013.再チャレンジ①
アキツシマ錬金術工房、リリーシェル錬成室。そこに俺、テトラ、シノさんの三人でいた。
俺の視線の先には、錬金術の下準備を行うテトラの姿がある。シノさんは揺り椅子に座りながら、彼女の姿を眺めている。
テトラは俺たちに見守られながら、手際よく錬成の準備を整えていく。
「まずは、カミーレ草……」
俺が素材の保管庫から運んできたカミーレ草に手を伸ばす。
テトラは、茎から葉をちぎり、真剣な眼差しで一枚一枚を選別していく。色がおかしいもの、枯れているもの、虫に食われているものなど、彼女の基準で品質をチェックする。
全ての葉をチェックし終えると、ふぅー、と小さく息を吐いて一息入れるテトラ。 そして選んだカミーレ草の葉を小指の先くらいの大きさの千切っていく。
「次が、タレハ草……」
カミーレ草と同じように、品質が良いものを選別するテトラ。その間に俺は手桶に水を張り、テトラのそばに置く。
「ありがとう、リンタロー」
「お礼はいいよ。テトラは作業に集中してなよ」
俺の言葉にテトラは微笑むと、コクリと頷く。
選別したタレハ草の根を、手桶の水で丁寧に洗って泥を落とす。洗い終わったタレハ草はよく乾いた布で優しく水分を拭き取る。
前回、錬成の下準備をやったときは、その作業は行っていなかったはず。
シノさんを確認すると、嬉しそうに目を細めていた。
ということは、テトラの増やした手順は正解なのかな。
錬金術は素材を分解して再構成を行う。
以前、シノさんが話していたことを俺なりに理解して整理すると、分解と再構成を完璧に制御できれば、不要なものを除くことが可能。その場合、テトラがやっているような下準備は不要になる。
でも、そのためには使う素材を完璧に理解する必要になるが、素材の一つ一つの違いを完璧に把握して理解するなんて、到底無理。だから下準備で素材を可能な限り均一化することは、錬成の成功率や品質を上げるために必要な工程となる。
テトラが、自分で考え、面倒くさがらずに、丁寧に素材を処理していく姿に、シノさんは錬金術師としての成長を感じているのかもしれない。
俺はテトラが作業をしている間に、薬研を準備する。テトラの邪魔にならないように、極力音を立てないように動くことを心がける。
テトラのそばに薬研を置くと、カタッと小さな音が出る。音を立てない脳内任務失敗に、俺は舌打ちしかけて、慌てて止める。
音で俺の行動に気づいたテトラは、笑顔で小さく会釈する。俺も会釈で返す。
テトラと出会ってから日が浅いけれど、俺のことを少しは信頼してくれてるような彼女の気配に、自然と頬が弛んでしまう。
テトラは薬研車を手に取ると、体重を乗せながら、ゆっくりと薬研車を動かす。しばらくすると、彼女は額にうっすらと汗を滲ませ始める。
俺はポケットに入れていたハンカチ(洗濯済み)を取り出して、テトラの汗を拭う。彼女から俺の行動に対して不快そうな気配はなく、ホッと安堵する。同時に妙な気配を感じて振り返ると、シノさんがニヤニヤと愉快そうに笑っていた。
何かあったときにネタにされそうだけど、今はテトラが錬成を成功させることが優先。シノさんについては務めて意識から除外することにする。
「……下準備、完了。リンタロー、補助ありがとね」
「気にすんな。それが俺の役目だからな」
俺はニッと笑ってみせる。それを見て、テトラは頬を弛ませる。
テトラは大きく深く息を吸うと、静かにゆっくりと吐く。そして、表情を引き締める。彼女の凛とした雰囲気に、俺も身なりを正す。
「錬成を、始めます」
「うむ。妾にとくと見せてみよ」
錬成陣は前回から大きな変更はない。水の入ったビーカーを錬成陣の中央に置くと攪拌棒で混ぜながら、カミーレ草の葉とタレハ草の根を入れる。
前回同様、ビーカーの中身は"野草が混じった汚い水"に変わっていた。
テトラは慌てず、騒がず、平静を保ち、ソッと錬成陣に指先を触れる。
ゆっくりと、ゆっくりと、テトラの身体の芯から、何かが導かれていく。
チリチリとした熱い何か――これが魔力というやつなのだろうか。
テトラは魔力が暴れ出さないように、慎重に、慎重に錬成陣に魔力を注いでいく。伝わってくる緊迫感に俺は無意識に唾を飲む。
「あと少し。このまま、錬成陣に――」
下唇を噛みながら、堪えるテトラ。俺は握り拳を作り、声を出さすに彼女に声援を送る。
次の瞬間、バチッ! という弾ける音を、俺は身体で感じた。
「――ッ! 繋がった!」
指先から流れ出す魔力。
そして、魔力に充たされていく錬成陣。
錬成陣から燐光が放たれ、宙に舞い始める。
宙を舞っていた燐光が、錬成陣の中央に置かれたビーカーを包み込む。
燐光はビーカーの中身に溶け込み、ビーカーの中身自体が光を帯始める。
――蒼い錬成光
「うむ、良き色じゃ。錬金術師が、己の意思で分解・再構成を成した場合に放たれる錬成光じゃ」
そう呟くとシノさんは満足そうに頷いていた。
前回の錬成時は発生しなかった温かくも意思を感じる光に、俺は見入ってしまう。
時間にすれば、ほんの一瞬だったかもしれない。錬成光が収まるとビーカーの中身は淡い赤色の液体に変わっていた。
「……出来た?」
「うむ。良き錬成じゃ。精進したな、テトラよ」
「うはっ! これが錬金術か! すげぇな、テトラって!」
わずかに弾んだ声音のシノさん。興奮を隠しきれない俺。
呆けていたテトラだったが、じわじわと思考が現実に追い付いていく。
フルフルと体を震わせながら、テトラは両拳を天井に突き上げる。
「やったーーー!」
瞳を潤ませながら、テトラは叫んだのだった。




