024.知人?③
深夜と言っても差し支えのない時間帯。
俺とテトラはパンパンになった腹をさすりながら至福の余韻に浸っていた。
ドルガゥンさん、厳つい頑固な鍛冶職人って見た目なのに、食事はもちろんスイーツ――生クリームをのせたパンケーキみたいなやつ――まで、ぱぱっと作ってしまった。
もしかして、本当か料理人になりたかったけど、種族的に鍛冶職人以外になることを認められなかった、みたいな過去があるのかな。
「ふぁー……ドルガゥン、妾は寝るのじゃ。あとは任せたのじゃ」
「貴様というやつは、いっつもいつも……」
火酒の入った壺を片手に、ふらふらとログハウスの奥へ消えていくシノさん。
ドルガゥンさんは不満を口にしながらもシノさんを引き留めたりはしない。しても無駄だと理解しているのだろう。
「え、あの、お師様……」
「なんも教えておらんのか。まったく齢を重ねておるというのに。奥に彼奴の簡易工房があるわい。ここ数十年は放置しておったから、工房がどうなっておるかは儂の知ったことではないが」
「数十年って、ドルガゥンさんはシノさんと付き合いが長いんですね」
「腐れ縁というやつだ。儂は性根の良いやつの方を希望しておるんだが、そういう輩に限って長生きしねぇからな」
どこか寂しそうに肩をすくめてみせるドルガゥンさん。
こんなとき、何を話せば正解なのか。
俺が悩んでいると、恐る恐ると言った感じでテトラが口を開く。うん、その態度はもう少し前、しこたま食いまくる前にするべきだったと俺は思うよ。
「ドルガゥンさんって、神より刃金を識る者とか、竜殺しの剣を造り出す者とか、鉄でオリハルコンを超える者とか、色々と吟遊詩人に謳われる生ける伝説の鍛冶職人ですか?」
「ここ百年くらい、耳にしてなかった呼び名をよく知っとるの」
「やっぱり! ドラゴンスレイヤーを手に悪龍を倒す話とか、ドルガゥンの鍛えし剣を手にしたことで英雄になる話とか、大好きです! いつかドラゴンスレイヤーを使ってみたいと思っていました!」
キラキラと目を輝かせるテトラ。無邪気な笑顔の圧力に、ドルガゥンさんはたじろぐ。しかし、テトラの態度に満更でもないようだ。
「嬢は彼奴の弟子と思うとったが、剣士の類いか。なら納得だ。身のこなしや気配から只者じゃないと思うたからの。坊主はズブの素人なところが、逆に錬金術師らしいと思うたわ。嬢は錬金術師というには違和感があった」
「い、いえ、私もお師様の弟子で、錬金術師です。剣の方は……嗜み程度で……」
言い淀むテトラ。一瞬、訝しげたドルガゥンさんだが、それ以上は追求しなかった。
テトラの剣さばきとか体さばきとか嗜みレベルを遥かに越えてるよな。他の人が戦ってるところは、ほとんど見たことないけど、免許皆伝とかベテラン並だと俺は勝手に思ってる。
「まあいい。嬢の剣の腕前がどうあれ、儂が聞きたいことではないからな。何故、彼奴が弟子の嬢と坊主を連れて、この地に来たんだ?」
「お師様から与えられた課題をクリアするためです。必要な素材が採取できるのが、ヴァン山脈に住まう魔狼フローズヴィトニルの毛なんです」
「ぶはっ! ごほっ! な、なんだと!」
テトラの言葉に噎せるドルガゥンさん。
それだけで目的の魔物がヤバいものだとわかる。
「……やっぱり、一筋縄じゃいかない魔物ですよね?」
「坊主、一筋縄とは彼奴に何を教えてもらっておるんだ……。魔狼は、人語を操るドラゴンと比べれば数ランク下がる魔物だが、それでも伝説級の魔物よ。討伐依頼が発生した場合、冒険者ギルドがA級の冒険者を百人以上かき集めて、S級を数人は必ず確保するぐらい大事になる。当然、依頼の難易度はS級だ」
「――ッ! そんなの無理だ。テトラ、さすがに俺たち二人で立ち向かえる相手じゃないよ」
「で、でも、お師様が今の時期ならなんとかなるって言ってたから……」
「"今の時期"とな」
「は、はい。だから、急遽ヴァン山脈に向かうことになったのです」
テトラの回答に、ドルガゥンさんは少し考え込む。時間にして数分、彼はハッとした表情を作る。
「魔狼は数十年に一度、毛が生え変わると聞いた記憶がある。前回がいつだったか記憶しておらんが、彼奴が急に現れたことを考慮すると確率は高かろう」
「……つまり魔狼と直接やりあわずに、抜け毛を回収するわけですか」
「さよう。それなら戦わずに素材を回収できるだろう。ただし、急いで処理しないと劣化して使い物にならなくなってしまうがな」
「……リンタロー」
どちらにせよ、難易度は高めか。手早い処理に自信がないのか、テトラは情けない声をもらす。
蒐集師に任せろ、と言いたいところだけど、ドルガゥンさんにバレていいのか分からないので保留しておく。
「抜け毛だろうが直接刈り取った毛だろうが、処理は必須だと思うよ。処理の仕方はシノさんにあとで教わろう。たぶん俺が処理して、テトラに安全確保してもらうことになると思うよ」
「なるほど! そうね、そうなるわ」
嬉しそうに顔を綻ばせるテトラ。シノさんがいれば「錬金術師が素材の処理を嫌がってどうするのじゃ」と確実に突っ込まれていたに違いない。
ドルガゥンさんも似たようなことを思っているのか、テトラの様子に苦笑していた。
「どれ、儂が知っている魔狼の住みかと餌場についてレクチャーしてやるとするか。彼奴もそれが狙いだろうからな」
そう言ってテーブルに、この辺りの地図を広げるドルガゥンさん。
俺とテトラは夜が明けるまで、ヴァン山脈について教えてもらうのであった。




