022.新たなる力②
「では、ちゃちゃっと調合を教えてしまうのじゃ。まずは消臭玉からじゃ」
「悪臭玉からじゃないんですか?」
「調合に失敗すれば、地獄になるからの。悪臭玉を調合する際の定石じゃ。凛太郎も悪臭玉の効果を再体験したくはなかろう」
ニヤリと笑うシノさん。先程の恐怖体験――鼻がひん曲がるほどの異臭――に、本能が恐怖を訴える。ゾワゾワと悪寒が俺の背中を大群で通りすぎていく。
「はい! もうあの体験は! ご遠慮ねがいたいです!」
「うむ、凛太郎は理解が早くて助かるわい。では、消臭玉の調合を始めるぞい。まずは貝がらを焼いたものを薬研で細かく砕く。貝の種類は扇貝が一番良い」
「扇貝というのは、これじゃ。扇のような形をしておるじゃろ」
シノさんが貝がらを手渡してくる。ホタテ貝の様な形をしていた。味とかも同じなのかな。
「注意点として、貝がらに身がついていないものを使うことじゃな。身が混じると効果が落ちてしまうからの。今回は妾が処理して保管室に投げ込んでいたものを使うとする。次回は貝がらを焼くところから凛太郎がやるのじゃぞ」
「了解です」
俺は頷いてから、作業台に置かれている扇貝の貝がらを数枚、薬研に入れる。薬研車で上から押さえると簡単に砕ける。
これなら簡単に粉々に出来そうだな。
ゴリゴリと薬研車を動かすと、貝がらはすぐに粉末に変わる。
シノさんが用意してくれた白い皿に粉末になった貝がらを移す。
「うむ、次は吸臭石を同じように薬研で粉末にする。貝がらの粉末と吸臭石の粉末を同量をよく混ぜるのじゃ」
吸臭石――硬貨サイズの緑色の軽石――をいくつか薬研に入れる。薬研車で押すとザクッザクッと軽い感触が伝わってくる。
すぐに粉末状になったので、薬研から白い皿に移す。
扇貝がらの粉末と吸臭石の粉末を上ざら天秤で同量になるように計って、乳鉢にいれる。適量はわからないので分銅は適当にチョイス。
乳棒でゴリゴリかき混ぜると黄緑色の粉末が完成する。
「ここからは早さが大事じゃ。デフォーラ草を適当に千切る。それを乳鉢ですり潰しながら、スライムの粘液と混ぜる。デフォーラ草の成分は揮発しやすいので注意だの」
別の乳鉢にデフォーラ草――黄色いツリガネ草みたいな植物――を千切って入れようとしたところで、俺は手を止める。
「デフォーラ草って、全部使っていいんですか?」
「花の部分ならば使って構わぬが、品質を気にするのであれば、花の中心部――子房だけを使うことじゃな」
「子房……雌しべの根本のとこですよね?」
理科の授業で習った過去の記憶を引っ張り出して、シノさんに確認をとる。彼女が頷いたので間違いないようだ。
花の部分を全部使うか、子房だけ使うか。子房だけだと下処理が増えて必要な素材の量も増える。そのかわり品質が良くなる。
手に取ったデフォーラ草を俺は睨み付ける。
「ハァー、仕方ないよな……」
俺は肩を窄める。
凝り性ってわけじゃないんだけど、品質は出来るだけ良い物を作りたいよな。
俺はデフォーラ草の花から雌しべを引き抜き、ナイフで先端を切り落として子房だけにする。チマチマと作業を繰り返す。
「ほほぅ、さすがは凛太郎だの。品質を重要視するのは良きかな良きかな」
俺の作業を眺めながら嬉しそうなシノさん。品質を重視して良かった。
一握りに少し足りないくらいのデフォーラ草の子房を乳鉢に入れて、乳棒ですり潰す。乳液が細胞と混じりあってうす緑になっていく。同時に乳棒を混ぜる感触が納豆みたいになっていく。
「ほれ、早くてスライムの粘液をくわえないと固まってしまうぞ」
「ちょ、早くて教えてくださいよ」
「一度、経験しないと覚えぬじゃろ」
正論すぎてグゥの音もでない。
俺は慌てすぎないように自分に言い聞かせながら、どろりとスライムの粘液を乳鉢に垂らす。乳棒に伝わる感触がネチャネチャからヌルヌルに変わって動かしやすくなる。
「よし、先に作った粉末を少しずつ混ぜるのじゃ。耳たぶより固いくらいの固さになれば完成したも同然じゃ」
用意されていた匙で黄緑色の粉末――扇貝がらの粉末と吸臭石の粉末を同量ブレンドしたもの――を掬って、乳鉢に入れて混ぜるを繰り返す。粉末を三分の二くらいくわえたくらいで、乳棒で混ぜるのが難しい固さになった。
「シノさん、これって手で捏ねたりしたらマズイですか?」
「乳鉢から取り出して、手で捏ねても構わんぞ。粉をくわえるときは、消臭玉のタネを伸ばして、粉をくるむ様にして少しずつくわえていくとよいぞ」
シノさんのアドバイスに従って、乳鉢の中身、消臭玉のタネを作業台に取り出す。手のひらで軽く押し潰して平たくし、黄緑色の粉を中央に振りかける。そこを包み込むようにして消臭玉のタネを折り畳み、体重をかけて捏ねる。
黄緑色の粉がなくなるくらいに、ちょうど良さそうな固さに消臭玉のタネが仕上がる。
ふぅ、と息を吐き、額に滲んだ汗を服の袖で拭う。一仕事が終わった感があるな。
「どれどれ……うむうむ。良き仕上がりじゃ。あとは炸裂玉と同じように適度な大きさに丸めて完成じゃ。炸裂玉と違って、一晩ほど寝かせればほどよい固さになるゆえ、油紙で周囲を補強せずとも問題なしじゃ」
「わかりました。では、炸裂玉と同じくらいの大きさに丸めてしまいますね」
「それが終われば一息入れるとしようかの。妾は茶の準備のため、この場を少し離れるが、慌てず丁寧に作業をするのじゃぞ」
「わかりました。丁寧にですね」
シノさんの一言がなければ、パパッと丸めて終わらせるところだった。
最後まで手を抜かないのが大事だよな。




