015.お夕飯に行こう②
「いらっしゃいマセー!」
店に入ると同時に、大きな挨拶が俺とテトラを出迎えた。
店は内部は細長く、カウンター席が八席、テーブルの四人席が五卓。こじんまりとした小料理屋といった感じだろうか。
カウンターの内側で料理をしている若い男性は、白い作務衣と帽子姿でテレビで見かける和食の料理人って感じがする。
ただ腰くらいまで伸ばした髪を、うなじあたりで紐で縛っているのは、日本なら衛生観念の欠如とかで叩かれてそう。
「早めに出てきて正解だったね、リンタロー。まだ夕飯には早い時間なのに半分くらい席が埋まってる」
「そーだね。あと少し遅かったら、座れなかったかもね」
「お客サン、空いてイル席に好きに座ってクダサイ」
「テーブルとカウンター、どっちに座る?」
「カウンターかな。ちょうど端が空いてるし」
正面向いて、顔合わせながら食べるのはなんか気恥ずかしいのは黙っておく。せっかくの扶桑料理だし、テトラみたいな美少女と対面しながら食べたら、料理の味がわからなくなりそうだろ。
「はい、オシボリをドーゾ」
「ありがとう」
「へ? な、なに?」
紺色の作務衣みたいな格好をした十歳くらいの女の子が、綺麗に丸められたおしぼり差し出してきた。
受け取ったおしぼりは、熱すぎず、温すぎず、絶妙な温度加減が店への期待度が増す。
テトラは意味が分からないため困惑し、女の子はおしぼりを受け取ってもらえず困り顔。
フィンガーボール的な文化は、異世界にはないのかな。
「テトラ、食事の前に手とかを拭くための物だから、受け取ってやって」
「そ、そうなの、リンタロー? 扶桑流なの?」
不安そうな顔で、おしぼりを受け取るテトラ。給仕の女の子は、ホッと胸を撫で下ろす。
しかし、普段が凛としているテトラが慌てると、ギャップで破壊力が凄まじいな。
「お品書きデス。おとーし、いりますカ? ちょっとチップかかるです」
「り、リンタロー……」
異文化に遭遇したことで、テトラの中の何かが壊れたのか、幼児化している気がする。反応がいちいち可愛い。
「お通しは座席料金みたいなものかな。嫌う人も多いけど、俺は概ね肯定派かな。昼間に昼食やってる居酒屋で出される、お通しが美味いこと多いから。お通し、もらっていい?」
確認するとテトラはコクコク頷く。
「お通しください。注文は少し間ってもらっていい?」
「うん、大丈夫。おとーし、すぐ来るデス」
女の子はトテトテとカウンターの男性に駆け寄ると何か話して、小鉢を受け取って戻ってきた。
俺とテトラの前に小鉢を置くと、ニッコリ笑って離れていった。癒される。
「これ、何?」
「んー、キンピラかな。俺の記憶がどこまで当てになるか、わからないけど。白っぽいのはなんでだろ……」
俺は箸立てから、漆塗りされた箸を手に取り、キンピラを摘まむ。
橙色はニンジン、赤いのはトウガラシ。白いのはなんだろう。異世界だとゴボウは白いのか?懐かしい醤油の香りに、食欲が刺激される。俺は躊躇せず、口に運ぶ。
醤油と砂糖の甘辛さに、ピリッとした刺激。唐辛子だけじゃない。もしかして、大根を使ってんのかな。シャキシャキって歯応えが美味しさを増幅させる。
「うん、美味い。テトラも食べてみなよ」
「わ、わかったわ……」
テトラはフォークで二、三切れすくい上げる。眼前に持ち上げたフォークを睨み付けると、目を閉じて口に運ぶ。
モグモグと口を動かし、嚥下するテトラ。カッと目を見開く。
「なんだか良くわからないけど、美味しいわ。甘辛いし、歯応えは面白いし、たくさん食べたいわ」
「こいうのは量が足りないくらいが、ちょうどいいんだよ。それに他にも美味しい料理があるから、お通しだけで満足したら、勿体ないよ」
「――ッ! その通りだわ、リンタロー。まだ何も料理を注文してないもんね。早く料理の注文をしましょう」
目を輝かせ、一気にテンションが上がるテトラ。やっぱり美味しい物は世界が違えど、偉大だよな。
俺はテトラに急かされる様にお品書きを開く。まだ読めないたぶんエリトアル語と下手ウマな挿し絵が書かれていた。
テトラに料理名を読んでもらいながら、注文を決めるか? いや、料理についての説明を料理名毎に求められたら、いつまでも注文をできない気がする。
俺は、お品書きをパタン、と閉じる。テトラが驚愕した表情で俺を見る。俺は動じず、サッと手を上げる。
「注文、決まりデスカ?」
早足で近づいてきた給仕の女の子に、俺はとっておきの一言を告げる。
「今日のオススメをお願いします」
にっこり笑って大きく頷く給仕の女の子。
俺は安堵のため息を心の中だけで吐く。こういう場面で、かっこ悪いところは極力見せたくないからな。
しばらくテトラと他愛もない雑談をしていると、料理を手にした給仕の女の子が席に近づいてきた。
「おまたせシマシタ!」
給仕の女の子が明るい声とともに料理を並べていく。
白身の刺身、葉野菜のおひたし、だし巻き玉子、豆腐とワカメの味噌汁。そして、白いご飯。
和食! というラインナップが目の前に広がる。それよりも俺の郷愁を刺激するのは、香ってくる醤油と味噌の匂い。
日本にいたときは、全く意識していなかったけど、醤油と味噌の匂いに思わす涙が出そうになった。
これがホームシックってやつなのかね。
「り、リンタロー! 生魚ッ! 調理してないよ!」
「ハハハッ、そういう料理なんだよ。新鮮な魚を最適な大きさ、厚みに切って盛り付ける。匠の技だよ」
俺は刺身にワサビを乗せて、箸で摘まみ、チョンチョンと醤油をつけて口にいれる。
魚の脂の甘味と醤油のコク、ワサビのツーンとくる刺激。久々に刺身を食べていることも要因の一つだろうが、美味さが半端ない。
俺の様子を見て、テトラもフォークを器用に使ってさしみを食べる。
「――ッ!」
「ワサビがツーンとくるのがクセになりそうだろ」
椅子に座ったまま、ジタバタと足ぶみをするテトラ。刺身を嚥下すると、目尻に涙を滲ませながら、「ハー、ハー、ハー」と荒い息を吐く。
「なんだかよくわからないけど、なんだかよくわからない美味しさ! 扶桑料理、すごい!」
「それは美味しいのか、美味しくないのか……」
興奮しているテトラに苦笑しながら、俺はだし巻きを玉子を一切れ小皿に移す。一口で食べてもいいんだけど、久々のだし巻き玉子を堪能したいんだ。
一口サイズに箸で切り分けて、大根おろしをのせて、ちょっと醤油を垂らして準備完了。大根おろしを落とさないようにだし巻き玉子を口にいれる。
卵の甘みとジュワッと染み出す出汁の味。そこに大根おろしがピリッと味を引き締める。
「美味す――って、テトラ! 食いすぎだろ」
「おいひい……おいひい……」
「誰も取りはしないんだから、味わって食べなよ。口の中いっぱいに詰め込まずにさ……」
小動物の様に頬を膨らませて、だし巻き玉子を貪るテトラ。
なんというかシノさんもメッチャ食いまくってたし、似た者師弟なのかね。
俺に見守られながら、テトラはようやくだし巻き玉子を全て飲み込む。水のはいったコップを差し出すと、美味しそうに喉をならして飲む。
「ぷはっ、リンタロー、扶桑料理は破壊力抜群。食べ始めたら止まらない。恐れ入ったわ……」
「俺はテトラの食いっぷりに恐れ入ったぞ。ま、テトラが満足してくれるなら、この店に来た甲斐があったよ」
「こんな美味しい店を、今まで見落としていたなんて不覚。もう常連になるしかない」
おひたしと味噌汁を口に運んでは、ご飯を掻き込むを繰り返す俺とテトラ。
久々に口にする和食に箸は止まらない。
テトラがご飯を三杯ほど食い終わって一息ついたところで、不意に動きを止める。
「あ! 肝心なことを忘れるところだった。リンタローは冒険に興味ある?」
「いきなりだね。冒険に興味はあるけど、なんで?」
「んー、簡単にいうと学園の試験かな」
「……ダンジョン実習的な?」
こくり、とテトラが頷く。
実習っていうと、授業の一貫だよな。普通はクラスメイトと一緒にやるものじゃないのか?
俺が首をかしげていると、テトラは味噌汁を一口すすってから、説明を続ける。
「本来はクラスメイトとパーティを組んで参加するんだけど、色々あって……。まあ、私の職が錬金術師だから、敬遠されているというのもあるんだけどね」
「あー、錬金術師って戦闘向けじゃなさそうだもんなー」
この世界で錬金術師って、どーやって戦うんだろ。テトラは普通に剣と盾を使うから、錬金術師っぽくはないんだよな。
漫画やゲームだと、武器作り出したり、爆弾や状態異常を起こす薬とかかで戦うよな。
「とりあえず、学園の試験でダンジョンに行くため、俺とパーティを組みたいってこと? 学園の生徒以外とパーティ組んでもいいものなの?」
「ダンジョン自体は学園が管理しているから危険度が少ないので、冒険者ランクがD以下なら外部の者でも問題ないわ。あ、一般人はダメだよ。なんらかのギルドに登録していないとダメだけど」
「蒐集師は、戦闘職じゃないから冒険向きじゃないぞ。冒険者ギルドで募集した方がよくないか?」
「……リンタローは、出会って間もないヒトたちと寝食をともに出きる?」
「気を抜けない冒険になりそうだね」
と言っても、俺は初対面のシノさんにノコノコついていった上、飯食って爆睡した。警戒心の欠片は一ミリもなかった。
信用できないメンバーと冒険した場合、食事はもちろん、真面に寝ることも出来なさそうだよな。
「知ってると思うけど、テトラの足を引っ張るだけだぞ。それでもいいのか?」
「大丈夫。実習を受ける最低条件が、二人以上のパーティを組むのとだから。魔物は私一人でも対処できるはずだから」
「そーゆーことね。荷物もよければ手伝うよ。テトラには普段からお世話になってるからな」
「ありがとう、リンタロー。安心したらお腹が空いてきたわ。リンタロー、もっとも注文しよう」
テトラは笑顔で女の子を呼ぶと、俺と同じようにオススメで注文を済ませる。銀貨三枚で足りるよな?
俺は懐具合を心配しながら、ダンジョン冒険に心受かれてしまうのだった。