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026.いざ、ヴァン山脈②

「さて、そろそろ本格的に山に入るとするのじゃ」

「ゼーハーゼーハー……」


 俺の口から「嘘でしょ」の言葉が出てこなかった。声のかわりに喉の奥から、風が吹いてくるばかり。


「リンタロー、大丈夫?」

「すこ、少し、休ませ、てくれ……」


 両ひざに手をついて、肩で息をする俺を心配そうに伺うテトラ。優しさが心に沁みる。

 背負う旅支度一式――テントやら食料やら諸々の道具類――は体感で数十キロ。地面に下ろしたいが、下ろしたら持ち上げられなくなりそうだ。


「さすがに凛太郎の体力では厳しかったのかの。山に慣れさせるためにぶらぶら歩いてみたのじゃが」

「ぶら、ぶら……って、数……時間は、歩いて、ますよ……」

「半日も歩いておらぬぞ。凛太郎より動きにくい格好をしているテトラを見てみるのじゃ。ぴんぴんしておろう」


 芝居かかった動きで、シノさんが扇子でテトラを指す。それに気づいたテトラは、「ふん!」と両腕を曲げて力こぶをつくる。服や防具で力こぶが出来たかどうかは、わからなかったけど。

 シノさんのいう通り、テトラの腰にさげたショートソードや左腕に持つヒーターシールドは、重たそうだし、歩きにくそうで体力をガンガン持っていかれそうだ。

 シノさん特性のローブと楔かたびら。腰に固定した片刃の剣。テトラの装備と比べて重量は半分以下だろう。

 ここで座り込んだら、男の沽券にかかわる。大きく息を吸い込み、静かに息を吐く。身体の隅々に酸素を行き渡らせるイメージをしならがら。

 数回、深呼吸を繰り返し、パチン! と両頬を叩いて気合いをいれる。


「よし! 回復! シノさん、テトラ、出発しよう!」

「おー、リンタロー頑張るね」

「さすがは凛太郎じゃ。男の子(おのこ)はそうでなくては」


 脚が疲労でプルプル震えているが、見なかったことにして欲しい。幸いテトラとシノさんから指摘はなかった。

 二人にバレないように、内心で自分自身を鼓舞していると、シノさんが谷間からスルスルと筒状の物体――丸めた紙――を取り出していた。長さは拳二つ分くらいかな。

 シノさんは勿体ぶった仕草で、筒を俺とテトラに放り投げる。


「ちょ、待――」

「ダブルキャッチ」


 スッと流れるような動きで、テトラが俺のそばに移動すると、ヒーターシールドで俺を支えてくれる。そして放物線を描きながら、くるくる回る二つの筒を素早く空中キャッチする。

 淀みのない滑らかなテトラの動きに思わず見とれてしまう。テトラは「ふふん」と鼻を鳴らして、得意気だ。


「ありがとう、テトラ」

「どういたしまして、リンタロー」


 嬉しそうに笑みを浮かべながら、テトラは受け取った筒を一つ俺に渡してくる。ちらりとシノさんの様子を伺うと、彼女は小さく頷く。

 一人一本ずつということかな。

 受け取った筒を縛っている紐をほどくと、自然と広がる。

 形状記憶とか、特殊な加工を施した紙なのかな。

 両端を持ってみるとA3くらいの大きさがあった。紙には地図のようなものが描かれていた。


「……お師様、これはこの辺りの地図ですか?」

「うむ、その通りじゃ。内容は冒険者ギルドや商人ギルドで売っておるものと大差ない。じゃが、紙の方は妾の特別製じゃ」

「和紙、いや扶桑紙ですか、シノさん。たぶん普段見かける紙と製法が違いますよね」


 少しざらざらした暖かみのある懐かしい手触り。不意に込み上げてくるものがあって、慌てて押さえ込む。

 不思議そうに首を傾げるテトラ。何か察したようなシノさん。


「凛太郎のいう通りだが、配慮が欠けておったな、すまぬのじゃ」

「あ、いや、シノさんが悪い訳じゃないので。紙を持っただけで、懐郷病(ホームシック)になりかけるとは思わなくて……」

「リンタロー、故郷のことを思い出したの?」


 驚きと喜びが混じったような顔で、俺に顔を近づけるテトラ。

 そう言えば、シノさんのせいで俺は記憶喪失キャラ設定あったな。どう誤魔化すべきなのか。

 シノさんを確認する、良い笑顔でサムズアップしていた。「任せた!」というのが伝わってくる。マジかよ。


「えーっと、扶桑紙って大陸では珍しいだろ。だから、持ったときに懐かしい感じがした、そんな感じかな……」

「そうなの……。記憶が戻らないなんて、残念ね」


 俺のデマカセに、しゅんとして肩を落とすテトラ。あきらかに気を落とすテトラの姿にチクチクと良心が痛む。


「とにかく、大丈夫だから気にしないでくれ。シノさん、扶桑紙だから特別製なんですか?」

「凛太郎の安芝居は目を瞑るとして、紙程度で妾が特別製というわけなかろう。形状記憶と劣化軽減を組み込んでおるのじゃ」

「お師様、リンタローの安し――」

「形状記憶! 劣化軽減! それはどんな効果なんですか!」


 テトラの台詞を全力で掻き消すスタイル。大根役者なのは自覚しているが、勢いで誤魔化す以外にとれる術がないからな。

 テトラが眉間にシワを寄せて、怪訝そうな顔をしていた。シノさんに視線で話を進めるように促す。


「形状記憶は言葉のまんまじゃ。地図に折り目などないじゃろ。広げた状態を記憶させておるからじゃ。ただし、自動修復する効果はないので気をつけるのじゃぞ」

「おおー、すごい。折り目が消えた」


 シノさんの説明に反応し、さっそく地図を折り曲げて確認するテトラ。驚きながらも何度も地図を折り曲げている。


「劣化軽減は、汚れや擦れ、日焼けなどで地図に描かれている内容が消えるのを防ぐ効果じゃ」

「土を擦り付けても、払うだけできれいになる。紙なのにあり得ない」


 テトラは地図に施された効果を確認することに夢中だ。よし、俺の安芝居はテトラの頭から消えたな。

 形状記憶と劣化軽減。地味だけど、シノさんの説明を聞くと凄いと思うんだけど、引っ掛かりを覚える。


「本来であれば、地図は各々で準備するべきじゃ。今回に限り、弟子思いの妾が準備――」

「シノさん、この地図ってまともに使えるんですか?」


 シノさんの言葉を遮って、俺は疑問を口にする。


「形状記憶は凄いんですけど、折り畳めないってことは、荷物としてスペースとりますよね。劣化軽減も地図に書き込めなくなるんじゃないですか?」

「ぬっ!」


 俺の言葉にシノさんが露骨に顔を顰める。

 やっぱり欠点のある効果なんだろうな。折り畳めないと持ち運びに不便だし、メモ書きしても消えてしまうのであれば意味がない。


「お、折り曲げられなければ、剣の鞘などに巻き付ければ解決じゃ。インクはリングィの骨粉に低級魔石の粉末を混ぜて錬金術で生成したものを使えば、消えなくなって良いのじゃ」

「剣の鞘……なるほど……」


 テトラが剣の鞘に地図を、くるくる巻いて試し始める。紐で地図を縛りつけ、鞘に納めたまま剣を掲げて満足そう。

 そして、シノさんは、若干頬を膨らませて、俺を睨んでいた。素直に効果に驚いておけば良かったのだろうけど、効果については正しく把握しておきたいものだから、仕方ないよな。


「えーっと、とりあえず欠点はあるけれど利点の方が大きいって理解出来ました。この地図を用意した理由はなんですか?」

「凛太郎の言葉に刺を感じるのじゃが……。まあ、よいのじゃ。地図を用意したのは、錬金術師や蒐集師にとって素材を採取できる場所は財産じゃ。大衆のために錬金術を使うのは良いが、様々な知識まで悉く公開するべきではないのじゃ。錬金術のレシピだけでなく、採取できる場所についても個々人で管理が必要なものなのじゃ。教えるのに丁度良いと思うたので、地図を用意したわけなのじゃ」


 個人で管理する知識か。この世界に特許みたいな制度は存在しているのか確認してなかったな。錬金術師ギルドで、一般的な錬金術のレシピは公開されていたみたいだから、近い仕組みはあるのかな。今回の冒険が終わったら尋ねてみるかな。


「……お師様、地図に付与されている効果は、私の腕でも付与できますか? 次回からは自分で地図を用意したいのです」

「テトラならば余裕じゃ。素材も揃えるのは容易かろう。フローズヴィトニルの件が片付いたら教えてやるのじゃ」

「ありがとうございます、お師様!」


 テトラは心底嬉しそうに返事をする。その姿に口の端を弛ませるシノさん。

 やっぱり仲が良いよな。


「さて、妾は少し野暮用で離れるのじゃ。地図にフローズヴィトニルの住み処について印をつけておいたので、気をつけるのじゃぞ」

「へ? お師様、ついてきてくれるのでは――」

「し、シノさんがいないと、俺とテトラだけじゃ力不足――」

「初めは誰もが力不足なのじゃ」


 ハッハッハ、と笑うとシノさん。呆然とする俺とテトラをよそに、軽い身のこなしで、山肌を登っていく。

 あっという間にその姿は見えなくなった。普段のだらけた姿からは想像できないほど軽快な身のこなしだった。


「リンタロー、どうしよう……」

「とりあえず、近くでキャンプして予定を立て直そう」


 まだ日は高いが、俺とテトラは場所を探してキャンプすることにした。


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