014.蒐集師②
「ねぇ、リンタロー……歩きにくいので、そろそろ私の後ろに隠れるのをやめない?」
「も、もうちょい待って。心準備がまだだから」
「私がギルドに入るのを躊躇してたときは強引だったのに……」
ハァー、とテトラがため息をつく。
仕方ないだろ、冒険者ってマッチョで粗野な連中だろ。そんな連中がたむろっているんだろ。元の世界でも不良みたいな連中を避けて生きてきたんだ。ビビっても仕方ないだろ。
テトラの背中に隠れるようにして歩き、たどり着いたのは一際でかい建物――冒険者ギルド。
まだ午前中の早い時間なのに、建物の中はガヤガヤと騒がしい。きっと中は男の汗臭い空気が充満しているに違いない。
「リンタロー、入るよ」
「……テトラ、錬金術師ギルドに入るのは躊躇したくせに、冒険者ギルドに入るのは大丈夫なんだな」
「当たり前でしょう。だって私の用事じゃないもの」
いつもの澄まし顔のテトラ。俺は腹をくくるしかない。
深呼吸をすると、テトラの背から出て冒険者ギルドの傷だらけのドアを押す。ギギィと油の足りてなさそうな音を立てるドア。
ムワッとした熱気が漂ってくる。フロアには多くの冒険者の姿があった。受付カウンターで職員とやり取りしたり、テーブル席で何やら話し込んだりと、活気に満ちていた。
俺が入ってきた気配に気づいて、何人かがドアの方に顔を向けてきたが、すぐに興味をなくして元の作業に戻る。
俺は可能な限り気配を消して奥の階段に向かう。
「おいおい、なんで錬金術師がここにきてんだ? 実践で魔術が使えない落ちこぼれが冒険者ギルドに来る意味ねーだろ」
あと一歩で階段と言うところで、俺の耳に声が飛び出来た。振り替えると真新し革鎧を装備した十代半ばの少年がいた。
見下ろすような、蔑むような視線にイラッとくるが、グッと堪える。
無視して掴みかかられるのも面倒なので、当たり障りのない返事でもして場を切り抜けるか。
「えーっと、俺たちに何か用? 俺たちは別に冒険者に用があるわけじゃないんだけど」
「あぁん? ヒトをおちょくってんのか?」
凄んでくる少年冒険者A。
冒険者ギルドに蒐集師ギルドが間借りしてるとか言うと、さらに騒がれそうだから口にしたくないんだよな。
俺が返事に悩んでいると、少年冒険者Aが、不機嫌そうに足踏みをし始める。短気すぎだろ。
「ちょっと医者にでも行ってこいや。今から肋の二、三本へし折ってやっからよ」
「失礼します」
少年冒険者Aが俺に掴みかかった瞬間、テトラが割り込んでくる。流れるような動きで、少年冒険者Aの胸ぐらを掴むと、引き寄せて体勢を崩す。そして勢いを殺すことなく、少年冒険者Aを壁に向かって投げつける。
ドカッ! と大きな音を立てて、壁に叩きつけられる少年冒険者A。衝撃に立ち上がれず、床に這うようにして、テトラを睨みあげる。
同時にフロアから拍手が巻き起こる。テトラは歓声に、スカートの裾を摘まんで、左足を引き軽く頭を垂れて答える。
テトラはすぐに体勢を直すと俺の背を押す。俺は歓声なりやまぬフロアから逃げるように二階に上がった。
*****
一階の熱気とは違い、二階はヒンヤリとした静まり返った空気が漂っていた。
テトラの事前説明では、三階以上にギルド職員が作業しているフロアがあり、二階は応接室や会議室などになっているとのこと。
一階の喧騒が聞こえてこないようにするための緩衝材的なフロアなのだろう。防音の魔導具を用意するより、物理的に空間を隔てた方が経済的なのかな。
周囲を確認していると、テトラがポンポンと肩を叩いてくる。見るとテトラの細い指が日に焼けた張り紙を指差していた。
「一番、奥の部屋が"蒐集師"ギルドみたいだわ」
「……ずっと張り替えてない張り紙が、蒐集師の立場を表してそーだな」
「まあね。厄介者扱いされているのは間違いないとからね。建前上、冒険者の前身職みたいなところがあるから場所は貸してやっている、イヤなら出てけって事なんでしょうね」
俺とテトラは顔を見合わせると苦笑し、フロアの奥に進む。一応掃除をされているが随分と雑で、あちこちに埃が溜まっている。実際、二階は使ってないんだろうな。
俺とテトラは、一番奥のドアで立ち止まる。ドアに書かれている文字をテトラに確認してもらい、蒐集師ギルドの部屋であることを確認する。
一度、深呼吸してから、俺はドアをノックする。
――コン、コン、コン、コン
フロアが静かなため、やけにノックの音が大きく響く。ごくり、と生唾を飲み込んで返事を待つ。緊張でドクン、ドクン、と心臓が大きく跳ね続け、手には脂汗が滲む。
努めて平静な呼吸を繰り返して、俺は待機する。肩越しにテトラの様子を確認すると、微動だにしないプロフェッショナルな待機をしていた。さすが見た目はメイド。
十分くらい待っていたが、部屋から反応はなし。でも、部屋の中には人の気配はありそうな気がする。
「……入ってみる?」
「そうね。どのみち、ここ以外に行く場所もないわ」
俺は意を決してドアノブに手を掛ける。鍵がかかっていないドアノブは特に抵抗もなく回る。
ゆっくりとドアを押して、俺たちは中に入る。
「し、しつれいしまーす……」
「失礼します」
部屋の中は、カビと埃の臭いが漂っていた。書類や書籍、素材が散乱している。山積みになっているものは少ないけれど、足の踏み場は殆どない。
部屋の奥の安っぽいデスクに、耳の長い女性が座っていた。病的な白い肌に手入れをしていない伸びっぱなしでボサボサの金髪。青い瞳が分厚いメガネの向こう側に見える。
「あらー、聞き違いかー、粗暴な冒険者のイタズラと思ったのに違っていたのねー。いらっしゃいませー。先に教えておくけどー、冒険者志望ならー、受付は一階よー。諸々の手続きがしたいならー、三階に行ってねー。ギルドの見学ならーこれもー、一階の受付ねー」
手にしている巻物から一度だけ目を離してこちらを一瞥した女性は、間延びした声で定型文を口にする。
俺とテトラの反応を確認する様子もない。俺は困惑してテトラに視線を送ると、彼女も同じように困惑していた。
シノさんが準備した紹介状を上着のポケットから取り出し、俺は女性につき出す。
「"蒐集師"の登録に来ました」
「え?」
俺の言葉に女性は巻物から顔をあげると硬直していた。メガネのずり下がった姿は、ギャグマンガのワンシーンのようだった。
「えーっと、あたしのことーおちょくってます?」
ずり下がったメガネの位置を直しながら、エルフ耳の女性は尋ねてくる。
俺はちゃんと口にしたのに、女性は完全に疑っている。俺が胡散臭いのか、今まで散々冷やかされたのか。後者だと信じたい。
「いや、だから"蒐集師"の登録に来たんです。これが紹介状です」
シノさんから渡された封書を、女性の目の前――いろんな書類や本や巻物が積み重なった山を避けて――に再度、突き出す。
女性は呆けた様子のまま、封書を受けとる。大丈夫だろうか。
「もう一度、いいますよー。ここはーギルドのー最果て、"蒐集師"のギルドのスペースですよー」
「わかってます。わかっているので、早く処理してください。私たちは暇ではないんです」
「ひぃ! 確認してるだけなのにー、睨まないでくださいよー」
「……私の顔は生まれつきです」
俺の後ろから一歩前に出てテトラが女性に声をかける。表情はいつも通りだけど、若干視線が鋭い気がする。凛とした雰囲気も、いつも以上に鋭さを感じる。
何度も確認する女性にテトラもイラッとしているのだろうか。
女性はテトラの視線にビクビクしながら、受け取った封書を確認する。女性の目が大きく見開かれ、金魚のように口をパクパクし始めた。
「こ、こ、これは、アキツシマ様の紋章じゃないのー! な、な、なんで、あなたたちが持っているのー!」
「俺はシノさんの工房で世話になってます」
「私はお師様の弟子です」
「うそでしょー! 面倒くさがりで、弟子もとらないことで有名な方なのにー!」
女性の尋常ではない驚き方。錬金術師ギルドもそうだったけど、シノさんは過去に何をやらかしたんだろうか。
叫びすぎて酸欠になったのか、女性はぐったりと椅子の背もたれに体を預ける。しばらく待つとノロノロと復活する。不健康そうなオーラが三割ほど増した気がする。
「と、とにかくー、蒐集師希望者とー、アキツシマ様の弟子という事実はー、なんとかー受け入れましたー。物凄くー不本意ですけどー」
「……そこまで不満があるのなら、お師様をよびますよ」
「ひぃ! そ、それだけはー、やめてくださいー」
テトラの脅しに、怯えきった表情で、ガタガタ震え始める女性。テトラは満足そうに「フフフッ」と小さく笑っている。
おいおい、話が進まないだろ……。
「ちゃちゃっと処理してくれれば、シノさんは呼びません。だから、蒐集師の登録をお願いします。どんな課題をこなせば登録してもらえるんですか?」
「課題? そんなものあるわけないですよー。蒐集師はー誰でも名乗れる職なんですよー」
「マジで?」
「マジマジですー。そもそも特別な職なら、廃れたりしないはずでしょー」
「……それはそうかも」
女性の言葉にテトラがウンウンと頷いて納得する。
そーだよな。ただ素材を集めるだけなら、冒険者でもいいわけだし。
「まー、上級者はー、ただ素材を集められればー、なれるわけじゃないけどねー。昔はー『才無き者が蒐集師になり、才有る者でなければ極められぬのが蒐集師』と言われていたんだけどねー」
「謎解き? 才能が有れば他の職に就くからってことか?」
「さぁーねー。それはキミが蒐集師になってー、わかるかもねー」
ドヤ顔になる女性にイラッとくる。テトラも同じ心境なのか、ムッとしている。
女性は俺たちの様子など気にせず、たどたどしい手つきで、封書を開けていた。
「えーっとー、ソーマ、リンタローで、いいかなー。大陸的に読むならー、リンタロー=ソーマかなー。いやはや久々にー扶桑文字をー読んだよー。さすがはーアキツシマ様ねー。細かいところにー、ヒトを試すよーなこと、仕込むのわー」
「はい、相馬凛太郎で間違いないです」
「そっちの子は、違うのよねー?」
「私は錬金術師です。シノ=アキツシマの弟子と先に言ったはずですが」
「か、確認しただけじゃないー。睨まないでよー。リンタローくんはー、この名簿に署名してねー。あっとはー、ギルドカードに、血を一滴たらしてー登録してー……、あれ? ギルドカードを読み取る魔導具はー、どこかしらー」
女性は折れに羽根ペンと表紙が色褪せた名簿を押し付けると、ゴソゴソと何かを探し始めた。
俺は受け取った名簿を確認することにする。名簿のページの端はボロボロで、いつから使っているのかわからない。紐――スピンが挟まっているページを開くと、何も書かれていなかった。ページの回りは黄ばんでいるが、名前を書く部分は白いままだった。
名前を書いていいのか分からず、俺は前のページを捲ってみる。罫線などがないため、個人個人で書きやすい大きさで名前を書いているみたいだった。最低限、守られているのは一行に一名って事くらいかな。
俺は使い慣れない羽根ペンに苦労しながら"相馬 凛太郎"と書き込む。あまり字を書くのは得意ではないが、気を遣って書いたお陰で、なかなか綺麗に書けた。
「へー、リンタローの名前って、扶桑文字で、そう書くのね。凛は、私には書けない気がする」
名簿の名前を眺めていると、テトラが俺の左肩越しに名簿を覗き込んできた。細い指で、"凛"の字を突っつく。
ドアップのテトラの顔。睫がめっちゃ長い。柔らかい金髪が俺の頬を撫で、彼女の息づかいが伝わってくる。
ドクンドクン、と心臓が跳ね始めた。ヤバいテトラ可愛い。緊張で頭に血が上って沸騰しそうだ。
無意識にテトラの頬に右手が伸びかけ、慌てて左手で掴まえる。
静まれ、俺。いまはそんな時間じゃないだろ。
「えーっと、リンタローくん、ギルドカードに垂らす血はー、一滴で十分よー」
「へ? うおっ!」
女性の声で、俺は手元のギルドカードを見る。ギルドカードは、真っ赤な血で染まっていた。
「り、リンタロー、鼻血! ハンカチーフで鼻血拭いて、鼻を押さえて!」
「わ、わりぃ……」
テトラから渡されたハンカチーフで垂れている血を拭い、鼻を指で摘まむようにして圧迫する。
ギルドカードのお陰で、名簿に血がつかなかったのが不幸中の幸いだった。
「ちょっとー、リンタローくんのギルドカード、貸してねー。……血がいっぱいついたけどー、登録はー問題ないみたいねー」
「あ、ありがとうございます」
女性は、受け取ったギルドカードを手元の装置――魔導具で確認したあと、血を布で綺麗に拭き取ってから俺に返す。
出会ったばかりの女性に鼻血のついたカードを渡し、綺麗に拭き取ってから返してもらうとか、どんな羞恥プレイだよ。
「とりあえず、登録は完了よー。あとはリンタローくんの腕前が上がればー、魔導具の贈呈とかあるわー。気が向いたときにー、自分で採取した素材をー持ってきてねー」
「分かりました……」
こうして、俺の締まらない蒐集師ギルド登録は終わった。シノさんの工房に帰り着くまで、女性の素性を尋ね忘れていることに気づかない俺だった。




