025.冒険に出る前に③
スヴィール冒険者ギルドの裏庭、修練場は二百メートルトラックのグラウンドがスッポリ収まりそうな広さがあった。
俺とテトラ、レティさんは、グラウンドの中央で対峙する。
ギルド職員の制服のまま、鉄の棒みたいなやつを手にしている。ゲームとかでみたことあるやつだ。たぶん硬鞭っていう鉄製の鞭。竹のような節があり、叩かれたら肉まで抉られそうだ。長さは一メートルはありそうだ。
重さがあって、扱いにくく廃れた武器だったと記憶しているが――。
「フフフッ、久々に心弾むわね。ギルドマスターなんてやらされると緊急時の備え扱いで、ろくに外出もさせてもらえないから、運動不足だわ。ストレス発散も簡単に出来ないし、ギルドマスターなんて、義理でなるものじゃないわ」
ため息をつくレティさん。そして、物凄い速度で硬鞭を振り回し始める。ヒュッ! ヒュッ! と硬鞭が空を裂く音だけが聞こえてくる。
俺の目では、硬鞭はおろか、レティさんの腕すら、まともに視認できない。
俺がレティさんと対峙すれば、文字通り瞬殺される自信がある。
スプラッターな未来を想像し、全身から汗が吹き出してしまう。腰の固定した得物――ドルガゥンさんが暇潰しに作った片刃の日本刀みたいなやつ――の柄に手を伸ばす。
一撃くらいは、レティさんに喰らわせないと、ヴァン山脈に入ること禁止されてしまうのかな。
意を決して、俺は柄を握り、刃を解き放――。
「あ、ソーマさんは、見学でいいですわよ。錬金術師に身体的な強さを求めるのは意味がないですから。錬金術師は霊薬や魔導具を作り出すところに真価がありますからね」
「……そーっすか」
俺は反射的に気が抜けた返事をしてしまう。
レティさんと一戦交えなくて済んだのは、すごく嬉しい。病院送り必至だっただろうし。
でも、ドルガゥンさんの打った刀がどれくらいすごい業物なのか、お披露目したい気分があったので、残念でもある。
「手合わせしますか?」
「遠慮します!」
「……リンタロー、カッコ悪い」
何かを察したレティさんの提案を即答で断る。ジト目でテトラが俺を見つめているが無視する。
一時の享楽のために、墓場に片足を突っ込むような愚行を俺はしない。俺は間違っていない。
自分に言い聞かせながら、俺は数歩下がる。テトラが何か言いたそうな顔をしているが、腰のショートソードを抜き放ちながら一歩前に出る。
「お手柔らかにお願いします」
「フフフッ、それはわたしの台詞よ」
軽くお辞儀をすると、テトラはヒーターシールドを構える。次の瞬間、テトラの姿が霞む。
――ギィィィン!
鈍い甲高い金属音が周囲に響き渡る。
レティさんの繰り出す硬鞭の一撃を、テトラがヒーターシールドで受け止めていた。
楽しそうに表情を歪めるレティさん。即座に次の一撃を打ち込む。
テトラは無表情のまま、小さなステップで硬鞭をかわす。
「フフフッ、本当に錬金術師なのかしら?」
「……そうです」
「錬金術師に軽く避けられるほど、腕は鈍っていないはずなのよねっ!」
テトラに向かって踏み込みながら、連続で硬鞭を振るう。ステップと盾で、かわし続けるテトラ。彼女からは焦りなどは感じられず、ただ淡々とレティさんの動きを観察している。
「……私の番」
小さな呟き。同時に断続的に続いていた金属音がピタリと止む。レティさんの攻撃は続いているのに。
「面白い、面白いわよ、貴女。私の鞭を上手に回避する子はいままでみたことな――ッ!」
レティさんが急に言葉を詰まらせる。そして、再び金属音が響き始める。先ほどまでとは違う、鋭い音だ。
テトラが舞うようにステップを踏み、ショートソードを振るう。レティさんが距離をとろうとすると、シールドバッシュで距離を潰す。
じわじわとレティさんは、グランドの中央から、端の方へ移動していく。
「これで、終わりっ!」
ひときわ甲高い金属音が響き渡る。くるくると宙を舞うのは、レティさんの硬鞭の一部。
さっきの一撃で切ったの? 嘘でしょ!
思わず、地面に落ちてきた硬鞭の一部を凝視してしまう。
テトラは興味がないようで、深く息を吐きながら、ショートソードを鞘に納めていた。
「フフフッ、見事だわ。まさか武器破壊をされるとは想定してなかったわ」
短くなった硬鞭を手にしたまま、肩を竦めて笑うレティさん。落ちている硬鞭の一部を拾い上げ、切り口を指でなぞる。その表情は驚愕していた。
「リリーシェルさん、その剣を見せてもらえませんか?」
「……どうぞ」
一瞬、躊躇するが、素直にショートソードを渡すテトラ。受け取った剣をまじまじと眺めるレティさんの表情がどんどん険しくなっていく。
そして、目を見開いたまま、テトラに詰め寄る。
「リリーシェルさん、この剣はダンジョンで手に入れたんですか? それともどこかで購入したものですか?」
「……貰い物、です。出来の悪いナマクラだからって」
「ナマクラてすって! 誰よ、そんなこと言ったのは! この剣、鍛冶神ドルガゥン作よ!」
昂奮した様子のレティさん。若干引いているテトラがチラリと視線を送ってきた。
たぶん、本人から貰った、と教えてよいかの確認だな、当然、俺は首を横に振る。
所在不明の有名人が、実は地元に住んでいるとわかれば、人が押し掛けることになって、ドルガゥンさんの迷惑になるだろうからな。
「えーっと、その剣は師匠の知り合いから譲り受けたものなんですよ。なんというか、最上級以外はガラクタというような人なので……」
世界は違えど、完璧主義者っているはず。嘘八百で乗りきるために、まずはジャブを打っておく。
俺の言葉にレティさんは、眉をひそめながらも思案する。
「ずいぶんと乱暴なことをいう人かいるものね。この価値が理解できないなんて、信じられないわ」
「変わった人なので、単にテトラが気を遣わないように言った可能性もありますけどね」
うんうん、と頷いて同意するテトラ。
実際のところ、ドルガゥンさんが、暇潰しを兼ねた腕を鈍らさない程度に作った駄作。シノさん曰く、見た目は大量生産品と変わらないが、性能は伝説一歩の業物とのこと。性能について、いまいちイメージ出来てなかったから、硬鞭が斬れてビビった。
「なるほどね。そちらの方が、まだなっとく感あるわ。そのヒーターシールドもわたしの硬鞭を弾いて、目立った傷がないところを見ると、なかなかの品物のようね」
「……そうかもです。もっとボコボコになっている予定でした」
レティさんから、ショートソードを受け取りながら、当たり障りのない返事をするテトラ。このまま、一気に畳み掛けよう。
「それで、俺たちはヴァン山脈に入って問題ないでしょうか」
「推奨はしないけれど、リリーシェルさんはソロでも入っていいわ。ソーマさんは、必ずリリーシェルさんと一緒なら入っていいわよ」
「リンタロー、私が面倒見てあげるから、安心して」
「……ありがとよ」
男の矜持のせいか、素直に喜べない。
この後、ギルドの応接室に戻り、レティさんから簡単な講習を受けた。
いくつかの注意事項と、ヴァン山脈に入る前に予定などを連絡するように、レティさんから念押しされてた。
気がつけば太陽は、だいぶ高い位置に移動していた。




