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020.街の採取場へ行こう②

「おや、アキツシマの下女じゃないか。お遣いかい?」


 店にはいる早々、奥に座っていた置物のような老婆が声をかけてきた。

 モブキャップをかぶり、苔色のカーディガンを羽織って座る老婆は、駄菓子屋のお婆ちゃんという雰囲気があった。


「違います。私が必要な素材を探しに来ました。私、錬金術師なので」

「ほほぅ、お前さん、錬金術師になれたのか。こいつは驚きだねぇ」

「……驚かれる意味がわかりません」


 いつもの澄まし顔で、淡々と喋るテトラ。最近は見かける機会が減っている気がするけど、外ではお澄ましモードは健在か。

 俺は漢方のような匂いで満たされた店内をキョロキョロと見て回る。

 棚に並べられていたり、瓶に入れられたり、天井から吊るされたり、と狭い店内にギュウギュウに素材が詰め込まれている。

 薬草やキノコ以外にも、亀の甲羅や角のある頭蓋骨など魔女の大釜に入ってそうな素材も並んでいる。


「この手のお店には縁がないけど、なかなか興味深いね。ソーマ君、このヘビが漬け込まれたお酒は夜のメニューによくないかい。精力増強って人気出そうじゃないか」

「……アリシアさんがメニュー追加を口にした瞬間、ガルムのおっちゃんが泣き出しそうだからやめて」

「ハハハッ、そうかもね。よし、その役目はソーマ君に譲るとするよ」

「ちょ、いらな――」

「静かにしてください」


 冷たいテトラの声が店内に響く。感情の読み取れない視線を俺とアリシアさんに向ける。

 俺はビクッと肩を竦め、アリシアさんはペロッと舌を出す。


「フォフォフォ、ずいぶんと賑やかな連中だこと。嬉しいね、ここんとこ辛気臭い客ばかりでね。どれ、お茶でもだしてやろうかの」

「やった。お婆ちゃん、ありがとー」


 尻尾を振って駆け寄る子犬のようなアリシアさん。老婆はその姿に笑いながらお茶の準備を始める。

 店番していた婆ちゃん、ちょっと怖い雰囲気あったんだけど、一瞬で打ち解けたアリシアさんスゲぇ……。


「……アンデリコ、サザの実はありますか? あと乾燥した炸裂茸があれば、見せてください」

「おやまあ、アンタはせっかちだねぇ。お茶の準備してるから待ちな」


 テトラの言葉に苦笑する婆ちゃん。言葉使いはぶっきらぼうだが、孫を見るような穏やかさが感じられる。

 たぶんアリシアさん効果だろう。

 早く錬成を試したいテトラはどことなく不満げだった。


*****


「それで、どらくらい買いたいんだい? 金はいくらあるんだい?」

「銀貨十枚ほどで、それぞれキロ単位で欲しいですが――」


 婆ちゃんの入れてくれたハーブティ――烏龍茶っぽい味はしたが、色が水色――で一息いれたあと、俺とアリシアさんはテトラを見守っていた。

 アンデリコ――小さな白菜に大根みたいな太い根がついた真緑の薬草――とサザの実――小指の先くらいの赤い木の実――が、テトラの前に並べられている。

 両方とも乾燥した状態で、キロ単位銀貨五枚。全て中級ポーションにして売りさばけば五倍以上の額になるので、特別高い金額……ではないと思う。

 俺が凝視しても澱みのような気配がなく、素材として品質も良さそうだった。


「キロで銀貨五枚は高すぎではないでしょうか? 前に購入したときは銀貨三枚ほどだったと記憶していますが」

「時期というものがあるさね。それにお前さんの錬金術師としての信用もあるからね。アキツシマと同じように売るわけないさね」

「ぐぬぬぬっ……」


 婆ちゃんの言葉にテトラは悔しそうに下唇を噛む。

 正面から錬金術師として信用してないから割増料金と言われれば誰だって悔しいか。

 フォローをいれるべきか悩んでいると、アリシアさんが口を開く。


「お婆ちゃん、テトラっちが錬金術師として信用されるためには何が必要なの?」

「簡単な話さね。錬成したアイテムの品質と年季だけさね。最近は減ったけれど、錬金術師を名乗って安く買って転売する輩は多いからねぇ」

「品質と年季かー。テトラっちだから品質は大丈夫だろうけど年季は無理だね。地道にな頑張って認めてもらうしかないね」

「……望むところです」


 うまい具合にアリシアさんが話を進めてくれた。やっばり同行してもらって正解だったな。


「あ、乾燥した炸裂茸って取り扱いありますか?」

「お前さんも錬金術師なのかい?」

「違います。俺は蒐集師です」

「ほほぅ、久々に聞いたの。まだ蒐集師を名乗る酔狂な者がおるとは驚きだねぇ」

「……そんなに珍しいんですか?」

「ここ数十年、耳にしたことはなかったくらいさね」

「ソーマ君、いつの間にそんなレア職になっていたんだい。おねーさん驚きだよ」


 婆ちゃんはそれほど驚いたようには見えず、アリシアさんはわざとらしい。そしてテトラはなんか誇らしげ。傍目から見ているとカオスが感じられる。

 それから俺は炸裂茸で炸裂玉を作ることを婆ちゃんに説明し、安く売ってもらうことに成功した。

 当然、テトラの機嫌は悪くなった。

 俺は店を出たらテトラの機嫌を直す何かを探すことを誓うのだった。


*****


「おや、キミたちは、コノ前うちに食べにキタ子じゃナイカ」


 市場の喧騒に紛れ、片言の大陸公用語――たしかエリトアル語――で声をかけられる。


「あ、扶桑料理屋の人。こんにちわ」

「……こんにちわ」


 俺に続いてテトラも立ち止まって丁寧にお辞儀をする。

 男性は困ったような顔をして、ガジガジと頭をかく。

 肩の辺りを突っつかれるとアリシアさんが耳打ちしてきた。


「ソーマ君、誰なの?」

「前に一度、テトラと一緒に食事に行った扶桑料理のお店の人だよ」

「一回だけで顔をして覚えられるなんてすごいね」

「俺は容姿、テトラは食べたときのリアクションで印象に残っているんだと思うよ。テトラは物凄く感動してたし」


 ふーん、と相づちを打つとアリシアさんは男性の前に歩みでる。


「初めまして。わたしはアリシア=ヴォレットだよ。ワイルドベアーの巣穴っていう食事処兼酒場の看板娘をやってるよ。お兄さんとは商売敵になるのかな?」

「おや、コレはコレは、ご丁寧な挨拶に痛み入るデス。拙者は榊春陽。大陸風にいえば、シュンヨー=サカキかな。扶桑料理屋『烏兎(うと)』を営んでイルヨ」


 柔和な笑みを浮かべたまま、穏やかな口調で扶桑料理屋の料理人――春陽さんは自己紹介をする。

 元の世界ならアイドル事務所に所属していても違和感ないくらいの顔面偏差値だと思う。

 ちくしょう。


「……私はテトラ=リリーシェルと申します。駆け出しの錬金術師です。以後お見知りおきを」

「お、俺は相馬凛太郎です。蒐集師をやってます」


 自己紹介を始めたテトラ。俺は慌てて便乗して自己紹介を済ませる。

 出生とかスルーしてくれるとありがたいんだけどな。


「フム、相馬殿は扶桑の民ナノカ?」


 やっぱり聞かれたか、と思った瞬間にゾクリとした悪寒が背筋を駆け抜ける。

 春陽さんの表情は穏やかなのに得体のしれない何かを感じてしまう。


「あ、すまない。警戒させてしまったカ? 國抜け疑っているわけてはなナイヨ」

「國抜けとは? 俺は小さい頃に扶桑を出て大陸に渡って、あちこち流れてたみたいなのでよくわからないんです……」

「そうなのカ。だから喋るのガ上手いのだネ。國抜けというノハ、税逃れナドで扶桑から出た者たちヲ言うヨ。相馬殿は扶桑の民に見えたケド扶桑の民の雰囲気ガ薄いのは大陸暮らしガ長いためか……」


 ふむふむ、と納得したような春陽さん。さっき感じた薄ら寒い感覚はなくなっていた。

 俺の気のせいだったのかな。


「んー、サカキさんは、お役人さん? むかーし、おとーさんが扶桑から國抜けした冒険者とパーティ組んで苦労したって言ってたことがあるんだよね。気を張ってないときを狙って奇襲してきて厄介だとかなんとか」

「はははっ、お役人ではないヨ。我々は許可を得て扶桑の外に出ているヨ。定期的に住んでる場所や周囲の状況を報告する義務があるケドネ」

「俺は扶桑に知識が皆無に等しいんですけど、扶桑って鎖国しているんですか?」

「難しい質問だネ。扶桑としては鎖国してるつもりはないヨ。ただし、あちこちからよからぬものが入り込まないように、入国出来る場所を制限しているネ。密入国は例え扶桑の民でも厳しく罰せられるヨ。逆に密出国は機密や位の高い者以外はお目こぼしされるカナ」

「……良かったですね、リンタロー。扶桑から追われるような価値がなくて」

「どうせ俺は塵芥な庶民だよ。心配してくれるのは嬉しいけど、もう少し表現を変えてくれよ」

「……無理」


 ため息をつきながら肩を落とした俺を、テトラはポンポンと俺の頭を撫でる。春陽さんを警戒しているのか、彼女の表情は慣れた者しかわからない笑顔になっていた。

 やっぱり内弁慶なんだな、テトラは。


「おっと、買い出しの途中なのをわすれるところだったネ。店を構えさせてもらったカラ、この街には長居スルつもりだから、また食べにきてクレ」


 そう言うと春陽さんは踵を返す。そのまま颯爽と歩み去っていく。すぐに人混みに彼の姿は見えなくなる。

 ふとテトラとアリシアさんを見るの眉間にシワを寄せていた。


「……どうしたの、二人とも。顔が怖いよ」

「サカキ、さんをどー思う?」

「サカキのおにーさんは、只者じゃなさそうだね」

「へ? どういうこと?」


 俺は真剣な顔している二人に呆気にとられてしまう。特にアリシアさんって真面目な顔できたのかよ。


「立っているとき、常に周囲の気配に気を付けていた」

「そうだねー。それに歩くときも重心のブレがなかったよね。うちを利用してくれる上位ランクの冒険者があんな感じかなー。おとーさんは気にしてないけどねー」

「ただ話してただけなのに、そんなところまで気にしてたの」


「当然」

「当然だよ」


 見事に二人の声がハモる。何故か二人とも得意気な顔している。

 魔物が跋扈している世界だから、いざというときのために相手の技量を見抜くのが当たり前なのか。嘘でしょ。


「えーっと、春陽さんには近づかない方がいいの?」

「……さあ? 扶桑から出てきた理由がわからないし」

「なんとも言えないよねー。まだサカキのおにーさんの思惑とかわからないから。お店にご飯を食べに行くくらいなら問題ないんじゃないかな」


 警戒しているのか、警戒してないのかよくわからない二人の回答。

 扶桑は鎖国してないと春陽さんは言ってたけど、入出国を管理してそうだったよな。扶桑って国は縁もゆかりも無いけれど、俺の設定は扶桑人だから下手に関わるとマズイかもしれないな。

 なんの目的で扶桑から出てきたのか、春陽さんに探りをいれた方がいいのだろうか。


「リンタロー、置いていくよ」

「ちょ、ちょっと待ってよ」


 少し考え込んでいただけなのに、テトラもアリシアさんも待ってくれる優しさはなかったようだ。

 何か甘い物を食べようって言ったのは俺なのにさ。待ってくれてもいいじゃん。

 俺は人混みに消えそうな二人のもとへ慌てて駆け寄った。


 アリシアさんチョイスの甘味処は甘いクリームを挟んだクレープみたいなお菓子だった。俺は一つで胸焼けしてギブアップしたけれど、テトラもアリシアさんとニ、三個食べていた。

 甘い物は別腹って本当だったんだな……。


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