024.知人?②
「酒じゃ! 酒が足りんのじゃ!」
「うっさいわい! 貴様は美味い酒の飲み方を覚えろ!」
ログハウスどころか、周辺数百メートルに響き渡りそうな声。
柄杓みたいな木製の匙を手にカラカラと笑うシノさんと、白い無地のエプロンと三角巾を頭に巻き眉間のシワを深くしたドルガゥンさん。
ドルガゥンさんに招かれてログハウスに入ってから、まだ半刻しかすぎてないはずなのに、出来上がっているシノさん。
何故、こうなったのか俺には理解できない。
「……お師様、お酒強いはずなのに」
「嬢、ドワーフ仕込みの火酒をなめるなよ。あまねく呑んだくれを酔い潰す霊酒よ」
ドワーフと言えば鍛冶とか酒って記憶しているけど、この世界でも通用しそうだ。
火酒って、蒸留酒のことだよな。とすると度数は四十度オーバーかな。舐めただけで酔っぱらえそうだな。
俺の視線に気づいたドルガゥンさんは、フッとニヒルな笑みを浮かべる。
いや、火酒が凄い! って感心した訳じゃないんだけど。いや、シノさんを速攻で酔わせたのは凄いことか。
鼻歌を歌いだしそうな雰囲気を感じさせながらドルガゥンさんは、ナイフでトマトぽい赤い果実とチーズとおぼしき食材を手早くスライスする。それを交互に重ねるようにして皿に盛り付けると、みじん切りにしたハーブを混ぜた油を垂らす。最後にドルガゥンさんの手には小さいミルをガリガリ回す。岩塩か胡椒かわからなかったけど仕上げの一味と言ったところだろうか。
ドルガゥンさんは、一息つくと皿をシノさんの前に置く。
「おら、ツマミ追加だ! 美味い酒ってものは香りと味だけじゃなく、ツマミも楽しむもんなんだよ!」
「ふん、それは下戸の戯れ言じゃ。美味い酒はそれだけで美味いものじゃ。それこそ花や月を愛でるだけで、酒は更に美味くなるのじゃ」
シノさんは小脇に抱えた壺から琥珀色の液体を匙で掬うと、無造作に口にしてつける。そのままコクコクと喉を鳴らすと、ぷはー、と息を吐く。
一瞬、動きを止めたが、シノさんは細い指で皿の上から赤と白を一緒に摘み上げる。眼前まで持ち上げたツマミを睨めつけていたが、パクリと口に放り込む。
「――ッ! な、なん、じゃと……」
思わず声を漏らすシノさん。
目を見開いたまま、ポイポイとツマミを口に放り込む。
そんなシノさんの姿にドルガゥンさんの頬がわずかに弛む。が、すぐに手で押さえて元に戻す。
「どうした? ずいぶんと手と口が忙しないな」
「き、気のせいじゃ。妾はわざわざ出された物に手をつけぬ不躾な輩と同じにするでないわ」
「口に物を詰め込んだまま、よく舌が回るもんだ」
ツマミを口に放り込んで、匙で火酒を飲むを繰り返すシノさん。そこはかとなく悔しそうな雰囲気が漂っているが、その動きに淀みはない。
シノさんとドルガゥンさんのやり取りに、呆気にとられる俺とテトラ。顔を見合わせていると乳白色のスープが並々と注がれた深皿と穀物の香りが広がる少し集めに四角に切られたパン。
全粒粉パンのようで、少し固そうだけど、トレンチャー代わりではなさそうだ。
様子を伺っている俺を他所に、テトラはパンを手に取り一口大に千切る。
深皿のスープにチョンチョンとパンをつけてから口に運ぶ。
「おいしいです! "ワイルドベアーの巣穴"の料理の味に匹敵するかも! リンタローも早く食べなさいよ!」
「う、うん……」
テトラの勢いに気圧されながら、彼女を真似てパンを千切ってスープに浸して食べる。若干、パンを千切るのに梃子摺ったのは、俺が非力なせいではない。
野菜の甘味と穀物のうま味が口の中に広がる。固かったパンもスープでしっとりになって食べやすい。
「おいしい……なんていうか、ホッとする味だ」
「いくらでも食べれそうだよ。おかわり、してもいいですか?」
「構わんぞ。たまたま多めに作ってたあまりだからな。腐らすより、誰かの腹に収まった方がよい。坊主もいるか?」
「お願いします」
急いでスープを掻き込んで、空になった深皿をドルガゥンさんに手渡す。彼はテーブルの端に置いた鍋から、スープを注いでくれる。
「ほれ、まだ熱いから気を付けろよ。嬢は健啖そうだから、鍋から食え」
「いいんですか!?」
「ちょ、テトラ……」
ドルガゥンさんが、鍋敷きをテトラの前にドン! と鍋を置く。まだ半分ほどスープは入っており、深皿で十杯はゆうにある。
嬉しそうに頬を弛ませるテトラ。ドルガゥンさんの厳つい顔はそのままだが、どこか嬉しそうだ。
パンもスープの量に見合う量が置かれる。テトラの表情は幸せの絶好調と言う感じだった。
ドルガゥンさんは、綺麗なピンク色をした肉塊をナイフで薄切りしていく。生ハム、なのかな。
皿に次々と生ハムが落ちていくが、横からシノさんがせっせと口に運んでいく。
しばらく、物を食べる音だけが、フロアに響くことになった。




