012.初級ポーションとは②
「どーするべきかなー……」
時間は昼下がり。シノさんの工房から追い出されたものの、俺は行く当てに困り途方にくれる。
唯一の救いは、シノさんからもらったお小遣いだ。銀貨で三枚で、シノさんとの認識あわせをした結果、だいたい日本円で三万円くらい。魔術的な仕掛けが施され、偽造とか出来ないそうだ。
惜しむ素振りもなく、三万円をポンと手渡せるなんて、シノさんはかなりのブルジョワではなかろうか。
「金銭感覚を身に付けるためには、買い物してみるのが一番だろうけど、やりたいことはあるんだよな」
わざと口に出して、自分に再認識させる。このままでは、小遣いにうかれて散財して目的を見失ってしまいそうだからだ。
一人でシノさんの工房から出た理由は一つ、テトラだ。
昼時になっても戻って来なかったので、学園寮に戻っている可能性も捨てきれない。が、初めての錬成に失敗して、落ち込んでいそうだったし、心配はつきない。
「勢いよく工房を飛び出して行ったから、何かしら思い付いたことがあったんだと思うけど……。どこに行ったかが問題だよな。素材はまだ残っているから街の外には出てないはずだけどなー」
土地勘のない人間が、人を探すって結構無理ゲーだよな。工房を出るまでは、なんとかなると自信があったんだけどな。
「おーっと、そこ行く少年はソーマ君じゃないか」
唐突に響く女の子の声。俺はビクつきながら周囲を確認する。石畳で整備されたメインストリートの向こう側で、腕がもげそうな勢いで手を振る女の子がいた。
それは、"ワイルドベアーの巣穴"の看板娘、アリシアさんだった。彼女は肩を出したパステルイエローのワンピースぽい格好をしていた。
アリシアさんは、左右の様子を確認し、馬車の往来がないタイミングを見計らって、ダッシュする。
グレーの髪の三つ編みが尻尾のようにぴょんぴょん跳ねている。なんか大型犬を彷彿させる。
軽く息を切らせながら、アリシアさんは、俺のすぐそばで急停止する。
「やあやあ、ソーマ君。ここで会ったが、ご機嫌よう。めっずらしい場所であったね。って、シノ様はいないし、テトラっちもいないのか。今日は一人でお遣いかい?」
「こんにちわ、ヴォレットさん」
「おっーと、ソーマ君。それはあまりにも他人行儀じゃないかい。お姉さんは、悲しくなっちゃうよ」
アリシアさんは、大袈裟な仕草で懐からハンカチーフを取り出して、目元を拭うような動きをする。
どう見ても演技なのに、周囲がざわついた気がした。俺が小心者だから、そう感じたわけじゃない、たぶん。
「え、あ、なら……アリシアさんで」
「さん付けかー。距離を感じるけれど、さん付けの方が、お姉さんぽくもあるな……。よし、それ採用で」
大きな琥珀色の瞳を輝かせながら、楽しそうに笑うアリシアさん。裏表のない明るい笑顔に、俺もつられて笑ってしまう。
ちらりと周囲を確認すると、アリシアさんの笑顔が伝播して、笑顔になった通行人が多数いた。
アリシアさん、スゲぇ。
「さって、話を戻そうか。ソーマ君は何してるんだい?」
「人探し、かな。アリシアさんは、同い年くらいの女の子が足を運びそうな場所って、わかります?」
「ソーマ君、それは、わたしを暗に女の子っぽくないって指摘してるのかな?」
「へ? いやいや、そんなことは微塵も考えてないです! アリシアさんは十分、可愛い女子です!」
「プッ、ハハハハハッ! ソーマ君は、可愛い反応してくれるね。お姉さんは、そんなソーマ君にメロメロだよ」
お腹を抱えて笑うアリシアさん。
仕方ないじゃないか、登場時のウソ泣きで、俺の精神力は、すでにいっばいいっぱいなんだよ。過剰反応は致し方ないんだよ。
「いやー、ソーマ君は逸材だね。じゃ、お姉さんらしく真面目に答えちゃうよ。最近、学園女子が足を運んでいるのは、"浜辺のピクシーガーデン"かな。新作のフルーツタルトが大人気。でも、デートに使うならおすすめは出来ないかな。学園生で、溢れかえっているからねー」
「えーっと、もうちょい騒がしくなさそうな場所は、ありませんか?」
「うんうん、そーだよね。賑やかな場所で過ごすのも良いけれど、静かな雰囲気がある場所も捨てがたいよね。そんなソーマ君には"灰色シルフ"がイチオシかな。生涯一冒険者を誓ったマスターが、奥さんに一目惚れして始めた喫茶店さ。マスターが現役時代に築いたコネクションをフル活用して、品質と値段バランスを保ってくれているから、懐の寂しい学園生でも通いやすいお店なんだよ。マスターの入れる豆茶と奥さんの手作りケーキの組み合わせは最高の逸品なんだよ」
一気に捲し立てるアリシアさん。俺が相づちを打つ暇すらない。しかし、表情をコロコロ変えながら、話すアリシアさんの姿は見ていて飽きない。
「と、わたしのオススメを話したけれど、テトラっちいないと思うよ。ソーマ君の探し人って、テトラっちでしょ」
「へ、いや、その、なんで、テトラだと思ったんですか?」
「ソーマ君、バルトブルグに来て、日が浅いでしょ。シノ様とテトラっち以外の知り合いいるの?」
「い、いないです……」
痛いところを突かれた。別に俺はコミュ障じゃない。単に外出して人と知り合う機会がなかっただけだ。本気出せば百人くらい簡単に知り合いが作れる、はず。
「落ち込まない、落ち込まない。わたしはソーマ君のこと気に入ってるから、知り合いにカウントして大丈夫だよ」
「あ、ありがとうございます」
「いやいや、お礼を言われると照れちゃうね。んで、ソーマ君が一番欲しい情報を、どどーん、と大公開。テトラっちは、錬金術師ギルドに入っていくところを見たよ」
「ちょ! わかっているなら、最初に言ってくださいよ」
「それが出来なかったんだよ、ソーマ君とコミニュケーションをとりたかった乙女心が邪魔してね」
ハハハッ、と楽しそうに笑うアリシアさん。なんとなくだが、シノさんとアリシアさんは、物凄く気が合う仲な気がする。
俺はアリシアさんに、お礼をのべて、錬金術師ギルドに向かうことにする。
*****
「ありがとうございました。あ、リンタロー」
「良かった、見つかった……」
錬金術師ギルドに何とかたどり着いた俺をテトラがすぐに見つけてくれた。
首をかしげるテトラに、俺は安堵のため息をつく。
現在位置と錬金術師ギルドの位置が脳内でマッピングされていないため、軽く迷子になった。
アリシアさんのハイテンションについていく自信がなくて、挨拶して別れたけど、道案内を頼むべきだったと本気で後悔した
「なんでリンタローがギルドにいるの? 店番は?」
「店はシノさんが閉めてたよ。やることなくなったから、街を散策がてらテトラを探していたんだ」
「リンタロー……頭、大丈夫? バルトブルグの広さを考えたら、闇雲に人を探しても見つかる確率なんてゼロだと思うよ」
「冷静につっこまなくてもいいだろ。何とかなりそうな気がしたんだよ、最初は」
「ということは、無謀なことに気づいたのね」
テトラは、肩をすくめて、ため息をこぼす。追加で俺にダメな子って感じ視線を向けてくる。
反論したいところをグッと我慢する。
「とにかく、こうしてテトラに遭遇できたんだし、問題なしだろ」
「まー、そうですね」
「だから、憐れみるような目はやめてくれ……」
「ふふふっ、リンタローの気のせいじゃない?」
口元を隠して上品に笑うテトラ。
初級ボーションの錬成に失敗して、落ち込んでいると思ったけど、俺の予想よりは元気そうだ。
テトラの笑顔に、俺は無意識に口の端が持ち上がってしまう。
さて、問題はここからだよな。テトラに如何にして"錬成"を"理解"させるかだ。魔力ゼロの俺では、錬金術を使って見せることは出来ない。
可能な限り自然な感じで、テトラがイメージ出来るようにしたい。個体を液体に溶かすような……。
フッと頭に蘇るアリシアさんの言葉。"灰色シルフ"。
俺は深呼吸して心を落ち着かせる。元の世界でやったことがない行為を前に、一瞬で心が荒ぶりそうになる。
「り、リンタロー、なんだか顔が怖いのだけど……」
「て、テトラは"灰色シルフ"って、知ってますデスカ?」
「いきなりどうしたの。"灰色シルフ"って、港区にある喫茶店のこと? 割とリーズナブルで、学園生でも入りやすいと聞いたことはあるわ。元冒険者がやっている店は、粗暴そうだから足を運んだ事はないけれどね」
「なら、ちょうどいい。今から"灰色シルフ"に行こう!」
俺の提案にテトラは、かすかに驚いた様だった。彼女はワンピース遅れて「んー」と呟きながら考え込む。
テトラの反応がもどかしく、心臓がドキドキと鳴ってしまう。
「リンタローがバルトブルグに慣れるにはいいか。うん、"灰色シルフ"に行こう」
「マジか、ヨッシャ!」
反射的にガッツポーズが出た。いつの間にか握りしめてた拳を開くと汗でグッチョリ湿っていた。
俺は戦いに勝ったんだ。勝利の余韻に浸っている俺を、テトラが苦笑いしながら見つめていた。
そんなの関係ねぇ! 俺は心の中で叫んだ。
*****
飾り気のない建物――"灰色シルフ"――のドアをくぐると、無愛想を絵に描いたような店長がカウンターから俺とテトラをギロリ、と睨んでくる。
レストランのウェイターのような格好――白いワイシャツに黒のベストとスラックス――をしているが、筋肉が隠しきれてきない。筋肉な隆起がハッキリわかる。
全身から放たれる凄みに、俺の額に脂汗が滲んでくる。
"ワイルドベアーの巣穴"のガルムのおっちゃんといい、"灰色シルフ"の店長といい、飲食店に過剰な戦闘力を保持しているのは何でだ? 冒険者が酔って暴れたり、食い逃げしたときの対策か?
俺は、足が震えださないように必死に堪える。
「いらっしゃい。二人か?」
「は、はい、そうでシュ」
思わず噛んだ。店長の気分を害して、店から叩き出されないかとビクビクしてしまう。
俺の心配をよそに、店長は六割ほど埋まっている店内を見渡す。客層は半分が冒険者、残りの半分が一般客と学生が少しという感じだった。
「そうだな、席は……奥の方がいいだろう。マーシェ、案内を頼む」
「はい、了解よ。お二人さん、ついておいで」
店長の巨体の影から、ヒョッコリと美人が現れた。白い肌に翡翠色の瞳、緩やかなウェーブがかった深緑の長い髪。そして目を引く尖った耳。エルフ――異世界では長耳――族だ。
思わず目を奪われ、アリシアさんが話してくれた「店長が一目惚れして冒険者を辞めた」という逸話もなっとくできた。
「ゴホンッ!」
「は、はい、ついていきます」
店長のわざとらしい咳払いに、俺は我に返る。クスクスと笑う店長の奥さんの後についていく。肩越しなテトラの様子を確認すると不満そうに頬を膨らませていた。
……やべぇ。エルフ美人に男が贖えるわけがない、と言い訳するのは、燃料投下だよな。
背中にチクチクした視線を感じながら、案内された一番奥のテーブル席に座る。
「注文が決まったら、呼んでね」
「あ、注文は決まってます。豆茶と手作りケーキでお願いします」
「あら、そうなの。じゃあ、ラッキーだったわね。手作りケーキは残り少なかったから、あと少し遅かったら売り切れていたわ。準備するから、待っててね」
注文まで終わらせることが出来て、ホッと胸を撫で下ろす。壁に掛けられていた板がメニューっぼいけど、選ぼうにも文字が読めないから、断られたらどうしようかと思ったよ。
でも、まだ安心できないんだよな。
対面に姿勢良く座るテトラから漂う不満そうなオーラ。
「随分と手際が良いわね。通ってるの、店員さん目当てで」
「な、なわけあるか。初めて来たんだよ」
「ふーん、ならメニュー知ってるの?」
「……正直に白状すると、アリシアさんから教えてもらったんだ。店長が冒険者を辞めて求婚した奥さんが超美人って聞いたときに」
「アリシアさんって"ワイルドベアーの巣"の?」
「うん、そう。シノさんに連れていってもらった時に知り合ったんだ」
タイミングよく、店長の奥さんが豆茶とケーキを持ってきてくれた。まだ疑いの気配は残っているが、テトラは渋々納得した様だった。
さて、ここからが本題だ。
「唐突だけど……テトラは錬成するときに、どんなことをイメージしている?」
「イメージ? 成功するように、完成品――この前だと初級ポーションをイメージしていたわ」
「やっぱりか」
完成品をイメージするのは間違いじゃない、たぶん。ただ完成品をイメージするだけでは錬成陣が意図した様に動作しないんだと思う。
素材から完成品になる過程も必要なんだと思う。
「……リンタローは、なにか気づいたの? 錬金術、使えないのに?」
「たぶんな。錬金術は使えないけど、ハズレじゃないはず」
「冗談でしょ」
さっきとは違うテトラの気配。ギュッと口を結んで、俺を睨んでくる。彼女から伝わってくるのは怒り、とは違う気がする。
俺は「ふぅー」と深呼吸すると、豆茶のそそがれたカップをテーブルの真ん中に移動させる。
「深く考える必要はないんだと思う。ここにミルクも砂糖も入っていない豆茶がある。これを甘くクリーミーにしたい場合、テトラはどうする?」
「……砂糖とミルクをいれる」
「うん、その通り。んじゃ、入れてみると――」
俺は豆茶についてきた砂糖壷とミルク壷を手に取る。大袈裟な仕草で、豆茶にミルクを滴し、砂糖を入れ、スプーンでゆっくりと豆茶を撹拌する。
テトラはジッと豆茶を睨み続けている。
豆茶は黒から焦げ茶色にかわり、ふわりと甘い香りがする。
「……これが何?」
「見ての通り。俺が使える限りの錬金術だよ」
「バ――」
反射的に声をあげたテトラを手で制する。ちらり、と周囲を確認すると他の客が睨んでいた。
「……カにしてるの?」
「してないよ。豆茶にミルクを混ぜ、砂糖を溶かす。スゴいことに豆茶とミルクと砂糖に戻すことは出来ないんだぜ」
柳眉を寄せて俺と豆茶を交互に睨むテトラ。
「豆茶が水、ミルクがカミーレ草、砂糖がタレハ草。混ぜた後が初級ポーションってわけ。ここで重要なのは砂糖。豆茶に入れる前は粒々だけど、溶けてわからなくなるだろ。つまり、錬成でも同じことをする必要があるってわけ」
「カミーレ草やタレハ草を溶かしてわからなくする……」
「そそ、ただかき混ぜるんじゃなくて、溶かしてわからなくするイメージが必要だと俺は思うんだ。テトラは錬成する過程が"理解"できてなかったから、"再構成"がうまく出来なかったんだと思う」
一瞬、呆けるテトラ。すぐにハッとした表情になる。
「すぐ試してみ――」
「それはあとで」
俺は立ち上がろうとしたテトラの肩を掴んで押さえる。不満そうにテトラが睨みあげてくる。
「リンタロー、何で邪魔するのよ」
「なんでって、豆茶もケーキも手をつけてないからだよ」
テトラはテーブルの上の豆茶とケーキに目を落とす。物凄く真剣な顔で悩んだ彼女は、ストンと椅子に腰を下ろす。
すぐにケーキを食べ始めたテトラに苦笑しながら、俺もケーキを食べ始める。
ドライフルーツが入ったパウンドケーキは、程よい甘さで豆茶によく合いそうだった。悔やむことがあるとすれば、テトラに説明する際、豆茶に大量に砂糖を混ぜたことだった。
次、機会があれば砂糖なし豆茶とケーキを食べると俺は心に誓うのだった。




