019.反省会?
「――! ――!」
うっさいなぁ。学校は休みのはずだろ。ゆっくり寝かせてくれよ。
どこか遠くから聞こえてくるような声に俺は顔をしかめる。
同時にゆさゆさと体が揺さぶられる。
せっかくいい気分で寝ているのに、どんどん苛立ちが溜まっていく。
「もう少し寝かせてくれ」
「リンタロー! 起きて!」
そこで俺の脳が違和感を察知する。今の声は家族の誰の声でもない。そもそも俺はいつ寝たんだ?
急速に意識が覚醒していく。
俺は何をしていたんだ? テトラと森に錬金術に使う素材を採取しに来てたよな。それからどうしたんだっけ? 襲ってきた魔物に炸裂玉を投げて――。
「っおぁうぁ……」
起き上がって目を開いた瞬間、変な声が出てしまう。
目を真っ赤にして、涙を流すテトラの顔かすぐそばにあったから。
「ぐすっ……やっと……リンタローが、起きてくれた……」
「お、おぅ、起きたぞ」
「もう目が覚めないんじゃないかって、心配したんだよ……」
「ご、ごめん」
泣いている女の子を泣き止ませるようなボキャブラリーは俺の中に存在しない。
鼻を啜りながら泣くテトラの姿に、俺の思考はフリーズしてしまい、まともな返答すら浮かばない。
俺はただ静かに彼女が落ち着くのを待つ。耳に届くのは彼女の泣き声と自分の心臓の鼓動。
周囲の音をかき消すように、大きく響く鼓動がやけに鬱陶しい。
実際は十分くらいだろけど、体感で数時間たって、泣き止んだテトラが口を開く。
「……で、リンタローは……何を、やったの?」
「えっと、シノさんに教わって作った炸裂玉を投げたかな」
「炸裂玉って、あの炸裂玉? 嘘でしょ、本当のことを言って」
目を真っ赤にしたテトラが俺を睨み付ける。
全く理解が追い付いていないんだけど、炸裂玉という回答は納得できる回答じゃないらしい。
頬を膨らませて不満を露にするテトラ。どうすれば良いのかさっぱりわからない。
俺が弁解に悩んでいるとテトラがスッと指さす。
「なんだこれ……」
思わず声が出た。少し離れた先に、放物線状になぎ倒された木々と黒く焼け焦げた地面が見えた。
誰が見ても何かが爆発した痕跡だとわかる。状況からして、炸裂玉が爆発した跡なんだろうけど、納得はできない。だって三個投げたけど、手のひらに収まるサイズだったんだぞ。
「……念のために聞くけど、炸裂玉が爆発した痕だよな?」
「そうよ。魔物は消しとんで、リンタローは爆風で吹き飛ばされて、気を失ったわ。炸裂玉にそんな威力はないはずよ。リンタロー、何を使ったの?」
「炸裂玉って聞いてるけど……自信はない……」
巾着には炸裂玉が、あと四個入っている。誤爆したらヤバくないか?
ブルッと無意識に体が震えてしまう。
炸裂玉の調合を教えてくれたとき、シノさんは何も言ってなかった。こんな威力があれば使用時の注意の一つや二つしてくれそうな気がする。
俺が悩んでいると、ガサガサと草木を掻き分ける気配が近づいてくる。特にテトラが反応していないので、魔物の類いではないのだろう。
「姐さん! 辻馬車拾ってきやした!」
息を切らせながら現れたのは、助けた少年冒険者。頬が腫れているのが少し気になるが、彼はキラキラした瞳でテトラに声をかける。
テトラは若干、めんどくさそうな気配を漂わせながらも、少年冒険者に向き直る。向き直るわずかな時間で涙の跡を拭って、澄まし顔に戻る彼女は流石としか言いようがない。
「ありがとうございます。リンタローの意識も戻りましたので、私たちはこのまま街に戻ります。貴方はどうしますか?」
「オレごときに礼なんて不要でさぁ! 姐さんのためになるなら、オレごときこき使ってください! 事前に仲間と落ち合う場所を決めてたんで、今からそこに向かうつもりでさぁ!」
「……わかりました。冒険者ギルドに謝礼諸々を預けておくので、後で受け取ってください」
「あざーっす!」
俺の頭の中にあるちょっと斜に構えた少年冒険者のイメージがガラガラと崩れ去っていく。ちょっとおバカな忠犬という反応に、正直どう反応して良いかわからない。
冒険者は舐められたら終わりだから、無理してキャラを作っていたってことなのか?
「おい、てめぇ、姐さんに迷惑かけんじゃねーぞ」
混乱している俺に少年冒険者がすれ違いざま告げていく。俺の意識がない間に、テトラは何をやったんだよ。
「リンタロー、予定変更。早く街に戻るよ。大丈夫だと思うけど、吹き飛ばされた衝撃で見えないダメージあるかもしれないから」
「見えないダメージ?」
「そう。すぐに動けて大丈夫に見えて、しばらくすると死んじゃうの。毒とかの状態異常じゃないから、厄介なの」
脳震盪とか脳挫傷を言ってるのかな。怪我の分類だから、状態異常に分類されないってことなのかな。
俺は急かすテトラについて街に帰ることになった。
*****
「お師様ッ!」
アキツシマ工房に戻るなり、テトラはシノさんの書斎に怒鳴り込む。クールな立ち振舞いを心がけている彼女にとっては珍しく、感情むき出しの姿だ。
俺はワンテンポ遅れて書斎に入る。ちょうどテトラがデスクに両手を叩きつけていた。
シノさんがデスクに座って作業をしているなんて、ずいぶん珍しいな。いつもは揺り椅子に座って微睡んでいるからな。
「騒がしいのー。今度はなんじゃ?」
「なんじゃじゃないです! お師様はリンタローに何を教えたんですか! 危うくリンタローが死んじゃうところだったんですよ!」
シノさんは体をずらし、テトラの陰から顔をだして、俺を見る。
「凛太郎は元気そうにしておるぞ。死相も出ておらぬぞ」
「今は大丈夫だけど、死にかけたんです! お師様がリンタローに変なことを教え込むから!」
「変なこと? 妾はまだ凛太郎に変なことは教えておらぬぞ」
ふふふっ、と妖艶な笑みを浮かべるシノさん。彼女の流し目が俺を射貫く。
ドクンと心臓が跳ね、息が詰まる。ただ見つめられているだけなのに思考が真っ白になっていく。ゴクリ、と生唾をのみ込む。
「あーもー、真面目な話なんです!」
バン! バン! バン! とテトラがデスクに両手を叩きつける。
そこで俺は呼吸を思い出し、慌てて息を吸う。埃っぽい空気に反射的に咳き込んでしまう。
涙目になりながら、シノさんを見ると顔を顰めながらテトラを見ていた。煩いのか耳も伏せっている。
シノさんは「はぁー」とため息をつきながら、ちょいちょいと俺を手招きする。
俺は足元に散らかっている本や書類、素材を避けてテトラの横に立つ。
「リンタローも、お師様に抗議して」
「テトラ、キモチはうれしいけど、少し落ち着こう。シノさんに状況を説明してから話を進めよう」
「凛太郎の言う通りじゃ。いきなり怒鳴られても妾はサッパリ理解できないのじゃ。話を整理するのじゃ」
「お師様が変なことをリンタローに教えたから――」
「わかった、わかったのじゃ。騒がしいのはご近所に迷惑じゃ。妾の錬成室で話を聞いてやるのでついて参れ」
「望むところです!」
やれやれと頭を振りながら席を立つシノさん。対して鼻息荒く気合い十分なテトラ。
到底、話し合いを始めようとしているようには見えないな。
俺が苦笑して二人の様子を見守っていると、テトラが駆け寄ってくる。
「リンタローも早く行くよ」
「へ? 俺も必要なのか?」
「当たり前でしょ」
俺はテトラに手を掴まれ、引きずられるようにして、シノさんの錬金室に向かうことになった。
*****
「だから、大爆発して、リンタローが死ぬところだったんです!」
「炸裂玉は爆発するものじゃろ。何を大袈裟に言うておる」
「大袈裟になんて言ってません! リンタロー! 使ったの炸裂玉もどき残ってないの?」
「えーっと、あと四個残ってるけど……」
「出して!」
「待つのじゃ待つのじゃ。ココで使うては危ないであろう。試すのならば下の実技室に行くのじゃ」
俺の取り出した炸裂玉を即壁に投げつけようとしたテトラをシノさんが慌てて止める。俺も慌ててテトラを羽交い締めにする。
ふわり、とハチミツのような甘い香りが漂う。同時に鼓動が早くなってしまう。テトラに鼓動が聞かれてしまいそうで、反射的に飛び退きかけるがグッと堪える。
シノさんを先頭に地下に移動する。
錬成室と同じ白い部屋だった。違いと言えば部屋の奥の方に棒が立ててあり、成人男性くらいの人形が括り付けてある。
「ほれ、木偶六百六十七号に向けて、思う存分投げつけるが良い。多重に防御用結界を設置しているので、外に音はおろか振動が伝わることもない」
「……わかりました。あとで吠え面をかくことになっても後悔しないでください」
「気にするでない。たまに吠え面をかくのも趣があって良かろう」
凛とした空気をまとい、テトラか静かに告げる。シノさんは不敵な笑みを浮かべながら挑発する。
周囲の空気が冷え込み、俺は反射的に身震いをする。二人の視線がぶつかってバチバチと火花を散らす。
なんでこんな展開になってんだ?
テトラは深呼吸すると俺から受け取った炸裂玉を人形に向けて、オーバースローの綺麗なフォームで投げつける。
爆発音とともにビリビリと衝撃が肌を叩く。炸裂玉を自分で投げつけた瞬間の記憶が無いので比較できないが、俺が思ってた以上に爆発した。
爆発を耐えた人形も炸裂玉が当たった辺りが黒く焦げていた。
「うは、スゴい威力だ。これなら魔物にダメージ与えられる」
「……凛太郎、謀ったわね。本物を出して」
「へ? 俺が使ったのと同じやつだよ、渡したやつが」
「嘘よ! 全然威力が足りないわ!」
今にも襲い掛かってきそうなテトラ。ワキワキと彼女が指を動かす度にゴキッゴキッと関節が鳴る。彼女の澄まし顔と相成ってホラーじみた怖さがあった。
「これこれ、凛太郎に不満をぶつけるでない」
「だって、リンタローが偽物を渡すのが悪いんです! ヒトを心配させて、こんなイタズラするなんて、ボキッと折っても因果応報で許されます」
「折るってなんだよ、折るって……」
「それは折られてからのお楽しみよ」
「全然、楽しくねぇ!」
俺はテトラから逃げるように、シノさんの後ろに逃げ込む。
シノさんは嘆息すると、ローブの袖から取り出した扇子で、ペチンとテトラの頭を叩く。
「痛ッ! お師様、なんで私を叩くんですか」
「凛太郎を不要に怖がらせておるからじゃ。凛太郎、残っている炸裂玉を一つ、テトラのように投げてみよ。ただし、投げたあと身を伏せるのじゃ」
俺は訝しげながら、巾着から炸裂玉を一つ取り出す。テトラに渡した炸裂玉と違いはない。強いて言うなら俺の手作りなので、形が歪で同じ形はしていないところかな。
掌で炸裂玉を転がしながら、人形までの距離を確認する。あまりコントロールに自信ないんだけどな。
「いくよ。ほい――ッ!」
――パァァァァァン!
轟音と爆風に危うく意識を持っていかれるところだった。シノさんの言葉通りに伏せてなければ、また吹き飛ばされていたかもしれない
同じ炸裂玉のはずなのに、テトラが投げつけたときの数倍以上の威力を発揮した。人形は無惨にもバラバラになっていた。
俺とテトラが目を白黒させていると、シノさんが口を開く。
「ふむ、まさかとは思ったのじゃが、そのまさかじゃったか……」
「お、お師様、一人で納得しないでくださいよ」
「おお、すまぬ。なかなか珍しい現象なので、妾もいささか驚いたのじゃ。さすがは凛太郎。妾を退屈させぬな」
笑顔でシノさんが俺の頭を撫でる。
なにがなんだかわからないが、シノさんに頭を撫でられると、どうでもよくなってしまう。
ちらり、とテトラを見ると、頬を膨らませて不満全開なオーラを発散していた。
「お師様、ちゃんと説明してください! リンタローも鼻の下を伸ばさない!」
テトラを俺とシノさんの間に飛び込むようにして引き離す。後ろ髪引かれるおもいはあるが、逆らわずにシノさんかは離れておく。
「テトラはせっかちじゃな。凛太郎とテトラで炸裂玉の威力が違ったのは、無意識的魔力移動のせいじゃな。難しく言うたが、極々普通の自然現象だの」
シノさんはローブの袖から金貨を一枚取り出し、俺の掌に乗せる。
「物に触れると意図せず魔力が移動してしまう。少し違うが取り出した金貨は冷たいが、手のひらに乗せれば体温で温まる。それに似たような事象じゃ。ただ魔力が移動すると、それにより物の性質が変化する。本来であれば全く気にする必要はない。魔力が移動しあうので、バランスが崩れることはないからの」
「……俺は魔力がないから、バランスを崩しちゃうってこと? 意図しない効果が発揮されることがあるってこと?」
「うむ。そのせいで炸裂玉は想定以上の威力になったようじゃな」
俺は掌の金貨をジッと見つめる。金貨は金属特有の冷たさがあったが、今は俺の体温と変らない。
体温を魔力、温まったが金貨は魔力が移った状態と考えていいのかな。金貨は温まっても金貨のままだし。
「お師様は、それを考慮せずにリンタローに炸裂玉なんて持たせたんですか?」
「そんなわけあるまい。珍しい事象がゆえ、妾も失念しておった。すまぬ、凛太郎」
シノさんが素直に謝罪して頭を垂れる。逆に俺は畏まってしまう。
「普通は多かれ少なかれ魔力があるのが当然なんですし、俺みたいな魔力ゼロはレアケースだから仕方ないですよ」
「リンタロー、もっとキツいこと言ってやってください。お師様は甘やかすとろくな事がないので」
「テトラは可愛げのない弟子じゃな。それに比べて凛太郎は良い男子じゃ」
俺を不満そうな顔で見るテトラ。
シノさんには色々と世話になってるんだし、ちょっとした物忘れは多めにみてもバチは当たらないだろ。
「俺は炸裂玉みたいなアイテムを使うと威力倍増なんですやね? 魔物との戦闘でも活躍できますよね?」
「それはわからぬ。今回はたまたま威力が増えたが、減ることもあるからの。実際に使う前に、威力がどう変化したか把握せずに使うのは禁止じゃな。残った炸裂玉は店舗に並べて売ってしまい、作り直すのじゃ」
そういって、シノさんは俺の巾着から炸裂玉を抜き取るとテトラに手渡す。俺の掌に乗っていた金貨はテトラがシノさんに返す。
一切淀みのない動きに、俺は呆気にとられてしまう。
さっきまで二人で睨み合ってたじゃん。
「売り上げの一部はリンタローにお小遣いとして渡すね」
ニッコリと笑うテトラ。俺はもう何も言えなかった。
ちくしょう、俺の秘密兵器だったのに……。