016.ダンジョンへ①
「凛太郎、何があったのじゃ。騒がしくておちおち寝ておれんのじゃ」
アキツシマ工房の二階にシノさんの声が響く。
俺が振り返ると、少し髪が乱れたシノさんが、欠伸を噛み殺しながら、フラフラと歩いてくる。俺は口元に当てていた手を下ろして、シノさんが近くに歩いてくるのを待つ。
「えっと、そんなにバタバタ音してました? 静かに歩いてたつもりなんですけど」
「半刻も上から下へ縦横無尽に歩かれては誰でも気づくのじゃ。それで何があったのじゃ」
「えーっと、テトラにダンジョン実習のパーティに誘われました」
「ほー、学園では、そのような催しがあるのか。座学も大切じゃが実戦で得るものは大きい。実に良い催しじゃな。して、何故ゆえ凛太郎が悩んでおるのじゃ?」
「俺は、武術が出来るわけじゃないし、魔力がないから魔術も使えない。ダンジョンについていくと確実にお荷物じゃないですか。少しでも役にたてる方法はないかと考えていたんです」
「何を呆けたことを言うておる。パーティは適材適所じゃぞ。出来ることを出来る者がやる、ただそれだけの話じゃ」
シノさんの言葉は納得は出来る。ただし、それはちゃんとバランスを考えたパーティの場合だ。俺とテトラの二人だと、出来ることをするだけじゃ手が足りない。
テトラはシノさんにダンジョン実習の話をしていないみたいだし、俺から話してもいいものだろうか。少し悩んだが、シノさんはテトラの保護者だし、話しても問題ないよな。
「……実は、俺とテトラの二人パーティなんです。だから、少しでも俺が出来ることを見つけたくって」
「二人? それば随分と少数精鋭じゃな。もう少し生徒を誘った方が――ああ、そういうわけか」
シノさんは途中で納得したような声をこぼす。
保護者だし、テトラについて俺の知らない何かを事情を知っているのだろうな。
「ふむ、ならば、多少は凛太郎が動けるようにするべきじゃな。ときに"忠義の腕輪"を使いこなせるようになったのか?」
「"忠義の腕輪"……?」
一瞬、理解できなかったが、俺は慌てて自分の左手首を見る。腕と同化してしまったような感覚のため、着けていることすら忘れていた。幾何学模様が刻まれた銀色の腕輪を俺はそっと触れる。
「その顔は忘れておったな……。では妾が苦心して付与した初級魔術も試しておらぬな」
「――ッ! 初級魔術! そうだ、使い方を教わってません!」
「たわけ……しかと教えたではないか。聞いておるのかどうか、ちゃんと確認しておくべきだったのじゃ」
ハァーとため息をつくシノさん。
魔術が使えるようになる嬉しさで興奮しすぎて、忠義の腕輪を渡されてからの記憶が曖昧だ。忠義の腕輪を左手首に通して、指先を針で刺して血を一滴、腕輪に落とすとサイズが変わって外れなくなったんだよ。ファンタジーすぎて、誰でも興奮するだろ。
シノさんが得意げに何か話していたのは思い出せたけど、内容についてはサッパリ思い出せない。俺はぎこちなく笑う。
「やはり、聞いておらんかったようじゃな」
「……すいません」
「まあ、良い。実演させた方がわかりやすいじゃろうから、地下で行うとしよう。ついてまいれ」
シノさんは踵を返す。ふわりと金髪が宙を舞う。花のような香りが俺の鼻腔をくすぐる。俺は一瞬呆けてしまい、慌ててシノさんのあとを追いかけた。
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シノさんに続いて、俺は地下の一室に入る。俺は思わず部屋を見渡す。入り口の他には何も見当たらない白い部屋だった。
「シノさん、この部屋はなんですか? 何もないんですけど……」
「魔導具の動作を確認するための部屋だからじゃ。多少大暴れしても問題無いように色々と仕込んでおるのじゃ」
シノさんは、袖から拳の半分くらいの球体を取り出す。そのまま無造作に部屋の奥に投げる。
――爆発
耳をつんざく大音量に、俺は一瞬意思かが遠退き、尻餅をつく。
クラクラする頭で、俺はシノさんを見上げると頭の狐耳を両手で押さえて防御していた。
「音響爆弾じゃ。ダンジョンのような狭い空間で絶大な効果はあるが、他の者がおれば影響を受けてしまうので、使用を制限されておる魔導具じゃ」
「さ、先に、言ってから使ってくださいよ……。鼓膜が破れるかと思いましたよ……」
「おお、すまぬすまぬ。いつも一人で部屋を使っておるゆえ、忘れておったわ」
ハハハッと笑って誤魔化すシノさん。
抗議しても無駄なのは、普段のテトラの姿から学習している。俺は無駄だとわかりながら、ジト目をシノさんに向けながら立ち上がる。
「さてと、まずは"忠義の腕輪"の扱い方を説明するとしようぞ。まず、素材はミスリス製で、所有の効果を付与しておる。手順を踏まずに外すことは出来ぬ。汝が死んでも解除されぬから、死亡証明にもなるぞ」
「し、死亡証明! そんな物騒な説明はいいです」
「何をいうか。冒険する際に死亡証明はなかなか大事なことじゃぞ。今ではギルドカードが更新されなくなったら、引退もしくは死亡扱いされるようになっておるが、ダンジョンなど滅多にヒトの寄り付かぬ場所でヒト知れず無く者は後を絶たぬからな。それを考えると、腕輪にせずに首輪にしておくべきだったのー。腕は失うことがあるのー」
シノさんの声に脅したりするような雰囲気はなく、世間話でもしている感じだ。それでも俺は腰が引けてしまう。
腕を失っても死なないけど、首――頭か首から下を失えば確実に死ぬとか、日常的に出てくる話題じゃない。元の世界と比べても仕方ないけど、死が日常に近すぎる。
「まあ、普段は意識する機能ではないので、次にいくのじゃ。初級魔術の発動じゃな」
「――ッ! はい、それ教えてください」
「急に態度が切り替わるとは、現金なやつじゃ。まず、魔術の行使には魔力が必須じゃ。凛太郎は魔力がゼロゆえ魔術が使えぬ。それを解決するのが腕輪にはめこんでおる魔昌石じゃ。魔力を蓄積する特性をもっておる。容量はそこそこの魔術師一人分くらいじゃ」
「アバウトな容量ですね……。消費した魔力の補充はどうするんですか?」
「ミスリルの特性を利用して自然に回復させるか、他の術者や他の魔昌石を使って回復させる方法がある。乱発しなければ、そうそう困ることにはなるまい」
シノさんの説明を聞いてから、内側――腕を下ろした時に体側になる方――にはめ込まれている宝石を確認する。宝石は淡い燐光を帯びており、神秘的な印象を受ける。
「さて、魔術の発動についてだが、基本属性と言われる風・土・水・火・光・影の六種類と聖・闇の二種類の初級魔術の魔術式を組み込んでおる。基本属性ならば、五十回は発動できるが、聖・闇は二十五回程度なので注意するのじゃ」
「聖と闇は、難しい属性になるんですか?」
「そうじゃな。神や魔王に連なる属性じゃからヒトが扱うには難しい属性なのじゃ」
「……神や魔王は、いないとかいってませんでした?」
「妾はいないなど言うておらぬぞ。凛太郎からは神気が感じられぬので、神の類という設定は無理と言うただけだ」
さらりとシノさんに言い返される。
そうだったけ? 妙に腑に落ちない感じがするのだけど、シノさんは気にした素振りも見せず、話を進める。
「まず、魔昌石に手を当てて、パスを通す。そして、発動音声を口にするのじゃ。火の初級魔術ならば、≪火よ、在れ≫」
シノさんの言葉が終わると同時に、右手に火の玉が形成される。
肌から伝わる確かな熱気。それで俺は、火の玉が幻ではないことを理解する。
俺が見つめる中、シノさんは気だるそうな動きで、火の玉を部屋の中央に向けて投げ捨てる。
火の玉は床に触れた瞬間、弾けて火柱に変わる。
俺の厨二病魂が震えてしまう。いや、俺の体が喜びに打ち震えてしまう。
テトラは魔物と戦う時に剣と盾を使うので、魔術を使うことはない。なので、この世界で初めて見た魔術だ。カッコいい。物理的にあり得ない事象なのに、カッコいいから全てが許される。魔術というパワーワードで全てが許される。
「ふぁ、ファイヤーボールッ! シノさん、俺に、早く使い方を教えてください!」
「な、何故にそこまで興奮しておる。とりあえず、落ち着くのじゃ。まずは火の魔術の発動から教えるとするかの」
「はい! よろしくお願いします、先生!」
縋り付く俺に、シノさんは若干引いているように見えたが関係ない。
俺は、ふんふんと鼻息が荒くなってしまうが、気合いを入れ直してからシノさんの説明が始まるのを待つのだった。




