91.冒険の一幕で
「リンタロー、そっち言った!」
「わかった! 任せろ!」
テトラの突撃を躱したオーガに、俺は肉薄する。
『GROOOOOOO!』
テトラと比べて俺の方が弱く見えたのか、オーガが無骨な棍棒を、思いっきり振り下ろしてくる。
暴風の様な風切音。
昔の俺なら致命傷確実な一撃。
「悪いね。そんな大振りでは無理だよ」
棍棒の軌道に合わせるように、軽く刀を振るう。
ギィン、と鈍い音ともに、棍棒は大きく軌道がそれ、ドォン! と大きな音と土煙を上げて地面を叩く。
何が起きたのか理解できないオーガ。
俺は、呆けているオーガの隙を突いて、胸に刺突する。
刀から伝わってくる感触は慣れてきたけれど、反射的に僅かに眉を寄せてしまう。
素早く位置を移動しながら、刀をオーガから抜く。
ついさっきまで俺がいた辺りに、オーガから吹き出した鮮血が降り注ぐ。
「お見事だね、リンタロー。もう返り血を浴びることも滅多にないね」
「春陽さんに毎日しごかれたからね。さすがに一年もしごかれたら、並の冒険者程度には戦えるようになるよ」
テトラの褒め言葉に苦笑しながら、俺は周囲の気配を探る。
開けた平野に膝辺りまで伸びた雑草。少し遠くに生い茂る木々。
ざわざわと木々が風に揺れる気配はあるが、周囲に魔物の気配はない。
俺は、刀を振るう――血振りをしてから納刀し、一度息を吐いて気を静める。
「テトラ、〝キングオーガの角〟を採取して帰ろう。いつ他の魔物が戻ってくるかわからないし」
「そだね。ササッと終わらせて帰ろう。お師様の世話をリッカに任せると、リッカが廃人になっちゃう」
「……うん、マジで六花が廃人になる前に帰ろう。シノさんの自堕落ぶりは、目に毒だから」
俺とテトラは顔を見合わせて、どちらからともなく乾いた笑い声をこぼしてしまう。
一族で、ずっと崇め奉られていた土地神――シノさんが、神として然とした姿を見せていれば問題はなかった、たぶん。
「リッカの表情が、キラキラしていたのは一週間無かった。お師様、マジ自堕落。もう少し規律正しく錬金術師として活動して欲しい」
「日に日に六花の顔が憔悴していったからなぁ。氏神として崇め奉っていた存在――シノさんのそばで生活が出来て、幸せの絶頂からの反動がね……」
アキツシマ錬金工房で、自堕落なシノさんの姿を目撃する度に、何とも言えない表情で肩を落とす六花の姿に、いたたまれない気持ちになってしまう。
物陰で深い溜息をつく六花を何度目撃したことか。
「……リンタローも原因」
「へ? なんでさ?」
「お師様を甘やかせ過ぎ。シュンヨーも。もっとお師様を働かせて。私が工房に来れない日とお師様にちょっとした家事やらせるべき」
ジト目で睨んでくるテトラ。
俺はシノさんの使徒だから、甲斐甲斐しく世話する義務がある、たぶん。
春陽さんは、千蔭の記憶を垣間見て、シノさんが自堕落なことを知っていたようで、せっせと扶桑料理を振る舞っている。最近は、大陸の料理もいくつかシノさんに振る舞っており、好評だ。
「リーンーターロー〜〜〜」
「は、はいっ!」
「お師様を甘やかせ過ぎない。わかった?」
「ぜ、善処します」
頬を膨らませながら、俺の鼻先に人差し指を突きつけてくるテトラ。
真っ直ぐに俺を見つめてくるテトラの青い瞳に、俺は思わずドキリとしてしまう。
錬金術の素材集めなどもあり、長く一緒に過ごすことが増えたけれど、誰が見てもテトラは美少女だ。
慣れたと言っても、距離が近ければ、いまだに緊張してしまう。
「もー、口だけでなく、行動に表してよね、リンタロー」
「――っ!」
テトラの指が俺の鼻先をピン、と弾く。
いたずらっ子の様な笑みを浮かべなら、トトン、と離れるテトラ。
サラサラの金髪が宙を流れ、俺は鼻先の痛みも忘れて一瞬見とれてしまう。
「……善処は、する」
「うん、期待しとく」
誤魔化すように返事をした俺に、テトラは満面の笑みを返してくる。
シノさんとテトラに板挟みにされ、右往左往する未来の自分の姿が容易に想像できたが、仕方ないよな。
「……リンタロー?」
「な、なんでもない、なんでもない。それより、シノさんの〝課題〟クリアのための素材はどれくらい集まったの?」
「……んー、五分の一くらい、かな」
唐突すぎる話題の振り方に、テトラは怪訝そうな顔をしたが、少し考える素振りを見せると、首を傾げながら教えてくれる。
人差し指で頬をポンポンと叩くように動かしながら、答えるテトラの姿は可愛すぎる。
「思ったより集まってないね。結構な量を採取したと思っていたけど」
「失敗することを考慮して、ひとつひとつの素材を多めに集めてるから。街から近い場所で採取できる素材はあらかた集めてしまったから、本格的に冒険しないといけないかも」
「そっかー。シノさんの課題だし、その辺で集めて終わりじゃないか。寂しくなるね」
「ん? なんで?」
俺の言葉にテトラが首を傾げる。
冒険者として、素材を求めて世界中を冒険する流れで、今みたいに頻繁に顔を合わせることは無くなると思ったのだけど。
俺が答えに窮していると、テトラが再び頬を膨らませる。
「もしかして、リンタローは、私が街から出ていくとか思ってない? 冒険者には拠点とする街があるし、そもそも私一人で冒険しないわよ」
「へ? なんで?」
思考が追いつかず、俺は同じ返事を繰り返してしまう。
「学園の卒業までは、あと一年あるし、その間にリンタローは、シュンヨーに鍛えられてもっと強くなる。一緒に冒険して、素材は〝蒐集師〟のリンタローが、採取する。完ぺき!」
「いやいやいや、そうはならんでしょ」
慌てて反論を試みると、テトラの顔が曇る。
同時に俺の心にグサリと鋭い痛みが走る。
俺が狼狽えるより早く、テトラの追撃がくる。彼女は瞳を潤ませ、上目遣いで俺を見つめてくる。
「……リンタローは、私と冒険するの嫌?」
「そ、そんなことはない! テトラと冒険するのは楽しいから!」
反射的にかかとを揃えて直立し、俺は大声で答えてしまう。
抵抗することすら出来なかった。いや、男なら誰でも俺のように即答するはず。
「良かった。リンタロー、これからもよろしくね」
「ああ、こちらこ――っ!」
俺が話し終わる前に、空気を震わせる咆哮と共に、無数の足音が地面を揺らす。
慌てて周囲を探ると土埃を舞い上げながら無数の魔物がこちらに向かってきていた。
「もう、リンタローが大声あげるから」
「俺が全面的に悪いけど、さっさと逃げ――」
「リンタロー、〝キングオーガの角〟、任せた。魔物は私に任せて」
ピン、と耳の赤い宝玉をあしらったピアス――魔眼封じの魔導具を弾く。同時に神の恩恵――未来視の魔眼を解放したテトラの瞳が淡く輝く。
そのままテトラは砲弾のような勢いで、魔物の大群に突っ込んでいく。
「止める間もない、ってやつか。本気出したテトラが、この辺の魔物に負けるとは思わないけど、さっさと素材採取を終わらせてトンズラするか」
俺は大立ち回りを始めるテトラを横目に、肩を竦めると、さっさと目的の素材を採取することにした。
俺の採取が終わるより早く、テトラが魔物を殲滅したのは言うまでもなかった。
***
元の世界に戻るかどうかは、テトラが超一流の錬金術師に成長するまで先送りすることにした。
俺はこの世界で、シノさんとテトラに振り回されながら生きていくことにした。
お読みいただきありがとうございます。
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なんとなく書きたいことは書けた様な気がするので、とりあえず完結することにしました。
途中でエタりかけましたが、なんとか書き続けることが出来て嬉しい限りです。
次回作があるのであれば、今度こそ設定をちゃんと考えてプロットとか準備してやりたいと思います(たぶん無理)。
読んでいただいた方すべてに感謝を。