023.レアな素材①
「ん? おつかれ、テトラ」
「あ、リンタロー、お疲れ様……」
何やら考え込んでいる顔でテトラが工房の店舗フロアに現れた。いつもならすぐにメイド服に着替えているのに、学園の制服のまま。
何かあったのかな。
トボトボと元気のない足取りで、俺に歩み寄る。
「どうしたんだ、テトラ?」
「……リンタロー、暇?」
「暇といえば暇だけど、どうしたんだ?」
テトラは一度、口を開きかけるが、ギュッと下唇を噛む。一呼吸置いて、ニコリと笑う。
「ううん、なんでもない。なんでも――」
「あるじゃろ。バレバレのウソをつくでない」
「――ッ! お師様! なんでそんなこと言うんですか!」
音もなく、背後に現れたシノさん。神出鬼没にもほどがある。驚きすぎて俺の心臓が口なら飛び出すかと思った。
テトラは慣れているのか、シノさんがいきなり現れたことには驚いてなさそうだな。彼女は顔を真っ赤にしてシノさんに向き直る。
「テトラは態度に出るからバレバレじゃ。のう、凛太郎?」
「ちょ! いきなり俺に話を振るのはやめてくださいよ!」
「リンタロー、私は態度に出てないよ。そもそも何もないから」
慌てて俺に詰め寄ってくるテトラ。どうどう、と彼女を手で制する。
ごめん、めちゃくちゃ態度に出てたよ。一目見ただけでわかるレベルで。
ニヤニヤと笑うシノさんの視線。俺はため息と共に肩を落とす。
「……で、何があったの、テトラ?」
「むー……」
テトラは不満そうに頬を膨らませ、俺とシノさんを交互に睨む。しばらく不満そうにしていたテトラだったが、諦めたように口を開く。
「リンタロー……ヴァン山脈に、冒険に行かない?」
「ヴァン山脈に冒険? また学園の授業で?」
「違う……」
フルフルと首を左右に振るテトラ。少しふてくされたような顔で言葉を続ける。
「山脈に住まう、伝説の魔獣に会いに……」
「伝説の魔獣って?」
「目と鼻から炎を噴き出し、大きな口は一噛みで巨木を倒すと言われているわ」
おいおい、どんな化け物なんだよ。
反射的に無理! って言いたくなるところをぐっと堪える。
「な、なんで伝説の魔獣に会う必要があるんだ? 知り合いとかじゃないだろ」
「伝説の魔獣といっても畜生に知り合いはいないわよ。素材として必要なの」
「伝説の魔獣を畜生扱いとは、さすがテトラじゃ。伝説の魔獣というのは人語を操り、高い知能を兼ね備えておるのじゃぞ」
「……それでも畜生は畜生です」
シノさんのツッコミに不満そうに返すテトラ。
畜生ってテトラは言っているが、人語を操る時点で相当レベルの高い魔物じゃないのか。俺みたいな魔術もろくに使えない低レベルの冒険者が会いに行くような存在じゃないと思うんだけど。
「何のために、そんな凶悪そうな化け物に会う必要があるんだ?」
「素材が必要なの。お師様が私に課題だしたでしょう。お師様のローブを再現するために、魔獣の毛が必要なの」
「おー、伝説の魔獣と仰々しく言っておったから、わからなんだ。伝説の魔獣というのはフローズヴィトニルのことか」
ぽん、と柏手を打つシノさん。
シノさんが知らない化け物かと思ったけど、そうではなかったか。なんか俺の中で伝説の魔獣が随分とチンケな存在になる。
「お師様、伝説の魔獣はその名を口にすることも憚られる、と言うのが常識です。ぽんぽこ口にするのは、お師様ぐらいです」
「テトラとて、フローズヴィトニルを畜生と言うておったじゃろ。名を口にする以上のことだと思うのじゃがな」
やれやれ、という感じで、肩を窄めながら苦笑するシノさん。
俺も同感だが、ツッコミは抑えて、話を進めることにする。
「テトラは素材のために、伝説の魔獣――フローズヴィトニルを討伐するってこと?」
「それは無理。王国騎士団が一個連隊で挑んでも全滅したって記録もあるから」
「ぜ、全滅って。そんな化け物に俺とテトラで挑戦するには難易度が高すぎるんじゃない?」
「うん、私とリンタローでは難易度が高すぎるというより、攻略不可能かな。ただ、過去の文献とか錬金術師のギルドマスターから、伝説の魔獣の換毛期がわかったの」
「あー、なるほどの。フローズヴィトニルの換毛期は数十年周期じゃったな」
テトラの言葉に、シノさんは頷いて納得する。
つまり伝説の魔物が換毛期だから、抜け毛を回収しに行こうってわけか。それならギリギリ俺とテトラだけでも何とかなりそうだな。
「テトラや、凛太郎以外にヒトは呼んでおらぬのか?」
「……はい」
「まだ信用できる者を見つけておらぬのか。はぁー、仕方ないの。今回は妾も同行してやるとするかの」
「――ッ! お師様!」
シノさんの一言にテトラが目を輝かせる。俺は予想外のことに素直に驚く。
死なない程度に頑張ってこい、って言って終わりかと思ったのに。
テトラに抱きつかれて、もみくちゃにされているシノさん。なされるがままという感じだが、嫌そうではない。仲が良いよな。
次の冒険は、どーなるんだろうな。




