011.初錬成の結果①
外の喧騒から切り離されたような静寂が、アキツシマ工房の一階店舗フロアを満たしていた。奥の方から店の入り口の方を見ると、等間隔に棚が並べられ、整然と魔導具が並べられているのが見える。
いつから棚に鎮座しているか分からない魔導具ばかりだが、テトラがこまめに掃除しているので、埃が積もっていることもない。
来店客が殆どいないにも関わらず、店内を綺麗に掃除し続けるテトラは、健気と思う反面、頑固者とも思ってしまう。
俺は豆茶――この世界のコーヒー――の入ったマグカップを手に、テトラの定位置である精算カウンターに近づく。
「ほら、豆茶だよ。砂糖を二杯、ミルクを少し垂らしてる。これでも飲んで、そろそろ機嫌を治してよ」
「……納得いかない」
精算カウンターに覆い被さるように伏していたテトラが不満そうな声を上げる。露骨な感情の発露を抑える傾向にある彼女が、全身で不満を表現しているのは珍しいかもしれない。
テトラが精算カウンターから、体を引き剥がすようにして、上半身を起こす。彼女の頬は膨らんでいて小動物的な可愛さがあった。俺は衝動的に頭を撫でたくなるが、手にしていたマグカップに救われる。
ふぅーと深呼吸をしてから、俺はテトラのマグカップを手渡す。
テトラは頬を膨らませたまま、豆茶を啜る。ほろ苦い芳醇な香りがいっそう濃く漂ってくる。彼女はホッと息を吐いて頬を弛ませるが、俺の視線に気づくと頬を膨らませる。
その可愛らしい仕草に、笑いそうになってしまうが、俺は豆茶を飲んで誤魔化す。
テトラとは違い、砂糖もミルクも入れていない豆茶の苦味と渋味が口内に広がり、酸味が後を追う。テトラの可愛さに瀕死同然だった俺の平常心が息を吹き返す。
「初めての錬成だから、失敗しても仕方がないと思う。でも、素材は水とカミーレ草、タレハ草の三つだけ。複雑な錬成陣が必要でもない。なのに、出来たのが"野草が混じった汚い水"なのよ。そんなの子どもがママゴトで作れるレベルのものよ。錬成して出来上がったことが納得いかないわ」
テトラは精算カウンターに頬杖をつく。そして、手を伸ばせばギリギリ届く範囲に追いやられたビーカーを睨みつける。
ゴミを錬成したけれど、初めて錬成した記念品(?)でもあるから、捨てたくても捨てれない、そんな心境なんだろうな。
俺は苦笑しながら、ビーカーを手に取ると、目線の高さまで持ち上げる。
ビーカーは、テトラが口にしたように"野草が混じった汚い水"が一番しっくりくる液体で充たされている。
水に素材の草を入れて、かき混ぜただけ。魔力がなくて、錬金術が使えない俺でも作れそうなクオリティーだ。
「んー、端で見てたけど、素材の下準備は問題なかった気がする。テトラは錬成陣に気づいたことはあるか?」
「……ない。錬成陣について、色々と考察できるほど、場数を踏んでいないもの」
「まー、仕方ないか。トライ・アンド・エラーで出てきた問題点を潰すことが成功に繋がるから、試行回数が足りてないのはしゃーない」
「私が錬金術師ギルドに正式登録されるのは十年後とかになるのよ……」
「そんなに時間かかるわけないだろ。テトラの錬成陣をシノさんが見たときの雰囲気だと、的外れな錬成陣になってたわけじゃなさそーなんだよな」
いぢけるテトラを眺めながら、俺は豆茶を一口啜り、錬金術が成功しなかった原因を考察する。
錬金術は理解・分解・再構成が大事とテトラが言っていた。ポーションを作る上で、理解・分解・再構成を考えた場合、どうなるのか? そもそも異世界人である俺は、ポーションについてゲームで出てくる回復アイテム程度の認識しかない。その程度の認識で、上手くポーションが錬成出来るのだろうか。
「……改めて確認だけど、初級ポーションって何?」
「服用すると、体力を回復させて、軽度の傷や打ち身なども治してくれる。傷口に直接振りかけると回復スピードがあがる。急にどうしたの、リンタロー」
「理解・分解・再構成が大事って言ってただろ。初級ポーションがどんなものか、テトラは完璧に理解してる?」
「それはもちろ――」
反射的に答えようとしたテトラだったが、言葉を飲み込む。彼女は精算カウンターから身を起こして、考え込む。
言葉に詰まったテトラの姿に、俺は思惑通りでニヤニヤ笑いが出てきてしまう。さりげなくヒントを与えて導いてる感は、できる男ぽくてカッコいい。
俺の反応に気づき、テトラは唇を尖らせる。
「知ってそうで、知らないことって多いだろ。初級ポーションが、その効果が何故あるのか知らないだろ」
「……たしかに」
「俺の想像だと、カミーレ草とタレハ草に含まれている成分が重要だと思うんだ。その二つを良い具合に合成して、水に均一に溶かすと出きると思うんだ」
「リンタロー、お金の計算は大丈夫よね?」
「計算はできるけど……」
「なら、お店番をお願いね。金額は値札に全部書いてあるから」
テトラは精算カウンターを、ひらりと飛び越えて身を翻す。ふわりと舞うスカートに、俺は反射的に視線を逸らす。俺が視線を戻した時には、テトラが店の入り口のドアをくぐった後だった。
呼び鈴とドアの閉まる音を聞きながら、俺は呆けてしまう。
どんな動きをすれば、あの一瞬で店の外まで移動できるんだろう。
「俺、異世界の数字、読めないんだけど……」
俺はテトラに伝えそびれたことを呟きながら、精算カウンターの席に座る。
店内の静寂に、俺の欠伸が大きく響くのだった。




