025.冒険に出る前に②
「はい、どうぞ~。熱いから気をつけてね~」
カチャリ、と小さな音をたてながら、俺とテトラの前に置かれる陶器のティーカップ。藍色のカップは高級感が漂っている。 琥珀色の水色をした液体からは、鼻腔を湯気とともにくすぐる力強い豊かな香りが漂ってくる。
紅茶とか詳しくない俺でもわかる。きっとお高いやつだ。一杯でうん千円とか請求されたらどうしよう。
「フフフッ、お茶はサービスだから無料よ。わたしの好きな茶葉だから、気に入ってくれると嬉しいわ~」
俺の様子から察したのか、女性が笑いながら補足してくれた。そんなに俺は顔にでやすいのかな。
こういう場合の作法など、元の世界にいたときから知らないが、ソーサーが平皿ということは、受け皿ということでいいのかな。
俺はティーカップを摘まみ、一口飲む。まだ熱い液体とハッカに似たスーッとする感覚が口の中に広がる。渋さや苦みは控えめで、後味もスッキリして飲みやすい。味の広がり方から複数の茶葉が混ざっているような気がする。
「……美味しいですね。んー、四種類くらいの茶葉をブレンドされているんですか?」
俺の少しカマをかけた言葉に、女性は驚いた顔をする。隣に座るテトラは、何回も口をつけては首をかしげていた。
「びっくりしたわ~。こう言っては失礼だけど、茶葉どころか、味もわからないと思ってたわ~」
「……種類とかはわからないですけど、たぶん一種類は飲んだことあるので」
「――ッ! リンタロー、どこで飲んだことがあるの?」
「どの茶葉かしら~。どれもコネがなければ手に入れるのは、難しいものばかりなのよね~。ちょっと過小評価しすぎてみたいね~」
シノさんが入れてくれたお茶の風味があった、気がする。コネがなければ手に入らない、ね。シノさんは、どんなコネを駆使して手に入れているのだろうか。
それにしても、お茶は全体的に高級品なのか。飲んだら魔力回復とか特殊な効果はなさそうなんだけど、純粋な嗜好品だから高いのかな? でも、香辛料はそれほど高級品ぽくない気がするのはなんでだろう。
素朴な疑問について考えているとレティさんが纏う空気が変化する。
「んー、腹の探り合いは、苦手なのよね。アナタたちは何の目的で、この街にきたのかしら? 少なくとも、ド素人というわけではなさそうね、かといって、名の知れた冒険者でもないみたいだけど」
急に穏和な表情は顔を潜め、女性の鋭い視線が俺とテトラを射貫く。
猫を被っていた、というのは違う気がするけれど、穏和そうな雰囲気は演技だったのか。
チリチリとした威圧感を肌に感じながら、俺はテトラに目配せをする。
テトラは小さくうなずく。
「私は、テトラ=リリーシェル。レヴァール王立学園の秘蹟科に在籍しています。その傍ら、自由都市バルトブルグで、錬金術師をやってます。ギルドへ登録もしています。素材の採取のため、ヴァン山脈に向かう予定です。ここに同伴していませんが、お師様にスヴィールのギルドへ事前に届けをするように言われたため、伺いました」
「俺は相馬凛太郎といいます。こちら風にいうと、リンタロー=ソーマです。テトラと同じ師に教えを受けています」
俺とテトラの自己紹介に、女性は一瞬、目を細める。
「なるほど、錬金術師なのね。わたしは、スヴィールの冒険者ギルドを預かっているレティ=ノールです。先に断っておきますが、表の態度はアナタたちを油断させるためじゃないわ。冒険者ギルドって殺伐としやすいので、表では温和な感じで過ごすようにしているのよ」
「新顔が現れたときに、油断させるためじゃないんですか?」
テトラが即座に指摘する。レティさんの表情はかわらず、余裕が感じ取れた。
ギルドを預かっているということは、ギルドマスターってことだよな。俺とテトラが暴れだしても簡単に鎮圧できるくらいの実力者なんだろうな。
「そこまで腹黒じゃないわよ。せいぜい怒らせたら恐いくらいよ。錬金術師ということなら、ソーマさんについては納得できるわ。身のこなしは素人同然でも、状況把握や観察眼はなかなかです。でも、リリーシェルさんは、腑に落ちません。もし、このギルドに錬金術師と言われて疑問を持たない職員がいれば減給ものだわ」
「……」
シティさんの言葉に何かを言いかけて口をつぐむ。
やっぱり、テトラの腕前はわかる人にはわかるのだろう。
「ま、犯罪者でなければ、冒険者ギルドは個人に深く干渉しないのが基本です。ヴァン山脈に錬金術の素材を採取するとのことでしたが、強い魔物が存在するため、『はい、わかりました。いってらっしゃい』と言うわけにはいきません。多少の心得があるところを見せていただく必要があります。冒険者と一緒にヴァン山脈に入るわけではないのでしょう?」
「はい。私とリンタロー。あとはお師様の三人で山に入ると予定です」
予想通りの返事なのだろう。レティさんは嬉しそうに微笑む。
「ならば、どの程度の実力があるのか見せてください。裏庭に修練場がありますので、そこで手合わせいたしましょう」
誰と? と反射的に尋ねそうになった。聞かなくても分かることだよな。
目の前に座るレティさんは、ニッコリと微笑むとティーカップに残っていたお茶を飲み干し立ち上がる。
俺とテトラも素直に後に続くことにした。