももへったくれもない。リンタローは間違ったことはやってない。倒すか倒されるか。それが常識のステージに立っただけ。でも安心して。リンタローは私が守る。リンタローは倒させないから」

「テトラ……」


 テトラの淡々とした力強い言葉。彼女の顔は見えないけれど、見守られている安心感があった。

 気づけば剣先の震えは止まっていた。


「……ありがとう、テトラ」

「どういたしまして、リンタロー」


 俺は気を入れ直して、状況を確認する。俺たちを半円状に囲むのは、普通の二倍くらいありそうなドーベルマンぽい犬型の魔物が五。スピアラビットを狩ってたところに、運悪く俺たちが巻き込まれたといったところだろうか。

 スピアラビットは俺が倒したものも含めて三羽。羽って数え方が正しいのかは疑問が残るが、そんなことを考える余裕はない。


「ウサギを置いていくから見逃してもらえる可能性は?」

「ほぼゼロ。獲物とみているのか、敵として排斥したいのかはわからないけど、カースハウンドは目を付けた対象を逃さないって言われてる」

「うげっ、マジかよ。どこまでも追いかけてくるってことかよ」

「そう。しつこさに定評のある魔物」


 ジリジリと位置を調整しながら、ドーベルマンぽい犬型の魔物カースハウンドを牽制するテトラ。どんな技術なのかわからないが、カースハウンドは身構えはするものの、飛びかかってはこない。

 このまま対峙していては体力だけが奪われてじり貧になる。何か策は――


――Howl!!


 ビリビリと大気を震わせる咆哮。

 サイレンを彷彿させる咆哮に、瞬時に俺の脳裏に狼の姿が浮かぶ。


「て、テトラ、まさか……」

「たぶんリンタローの予想通りだと思う」


 淡々とした口調だけど、テトラの声音に焦りが滲んでいる。

 ヴァン山脈に住まう魔狼、フローズヴィトニル。テリトリーは巣穴の周辺だけという考えは甘かった。

 不意にシノさんが魔狼の巣穴を目指さずに、うろちょろ歩いていた理由に思いあたる。あれは魔狼のテリトリーの淵に沿っていたのだろう。たぶん俺が山歩きとか慣れない状態で、魔狼に遭遇しないように気を使ってくれてたのかもしれない。


「リンタロー、カースハウンドが怯えてる。逃げる準備をお願い」

「……わかった」


 魔狼が何に反応したのかはわからない。でも侵入者を威嚇するための遠吠えだとしたら、ここに向かってくる可能性は限りなく高い。

 カースハウンドが後ろ足の間に尻尾を垂れ下がらせてビクビクしているが、俺たちが背中を向けた瞬間に飛びかかってくる可能性はゼロじゃない。

 猶予も時間もない状況に、冷たい汗が頬を伝う。何か出来ることはないのか。


「そうだ……! テトラ、合図したら息止めて走るよ」

「わかった。リンタローに任せる」


 背中越しに頷くテトラ。俺は腰の巾着から魔導具(マジックアイテム)を一つ掴み取る。


「くらえ! 悪臭玉! テトラ!」


 魔導具(マジックアイテム)――悪臭玉を地面に叩きつけると同時に息を止める。同時に刺激を感じて目に涙が滲み始める。

 俺とテトラは、カースハウンドのキャンキャンという鳴き声を背にその場から逃げ出した。


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