025.冒険に出る前に①
日の出から間もない時間。まだ薄暗い中を俺とテトラはヴァン山脈に近い街、スヴィールの門をくぐる。
早い時間だったお陰か、ほとんど待つことなく街に入れたことはラッキーだった。
どこか眠たそうな足取りのテトラと並んで、静かなメインストリートを歩く。
「リンタロー、場所は……わかって、る?」
「もちろんバッチリだ。メインストリートを歩いていれば右側に冒険者ギルドの建物が見えるはずだ。っても、門番のオッサン情報だけだな」
「本当の、ことを言ってないか、もよ?」
「そのときは、そのときだよ。それよりもちゃんと起きてあるかないと転ぶぞ」
「大丈夫、問題……ない」
そう言うと、テトラは俺の背に乗りかかる。密着にドキッ! とするところだが、そうは問屋が卸さない。
テトラの装備している金属製の胸当てが、ゴリゴリと背中を押してくる。柔らかさは一切ない。
「――ッ! ちょ、テトラ、痛い痛い!」
「がんば、れ……男の子……」
「頑張れないって。お願いだから、自分で歩いてよ」
「……甲斐性なし」
テトラは不満満々という感じだが、素直に俺から離れる。
いつもなら、シノさんがツッコミをいれて、カオスになるところだが、シノさんの姿はない。ドルガゥンさんの家で惰眠を貪っている最中だ。
朝、起こしに行くと「ギルドに話しておくのじゃ」と書かれた紙がドアに貼ってあった。
ドルガゥンさん曰く「冒険者は全てが自己責任だが、ヴァン山脈は魔狼の縄張りだから、入るには事前に申請するのが慣例になっている」とのことだった。
そんなわけで、スヴィールの冒険者ギルドを俺とテトラは目指している。フラフラと頼りない足取りのテトラの手を掴んで、メインストリートを歩く。
徐々に人や馬車の往来が増えていく。本格的に街が起き始めたという感じがする。
どんどんと街の中を流れる時間が早くなっていく。人の流れを邪魔しないように、俺とテトラはゆっくりと進んでいく。
心踊る大冒険てはないし、特に会話もないけれど、テトラの手を握って歩くこの時間が、やけに愛しく感じてしまう。
街の門をくぐってから、十五分は歩いただろうか。俺は三階建ての建物の前で立ち止まる。レンガ造りので飾り気がなく、無骨な印象がある。
「……リンタロー、着いたの?」
「たぶん、着いたかな」
こちらの世界の文字をまだ読めないので、俺は断言できない。ただし、この世界は識字率が高いわけではないので、職業別に決まったマークを入り口に掲げる。
目の前の建物の入り口には剣と杖を交差させ、後ろに盾が描かれた木製の看板が掲げてある。確か冒険者ギルドのマークのはず。
テトラを自立させて、俺は木製のドアを押す。カランカラン、と鐘の音を響かせながら、軽い抵抗を与えながらドアは開いた。
冒険者ギルドは頑丈第一、開けやすさは二の次、というイメージがあったので意外だ。
「いらっしゃいませ~。あら、見慣れない顔ね~」
のんびりとした声を響かせながら、ふくよかな中年の女性職員が歩み寄ってくる。手には汚れた雑巾が握られているところを見ると、朝の掃除中だったのかな。
女性職員は俺より頭一つ分、小さい。ふくよかな体型と、細められた目に持ち上げられた口の端のせいで、福の神を彷彿させる。彼女は体を揺らすようにしながら、ゆったりと歩み寄ってくる。
「あ、朝早くすみません。冒険者ギルドはこちらで大丈夫ですか?」
「ここで大丈夫よ~。ふふふっ、ずいぶんと育ちの良い冒険者希望者ね~。試験開始は、もう少しあとな――あ、もしかして、違う街から来た冒険者だったかしら?」
「は、はい。バルトブルグからやって来ました」
「あらまあ~、ずいぶんと遠くから来たのね~。"転移の泉"は利用したのかしら?」
「はい、使いました。初めてでしたけど……」
女性職員の表情は変わらないが、何か探るような気配を感じ、思わず気圧されてします。
「ふふふっ、坊やはずいぶんと勘が良さそうね~。後ろのお嬢さんは、だんまりだけど、大丈夫かしら?」
「……大丈夫です、問題ありません」
先ほどまでの弛みきった気配はなく、初めて会った時のような凛とした空気を漂わせるテトラの姿があった。
どこかにやる気をスイッチでもあるのかと疑うほど、見事な切り替えだな。
女性職員は、一瞬だけ目を見開くがすぐに元のアルカイックスマイルに戻る。
「ふふふっ、ずいぶんと素敵なお嬢さんだわ~。まだ人も少いし、奥でご用件をうかがうわ~」
そう言って踵を返す女性職員。俺とテトラは一度視線をあわせてうなずくと、素直にあとに続くことにした。




