017.廃れた方法
「シノさん!」
テトラと別れた後、ダンジョン実習の疲れはあるけれど、俺は一気にシノさんの書斎に駆け込む。
「騒がしいのー。テトラのダンジョン実習は、もう終わったのかえ?」
特に驚いた様子もなく、シノさんは揺り椅子に座ってゆらゆら揺れていた。
いつも思うんだけど、シノさんは普段、何やってんだろう?
「ダンジョン実習は終わりました。一日ちょいでダンジョン踏破は、真ん中くらいのスピードだったみたいです」
「ほほぅ、凛太郎とテトラの二人で組んだことを考えれば優秀じゃな」
「実際、テトラ一人だともっと早くクリア出来た気もしますけどね。出てきた魔物はテトラが全部倒したので」
「寄合で冒険に挑む際は、個々の役割分担が大事じゃ。別にテトラも凛太郎を戦力として呼んだわけではなかろう」
「ぐぬぬっ……」
シノさんの言葉に思わず唸ってしまう。
誘われた時点で数あわせだったけど、俺にもなけなしのプライドがある。女の子に護られて、戦わずにダンジョンクリアとは、如何なものか? よろしくないのね?
「そもそも、蒐集師や錬金術師が戦力になろうと思うのならば、武器や防具、魔術以外で考えなくてはならぬ。例えば魔導具や霊薬秘薬の類いを赤字覚悟で大盤振る舞いとかの」
「魔力がない俺には錬金術で錬成できないし、そもそも資金がないから赤字以前の問題……」
「それもそうじゃな。今では錬成して作るのが主流で廃れてしまったが、魔力を使わず魔術薬を作る方法を教えてやるとするかの」
「マジで! 魔力がなくても作れ――って、そーじゃない!」
「な、なんじゃ!」
ちゃぶ台があれば盛大にひっくり返す勢いで俺は叫ぶ。
さすがに驚いて、揺り椅子で体勢を崩すシノさん。耳がピーンと立つ。
普通に会話しちゃってたけど、俺が話したい内容じゃない。魔力を使わず作る魔術薬って、めっちゃ気になるけど、俺が話したいことは、それじゃないんだ。
目を白黒させているシノさんを横目に俺は深呼吸。気を落ち着かせる。
「シノさん、確認したいことがあります」
「改まってどうしたのじゃ。先程から様子が変じゃぞ」
「俺が異世界から転移してきた"世界を渡るモノ"だってことをテトラにばらしちゃダメですか? このままテトラに嘘ついたままはツラいんです」
「別に打ち明けても構わんよ」
「へ、マジで」
シノさんのあっさりとした返事に呆気にとられてしまう。
テトラに俺を紹介したとき、あることないとこ吹き込んでいたのはなんだったんだよ。
絶対に反対されると思って、色々と反論する覚悟をしたというのに。
「妾の弟子たるテトラは愚か者ではないからな。凛太郎が"世界を渡るモノ"だと教えたところで、汝に害が生じることはしまいて」
「でも、紹介のときに扶桑からきたように誤魔化したのは?」
「それは勿論テトラの反応が可愛いからに決まっておろう」
さも当然と言いきるシノさん。
ドヤ顔で俺を見てくる彼女の姿に、ドッと疲れが出てくる。これはダンジョン実習の疲れだけじゃないな。
シノさんは一度、降り椅子を後ろに傾けて勢いをつけて、ぴょんと床に着地する。彼女の銀髪がさらさらと宙を舞い、豊かな双丘が弾む様は実に目の毒だ。
「では、妾の錬成室に向かうぞ」
「へ? なんでですか」
「先程から言うたであろう。魔力を使わず、魔術薬を作る方法を教えると。いつの時代も男子は女子の前で、いいところを見せたがるものじゃからな」
フフフッ、と優しくも妖艶な笑みを浮かべるシノさん。思わすドキッとしてしまう。
「ち、違います。いいところを見せたいんじゃなくて、荷物持ち以外のことを出来るようになりたいだけです」
「荷物持ちも重要な役目ぞ。荷物を大量に担いで魔物と戦える者など、そうそうおらぬからな」
「テトラは大人数でパーティを組みたくなさそうなんで、一人二役以上出来る必要があるんです」
「凛太郎は随分と欲張りなことを言うの。一つの職を極めるのにヒトの寿命では足りぬというのに、複数を求めるとは」
「い、いいじゃないですか。俺は別に極める気はないですから。広く浅く器用貧乏で十分です」
俺の答えにシノさんはカラカラと笑う。純粋に楽しそうに笑う彼女の姿から嫌味などは一切感じられない。
嫌味などが感じられれば、一言二言文句も出てくるのだが、彼女の笑う姿は、ただ見惚れるしかなかった。
「うむうむ、男子らしい反応は実によいのじゃ。 妾も凛太郎と巡り会えたことを神に感謝してしまいそうになってしまうの」
シノさんの細められた黄金の瞳。息をすることも忘れてしまいそうになってしまう。
俺はパクパク口を動かして、何とか言葉を絞り出す。
「お、俺は、シノさんに……巡り会わせてくれた、神様に……感謝してます……」
「そんな殊勝なことを口にしておると、教会に目をつけられてしまうぞ。奴等は敬虔な信者を常に求めておるからな。凛太郎は良きカモにされてしまうぞ。ま、そのときは妾が黙ってはおらぬがな」
ニヤリ、と先程までと違う含みのある笑みを作るとシノさんは隣の部屋に歩いていく。
一瞬、背中に悪寒を感じたが、俺も後に続くことにした。
*****
ひんやりとした空気が漂い、時間が停滞していると錯覚してしまいそうな白い部屋。
俺は部屋に入ることを一瞬、躊躇してしまう。
「これから魔力を使わず魔術薬を作る方法――調合を教えるのじゃが、凛太郎は元の世界で調合した経験はあるかえ?」
「ないです。あ、学校の授業で似たようなことなら……」
理科の授業でアルコールランプや乳鉢を使ったことを思い出す。調合って、アレのスゴい版って感じだよな。
「ほう、それは予想外じゃ。ならば、簡単な調合はすぐ出来るようになりそうだの」
「授業でやったことなんてママゴトみたいなレベルですよ」
「構わぬ構わぬ。全く知らぬより、少しでも知っている方が呑み込みが早いものじゃ」
カラカラと笑いながら、シノさんは部屋の中央、白い長方形の作業台に歩み寄る。チョイチョイ、と手を動かして俺を呼ぶ。
ちょっと警戒しながら作業台に近づくと、調合に使う器具と素材が既に並べられていた。
ほぼ、同じタイミングでこの部屋に入ったはずなのに、いつ準備したのだろうか。
「さて、ちゃっちゃと教えるとするかの。調合は、本来は薬師と呼ばれる連中が行っておったのだが、錬金術の方が便利と言うことで廃れた方法じゃ」
「薬師も錬金術師ってことですか?」
「今ではそうなるの。ただ薬師の連中は『医療関係の薬などを錬成する錬金術師を薬師、それ以外を錬成するのを錬金術師』とひねくれた言い訳しておるがな」
シノさんは肩をすくめる。
テトラの錬成を見た感じだと、この世界の錬金術はわりと万能そうだもんな。元の世界と同じように、素材を粉砕して混ぜ合わせたりして薬を作るより、錬金術で作った方が絶対に楽そうだ。
「さて、調合する方法じゃが、素材を適切に処理して混ぜ合わる。説明は以上じゃ」
「いやいや、肝心な部分も省略してますよね。もっと色々と気を付けるポイントとかあるはずですよね」
「そういうのは、やって覚えるべきじゃ。ほれ、やってみるのじゃ」
テレビの特番とかで、新薬開発現場とか観たことあるけど、白衣にマスク、手袋、帽子、ゴーグルって重装備で作業やってたんだけど。
今の俺は、どれ一つ装備していないけど、大丈夫なのか。
不安を感じながら、俺はシノさんのすぐ隣に立つ。ふわり、と甘い香りが鼻腔をくすぐる。ちらり、と横目で彼女を見る。伏し目で作業台の上を見る瞳に長いまつ毛。小さな赤い唇が白い肌によく映えていた。
ドキドキと心臓が鳴り出し、俺の全身の筋肉が緊張で強ばってしまう。
元の世界なら、こんな美女の横に並んで立つなんてあり得ないから仕方ないだろ。
「ん? どうしたのじゃ。今からやるのは難易度も危険度も低い調合じゃぞ。もっと肩の力を抜かぬか。顔が強ばっておるの」
「だ、誰でも慣れないことを経験するときは、緊張しますデス」
「ふむ、それも一理あるの」
「そうで――ッ!」
シノさんが俺の顔を覗き込みながら、細い指で俺の両頬をつねる。痛みはなく、解すように横に引っ張る。
カーッと一瞬で顔が熱くなり、思考が真っ白になってしまう。
「ほれ、緊張はとれたであろう。身体が強ばっているときは、無理にでも笑うのじゃ。それだけでも身体の強ばりがとれるのじゃ」
「は、はい……」
目の前で笑うシノさん。俺は何とか返事をするが、緊張が限界突破で疲労困憊だ。
「今回、使用する素材は、乾燥した炸裂茸、火種草、スライムの粘液、油紙になる」
コクコクと頷いてみせる。緊張が抜けきれず、まだ呂律が回りそうになかった。
シノさんは、そんな俺の様子に首を傾げながら、乳鉢と乳棒を準備する。
「まず、よく乾燥した炸裂茸を指で砕きながら乳鉢に入れる。もし湿気った部分があれば取り除くように。そして乳鉢でさらに細かく砕く」
「湿気った部分を取り除かなかった場合、どうなるんですか?」
「作業中に爆発する、かもしれぬ」
「ひぇっ!」
反射的に声が出た。俺は炸裂茸に伸ばしていた手を思わず引っ込める。
シノさんは俺の反応に嬉しそうにカラカラと笑う。
「凛太郎は見てて飽きぬな。テトラなら『ふーん、それで?』みたいな覚めた反応しかせんからな。爆発するといってもポン! と弾ける程度じゃ。怪我はせぬが素材は飛び散ってしまうことになるの」
「……わざと俺がビビるように言ってません?」
「気のせいじゃ」
口元を隠しながら、シノさんは視線を作業台に戻す。
絶対に俺がビビるように言ってるよ。もっとクールに、心を鎮めていこうぜ、俺。
シノさんの手元を確認しながら、乳鉢に炸裂茸を指で揉み砕きながら入れていく。ウェハースを砕くような感覚は少し楽しい。乳棒で丁寧に押し潰していくと、すぐにサラサラとした粉末状になった。
シノさんに視線を送ると、彼女は頷いて次の手順に移る。
「スライムの粘液を炸裂茸の粉末に混ぜ合わせる。一気に入れるのでなく、少しずつ混ぜていくのじゃ。目安は水飴のようになること」
ビーカーに入った水色の液体――スライムの粘液を少し乳鉢に垂らして乳棒で混ぜる。ネチャネチャと混ぜる度に音が出て、俺は思わず顔をしかめる。
納豆みたいに臭いはないけれど、納豆を混ぜるときの数倍大きな音。どっちがマシなんだろうか。
顔をしかめたまま、スライムの粘液を加えては混ぜてを繰り返していると、音が小さくなって一塊になる。元の世界で作った洗濯のりとホウ砂で作るスライムとそっくりだ。
「ふむふむ、やはり凛太郎は手際が良いの。これで炸裂玉のタネが完成じゃ」
「……なんか料理みたいですね」
「錬金術自体、台所で生まれたと主張する術者もおるから、凛太郎の表現はあながち外れではないぞ。さて、あとは丸めた炸裂玉のタネを適当な大きさに千切った火種草の葉でくるめば完成じゃ。火種草は出きるだけ新しいものを使った方が不発が少なくなるぞ」
俺は火種草の葉を丁寧に折って、ピンポン玉の半分くらいの大きさに千切ったタネに埋め込んで、形を整える。パッと見た感じは青い水羊羹。
放置してたら誰かが間違って食べそうだ。
「このままだと持ち運びどころか、投げつけるのも難しそうなんですけど」
「なので、油紙で包むのじゃよ。保存には綿などを詰めた箱、可能なら空間歪曲を付与した袋に入れれば携帯しやすい。今回は特別に妾が巾着袋を進呈するのじゃ」
「あ、ありがとうございます」
シノさんがローブの袖から取り出した茶巾袋――赤と白の市松模様――を俺は受け取る。採取に使っている麻袋と違う専用アイテムなので、ちょっと嬉しい。
「さて、ここまで教えれば次からは一人でも大丈夫じゃろ。タネは残さず炸裂玉にして片してしまうのじゃよ」
シノさんは欠伸を噛み殺すと、フラフラと部屋の隅に置いてあった揺り椅子に座る。
俺はせっせと残りのタネを炸裂玉に仕上げていく。最終的に炸裂玉は七個ほど出来上がった。




