024.知人?①
俺とテトラは"転移の泉"があった遺跡から、徒歩で十分ほど離れた場所にあった。
草原と岩山の境目、そんな表現がしっくりくる場所だ。
先を歩いていたシノさんは、石材――近くの岩山から切り出したような――が乱雑に積まれた場所に向かう。
遠目では不安定極まりない感じがしたが、積み上げられた石材は、大きさこそバラバラだが綺麗な長方形になっている。地震がきても簡単に崩れそうにはない。
感嘆しながら石材の間を歩いていると、ログハウスが見えてきた。街で見かけるレンガ造りとは違う、流民街で見かける掘っ立て小屋とも違う。石材とは違い、遠目でも丁寧に建てられているのがわかる。
周囲に木が生い茂っているわけでもないのに、木材をどうやって調達したんだろうか、と疑問が湧いたが、どことなく工芸品を思わせるログハウスに見入ってしまう。
「お師様、さすがにココが遺跡に一番近い街、スヴィールではないですよね」
「当たり前じゃ。ここは古い知人の家じゃ。街には入れぬ。かといって外街はイヤじゃと弟子が申す。妾は寛容じゃから、知人の家を訪ねてやっておるわけじゃ」
シノさんの挑発するような視線にテトラは頬を膨らませる。反論しなかったのは、外街で夜を明かすことが嫌だからだろう。
シノさんは、飾り気のないドアノッカーを手にすると、無造作に動かす。
ガンガンガン、と鈍い金属音が周囲に響き渡る。それほど大きな音ではなかったが、他に何もないためか、やけに大きく聞こえた。
「さてさて……ドルガゥン、まだくたばっておらぬとよいが」
腕を組み、ドアの先を見据えるシノさん。
ワンテンポ遅れて、小屋の中からドンドンと不機嫌そうな足音が聞こえてくる。
「うるさいぞ! 時間を考えやがれ! いったいどこのどいつだ!」
「妾に決まっておろう」
「――ッ!」
俺の位置から、シノさんの顔は見えないが、心底楽しそうに笑っているのは確かだろう。
少し位置をずれると、シノさんの陰から小柄な男性の姿が現れる。男性はランタンを手に驚愕した表情で固まっていた。
「……ドワーフだ」
テトラが小さく呟く。
ドワーフっていえば、ファンタジーでお馴染みの種族だよな。手先が器用で鍛冶とか得意で、身長は低いけど筋骨粒々で、髭がトレードマーク。
俺は改めて男性を見る。
身長は小学生くらい。でも、腕は丸太のように太く、服の上からでも分厚い胸板がわかる。そして立派な髭――三国志の武将みたいなやつ――が生えている。
うん、ドワーフと言われれば即納得できる。そんな姿だ。
男性――ドルガゥンさんは頭を大きく振って、フリーズから復活する。顔をひきつらせながら、シノさんを見る。ジリジリと後ずさっているように見えるのは俺の見間違えではないはず。
「なぜ、貴様が、ここにおるのだ。貴様はとうの昔にくたばったはずだろ」
「ハッハッハ、妾が簡単にくたばるわけなかろうよ。ちょいと世俗が煩わしなったので、少し噂を流させただけじゃ」
「なん、じゃと……」
シノさんの言葉に膝から崩れ落ちるドルガゥンさん。
握りしめたハンマーのような拳で地を叩く。
「無茶難題を押し付けてくる貴様がいなくなり、儂の平穏が戻ってくると歓喜したのだぞ。それが、それが……」
「無理難題? バカなことを申すな。妾は才に見合った仕事を要求しただけじゃ」
「うそこくな! オリハルコンもアダマントも使わずに、ドラゴンの鱗を切り裂く小刀を作れだの、上級魔法で壊れぬ鍋を作れだの、無茶しか言うておらぬではないか!」
「おぬしは妾の要求通り仕上げたではないか。だから、妾は無理難題は言うておらぬのじゃ」
ふふん、と鼻を鳴らすシノさん。ドルガゥンさんはギリギリと歯を食い縛りながらシノさんを見上げる。
シノさんが無理難題を押し付けて、挑発しまくる姿が容易に想像できた。きっと職人魂が大炎上して、無理難題をクリアしちゃったんだろうな。
「あ、あの、お師様……。玄関先ですし、時間も時間ですし……」
「おっと、そうじゃったな。ドルガゥン、すまんがスヴィールの門が開くまでもてなすのじゃ」
「お、お師様、その物言いはあまりにも失礼され――」
慌てるテトラを、ゆっくりと立ち上がったドルガゥンさんが手で制する。
同時に深いため息が聞こえてきた。
「貴様の弟子にしては常識のありそうな嬢だな。とりあえず、中に入りな。坊主もさっさとこい」
思い足取りのドルガゥンさんのあとに続いて俺たちはログハウスに入った。