021.閑話? リビングにて
「そういえば、シノさんは扶桑の出身ですよね。扶桑の内情とかにも詳しいんですか?」
テトラが帰った後、食後のお茶を楽しんでいるシノさんに俺は声をかける。
「いきなりじゃな。妾が扶桑で生活しておったのはだいぶ前の話じゃから、いろいろ変わってはおると思うのじゃ。まあ、扶桑の民がそう簡単に生き方を変えるような連中ではないので、大きな変化はないと思うが、今の扶桑と妾の記憶では差異があるはずじゃ」
「だいぶ前ですか……どれくらい前なんですか?」
「これこれ、女に齢に関わることを聞くものではないぞ」
シノさんはそういって妖艶な笑みを浮かべる。細められた黄金の瞳に射貫かれ、ゾクゾクとした何かが背中を駆け抜ける。
新しい性癖に目覚める前に、俺は頭を振って正気を保つ。
シノさんに誤魔化されたが、正直に言ってシノさんは年齢不詳過ぎる。確実に俺より年上ということはわかるんだけど、何歳上かはさっぱりわからない。
大学生くらいに思えることもあるし、三十歳くらいに思えることもある。全く安定しない。
「それで、扶桑について何を知りたいと申すのじゃ?」
「あ、特に何かを知れたいってわけじゃないんです。この前、テトラと一緒に扶桑料理屋で、夕飯食べたって話したじゃないですか」
「言うておったな。刺身について興奮しながら語るテトラは見物じゃった。妾も久々に刺身を口にしたくなったぞ」
テトラの様子を思い出しているのか、シノさんはコロコロと笑う。年上のはずなのに可愛いと思う。
「そのお店の料理人、榊春陽って人とたまたま会ったんですよ。なんというか不思議な感じがする人だったんで、扶桑の人ってあんな感じなのかなーと思ったので」
「榊……と申したのか?」
「は、はい。知り合いですか?」
「いや、妾の知り合いである可能性はないのじゃ。昔、関わりのあった者に榊という者がいたのでな。昔を少し思い出しただけじゃ」
どこか遠くを見つめるシノさん。哀愁漂う姿に俺は会話を続けることを躊躇してしまう。
「……おっとすまぬ。話の途中じゃったな。それで不思議な感じというのは何じゃ?」
「えっと、テトラとアリシアさんは常に気を貼って隙がないってました。春陽さんは柔らかい雰囲気だったんですが、ちょいちょい鋭い刃物みたいな気配があったので、気になって……」
「ふむ、妾の記憶の範囲で言うならば、扶桑の民が扶桑の外に出る際、審査を受ける必要がある」
「春陽さんが、扶桑の国は入出国を管理してるみたいに言ってました」
「今でも変わっておらぬようじゃな。一番、審査を通りやすいのが武者修行じゃな」
「む、武者修行ですか……」
シノさんの言葉に俺は呆気にとられてしまう。入出国を管理しているのに、武者修行なら審査に通りやすいって、扶桑の国は脳筋なのかな。
「凛太郎、バカにしてるようじゃな」
「し、してませんよ。ただ予想外だっただけです」
「武者修行なら審査が通りやすい意味があるんじゃぞ。武芸を鍛える目的で扶桑の外に出た者は色々な場所を渡り歩く。中には他国に召し抱えられる者も出てくる。そのような者たちから定期的に送られてくる情報は、扶桑にとって重要な情報源になるわけじゃ」
「……なるほど。でも、武芸者って一本気があるから雇い主の情報を勝手に流すようなことはしないのでは?」
「そのときはそのときじゃ。単にその地域で収穫できる農作物や鉱物などが、わかるだけでも違うからの」
全くわからない状態よりも少しでも情報がある方がマシということなのかな。
扶桑で不足している物資が豊富にある国があれば貿易するてもあるし。
「凛太郎が会った榊という者も武芸に覚えがあるのだろう。扶桑の武芸者は刃の様な気配を纏いやすいからの。普段は抑えておっても周囲に腕の立つ者がおれば、思わす顔だしてしまうのじゃろう」
「街中は冒険者も多いから、無意識に反応してしまったってことですか」
「たぶんじゃがな。それで凛太郎の疑問は晴れたかの?」
「そーですね、何となくですけど。あ、シノさんも春陽さんな扶桑料理屋に行きますか?」
俺の言葉にシノさんは眉を寄せ、しばし沈黙する。何か気になることがあるのかな。
「妾が足を運ぶわけにはいかぬじゃろうな。凛太郎、今度行くことがあれば持ち帰りを頼むのじゃ」
「わ、わかりました」
理由を聞けるような雰囲気がなく、俺はただ返事をする。
しばしお茶をすする音だけがリビングに響いた。




