012.初級ポーションとは①@テトラ
「初級ポーションとは、綺麗な水と体力回復の効能がある薬草と怪我に効能のある薬草を組み合わせ、錬成して作る魔導具の一種。初歩的な魔導具で、錬金術師ならば誰でも一度は錬成することになる。自由都市バルトブルグ周辺では、カミーレ草とタレハ草の組み合わせが一般的なレシピになる」
私は手にしていた資料に書かれていた内容を読み上げる。
人の気配のない錬金術師ギルドの資料室兼図書室に私の声がやけに大きく響くが気にしない。貸切状態なので、誰の迷惑にもならないはず。
ふーっ、と息を吐きながら、天井を仰ぐ。
書かれている内容は理解できる。でも、リンタローが指摘していた初級ポーションの理解とは違う気がする。
視線をテーブルに戻すと、保管棚から持ってきた山積みの資料が目の映る。全てポーションに関する資料で、目を通してみたが、先程の資料と記載されている内容は大差がなかった。
「……分からない。"理解・分解・再構成"が錬金術の基本であり、極意。でも、初級ポーションの理解ってなに? 中堅以下の冒険者がお世話になっている魔導具? ギルドに登録したての錬金術師が、日銭を稼ぐために作る霊薬? 一般住民でも家に一つ常備していれば安心の薬?」
初級ポーションについて、私は思い付くままに口にしてみる。そのどれもが真理に程遠いことだけは、私でも理解できる。
むー、と口をへの字に曲げて私は唸る。
錬成が失敗した原因の糸口が掴めないことに苛立ちが募ってしまう。
何となくだけど、リンタローは何か気づいてた気がする。錬金術が使えないリンタローに先を越されている感じがして悔しい。
私は気合を入れて、再び資料に目を落とす。
「ふふふっ、何かきっかけが掴めそうかしら? 根の詰めすぎは身体に毒ですよー」
「あ、ミリーさん。すみません、急に入室許可をお願いしてしまって……」
「気にしなくていいのよー。それがギルド職員のお仕事だからー」
いつの間にかギルド職員のミリーさんが、私の座るテーブル席の前に立っていた。
一応、武術の心得があるので、不意に私に近づく気配があれば気づけるのだけれど、ミリーさんだけは、今のように接近を許してしまう。
私より年上のはずだけど、小柄で童顔で可愛いミリーさん。見た目通りの天然で、時折不可解な動きをする。それが私の張り巡らせたセンサーを見事に掻い潜ることに繋がっているようだった。
もしここが実家なら、ミリーさんの気配に気づけなかった時点で地獄の猛特く――そこで私は頭を振って考えを振り払う。私はシノ=アキツシマに師事する見習い錬金術師。ミリーさんの気配に気づけなくても何ら問題ない。
私の行動に、大きな目を更に大きくして驚いていた。すぐに落ち着きを取り戻した彼女は、大きな目をクリクリと動かして、テーブルの上の資料を確認する。そして、タタッという足取りで私のすぐ横に立つと、私の開いている資料を覗き込む。
ワンテンポ遅れて、ポンと柏手を打つミリーさん。
「リリーシェルさん、ギルドの登録試験を始めたんですね。順調ですか?」
「順調……とは、言いがたいです」
私は一瞬、言い淀む。それだけで何かを察した様なミリーさん。さすがはギルド職員と言ったところかもしれない。
んー、と唸りながら、何かを考え込むミリーさん。
ミリーさんはギルド職員だけど、錬金術師でもある。だから初級ポーションの作り方も熟知していると思う。もしかすると初級ポーションで悩む理由が理解できないとか思われているかもしれない。
私は才能がないのかな……。
「リリーシェルさんは、アキツシマさんに錬成について、教えてもらってますか?」
「一度だけ……教えてもらいました……。教えてもらったんですが……」
失敗しました、と口に出すことが憚られた。私は下唇を噛みながら俯く。
何で成功しなかったんだろう。
不意にポンポン、と柔らかくて温かい感触が頭に生まれる。顔を上げるとミリーさんが私の頭を撫でていた。
「リリーシェルさん、失敗したことに気を病んではいけません。これからリリーシェルさんが錬金術師として生きていくのであれば、数えきれない失敗をすることになります。錬成に失敗することは恥ではないですよ」
「……でも……せっかく師匠が直接、教えてくださったのに……。成功させたかったんです」
「不安な気持ちは、わたしもよく分かります。わたしも師匠にとって、出来の良い弟子ではなかったので。師匠には、ずいぶんと迷惑をかけてましたよ」
「……失望、されませんでしたか?」
私の言葉に、ミリーさんがコロコロと笑い始める。想定していなかった反応に、私は戸惑ってしまう。
ひとしきり笑ったミリーさんは、目尻に滲んだ涙を指で拭いながら、私の顔を見る。
「す、すみません。わ、わたしも師匠に似たようなことを尋ねたことがありましたよ。まさか自分が口にした言葉を他の人から聞くとは思っていなかったので、驚きよりも昔の自分も今のリリーシェルさんみたいだったんだろうなって。師匠はわたしの扱いに、本当に困っただろうなって思ったら、笑いが込み上げてきて――」
再び笑い始めるミリーさん。その屈託のない笑う姿に、私の沈んでいた気持ちが少し晴れる。先ほどよりは早く笑いが収まったミリーさんは、フーッと息を吐いてから、身なりを整えて、私に向き直る。
「リリーシェルさんは、わたしの弟子ではないし、師匠に縁があるわけでもありません。でも、わたしが師匠に言われた言葉を貴女に贈りましょう。『馬鹿か、お前は。世界の真理を探求し続けることと、お前のドジをフォローし続けること。どっちが困難か一目瞭然だろう。未熟者は未熟者らしく失敗して、成功に一歩でも近づけ』と。全ての錬金術師が同じように弟子を扱っているわけではありませんが、少なくともアキツシマさんは、弟子であるリリーシェルさんに、愛情を持って接していらっしゃると思いますよ」
その言葉を聞いて、私の視界はいつの間にか涙に滲んでいた。
ミリーさんが、スッとハンカチを差し出してくれた。私は受け取ると頬を伝う涙を拭う。彼女は更に私に右手を差し出す。そこには親指の先くらいの大きさの飴玉が乗っていた。
「わたし特製ハニージンジャーキャンディです。疲労回復効果のある薬草も混ぜて錬成した評判の品ですよ。疲れたときは甘いもので疲労回復、気分転換です」
「あ、ありがとうございます」
ニコニコと微笑むミリーさんに促され、私は飴玉を包み紙から取り出して口に放り込む。コロコロと飴玉を口の中で転がすと、蜂蜜の甘さに、生姜の痺れるような刺激が生まれる。そして薬膳のような香りが鼻腔を通り過ぎていく。
即効性のある薬の類ではないだろうけど、心が軽くなった気がした。
「美味しいでしょ」
「はい、とても。これはミリーさんが錬成したんですか?」
「そうよ。といっても、わたしは最前線でバリバリ錬成している錬金術師に、品質は足元にも及ばないけどね」
「そんなことないです。すごく美味しいし、元気が出ました」
「ふふふっ、お世辞でも嬉しいわ。さて、今日はそろそろお開きにしましょう根の詰めすぎはよくないから」
「はい、分かりました」
ミリーさんの言葉に、私は素直に返事をする。
さっきまでの沈んだ気持ちが嘘のようだった。気がつけば、私は工房を掃除している時のように鼻歌を口ずさみながら、資料を片付けていた。




