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90.月夜に……

 草木も眠る丑三つ時……ではないけれど、夜も更け、窓から差し込む月の光に照らされたリビングで、俺は一息つく。

 静かな空間に、緑茶の香りだけが広がっていた。


「ズズズッ……落ち着くー」


 ふぅー、と息を吐く。

 静かな空間に、お茶の爽やかな香りだけが広がっていくような錯覚に、元の世界を思い出してしまう。

 ここ最近は、慌ただしくて元の世界を思い出すこともめっきりと減っていた。

 ふわり、と花の蜜のような甘い香りが不意に混じる。


「妾も一杯いただくのじゃ」

「はいはい。すぐに用意するので、座って待ってください」


 音もなくリビングに現れたシノさん。

 もう慣れたもので、俺は驚くことなく、彼女の分のお茶を用意し、春陽さんから貰ったお菓子――金平糖をお茶漬けに、一緒に出す。

 シノさんは、雑に湯飲みを手に取ると、「ズズズッ」と、美味しそうにお茶を啜り、金平糖を綺麗な指で摘むとポイポイと口に放り込む。

 ガリガリッとシノさんが金平糖を噛む音が、やけに大きく聞こえた。

 しばらく、お茶を啜る音と金平糖を噛む音だけが月夜に響く。

 どれくらいの時間が過ぎただろうか、どちらともなく椅子に座り直して、俺とシノさんは向き合う。


「さてさて、妾の素性が知れたことで、聞きたいこともあるじゃろう、凛太郎よ」


 スッと細められた双眸。輝く黄金の瞳が全てを見透かしているようだった。

 厳かな気配に、俺は反射的に息を呑んでしまう。

 一呼吸置いてから、俺はシノさんに改めて尋ねる。


「……シノさんは、神様なんですか?」

「然り。と言っても、末席も末席じゃがな」

「末席、ですか?」

「そうじゃ。妾のような〝土地神〟は、世界が創られ、安定した後に仕方なく産まれたからの。創世期から存在する神に比べれば、紛い物と言って良いくらいじゃ」


 シノさんの口調は軽いものの、声からはズッシリとした重みを感じ取ることが出来た。


「世界から神が去り、その重み(・・)を失った世界は、均衡を失い、もろく崩れ去る。それを防ぐために、力を持つ存在に神格を与え、重石にするわけじゃ。かくいう妾も現在扶桑がある辺りで、ブイブイいわせておったら、神格を持つに至ったわけじゃ」


 フッとどこか遠くを見つめシノさん。

 今、扶桑がある辺りってことは、国が建国される前ってことだろうか。

 尋ねることは無粋な気がして、俺は質問を控えようと思った次の瞬間、バチーン! とシノさんが自分の右拳を左手に打ち付けていた。

 彼女は柳眉をわ寄せて、ギリギリと歯ぎしりをする。

 見目麗しい女性が見せて良い姿ではない気がする。


「あの糞ったれどもが……ちょっとチカラが上だからといって――」


 ブツブツと呟くシノさんから、ドス黒いオーラが滲み出している。

 前に神様のことを〝くそったれ〟とか言ってたし、過去に何かあったのだろうか?

 話題を振って藪蛇になるのも嫌なので、俺はシノさんが落ち着くまで待つことにする。

 シノさんは、バチーン! バチーン! と右拳を左手に何度か打ち付けた後、深呼吸をしてから仕切り直しをする。


「……と、まあ、妾は扶桑で土地神だったわけじゃが、ヒトの醜い部分を眺めるのに飽きて、出奔わけじゃ。紆余曲折を経て、王国で錬金術師を営むことになったのじゃ。扶桑の頃と違い、面倒事を避けるために、極力ヒトに関わらぬようにしながら過ごしておった」

「……この世界に俺が転移してきたことに気づいて助けてくれたのは、神様だったからですか?」

「単に気まぐれじゃ。別に神格をあてがわれる前から、〝世界を渡るモノ〟の気配を感じ取るぐらい容易なことじゃ。神として助けた方が良かったかえ?」

「神様だから助けたって言われるより全然いいです」


 シノさんが自分を義務的に助けてないことに、何故かホッとしてしまう。

 俺は一度息を吐いて、一番確認したいことを口にする。


「俺は、元の世界に戻れるんですか?」

「……可能性はあるのじゃ」


 少し間をおいて、シノさんが答えた。

 真っ直ぐに俺を見つめる彼女の黄金の瞳に、俺は気圧されてしまう。


「シノさんは、神様なんでしょう。なら、神様の凄い力で元の世界に俺を戻すことも出来るんじゃないですか?」

「出来る(くそったれ)は、おるかもしれぬが、妾――土地神程度の神に、そんな力はないのじゃ。時や空間を操るのが得意な土地神ならば、出来るかもしれぬが……」


 得意分野次第ということかな。

 シノさんの言い方に、少し引っかかりを覚える。


「得意分野でも、俺を元の世界に戻すのは難しいと?」

「そうじゃな。妾が得意としている領域ではないので確かなことは言えぬが、今の凛太郎(・・・・・)を転移させることは難儀しそうじゃ。この世界上ならば、問題はないんじゃろうがな」

「俺が……原因なんですか?」

「そうじゃ。端的に言ってしまえば、凛太郎はヒトでありながら、ヒトより僅かばかり存在質量が重うなっておるのじゃ」

「それって、つまり、俺は……人を超えた存在になったと」


 人を超えた存在。

 なんとも厨二病な言葉に、俺の内で眠っていた厨二病魂が刺激される。

 異世界転生しても、何のチートも貰えなかった俺が、ここから成り上がることになるわけか!

 テンションの上がる俺を、シノさんの冷たい視線が射抜く。


「……はじめの頃に言うたはずだが、凛太郎に特別な力は何もないのじゃ。ほんの少しヒトより存在質量があるだけじゃ。魔力が(ゼロ)の体質が変化することもないのじゃ」

「……少し、夢を見させてくれてもいいのでは?」

「叶う可能性がわずかでもあるのであれば、夢見ることは良いことじゃ。生きる原動力になるからの。叶わぬ夢を見せても時間の無駄じゃ」


 バッサリと切り捨てるシノさん。

 彼女の言っていることは正しいけれど、少し夢を持たせて欲しい男心を分かって欲しい。

 俺は気持ちを切り替えて、シノさんが改めて話をしてきた理由を確認することにする。


「俺の存在質量が少しだけ増えたのは理解しました。それが、俺の目標――元の世界に戻ることに影響するんですか?」

「そうじゃ。力ある存在が好き勝手に移動できぬようにする一種の安全装置じゃな。ヒト程度の存在ならば大した影響はないが、ヒトの枠を超えるとそうもいかぬ」

「俺はヒトを逸脱するような能力は持ってません。それでもですか?」

「ああ、そうじゃ」

「……それなら、例えばクォートのような人を逸脱したような能力を持った場合も制限に引っかかるんですか?」

「ヒトを逸脱した能力があったとて、存在自体がヒトを超えているわけではないのじゃ。存在自体の重さと能力は無関係なのじゃ。まあ、能力がきっかけとなって、ヒトの枠を超える事はあるがの」


 理不尽だ。

 俺は反射的に思ってしまう。

 何のチート能力もないのに、存在重量はヒトを超えている。チートみたいな能力があるクォートが存在重量はヒトのまま。

 全くもって不公平だ。


「最初に言うておらぬが、そもそも〝世界を渡る〟事が出来たことが稀有な才能なのじゃぞ。普通ならば、世界を渡る際に分解されて、元の世界に還元されるからの」

「ぶ、分解っ!」

「そうじゃぞ。そして、世界を構成する重要な要素の一つになる。それはヒトが魔素やマナと呼んでいるモノじゃな」


 こんな会話で、サラリと重要な情報をぶち込んでくるのは、本気で止めて欲しい。

 俺の心情を察しているのか、シノさんは少し楽しそうな顔をしている。

 分解して世界に還るって、異世界転移耐性なければ即死じゃないか。

 少し背中に薄ら寒いものを感じ、俺は身震いシてしまう。


「まあ、生きとし生けるもの、死せば世界に還元されるものじゃ。さして恐怖するようなことではないのじゃ。――話を戻すと、別世界へ転移する難易度が、ヒトの枠を僅かばかり超えてしもうた凛太郎の場合は、跳ね上がってしまうのじゃ」

「それって、俺が元の世界に戻れないことを踏まえて、願望が叶うかもしれない魔導具(マジックアイテム)――虹の雫を錬成することを提案したんですか?」

「先ほども言うたが、可能性が(ゼロ)に時間を使わせるのは無駄の極みじゃろ。そんな事させるくらいならば、この世界に順応させる事に時間を使わせるのじゃ。僅かであろうが、虹の雫なら、元の世界に戻れる可能性があると考えたのじゃ」


 シノさんの言葉に、俺は少し安堵する。


「なら、シノさんが虹の雫を錬成してくれれば、話が早かったんじゃないですか?」

「妾では、錬成することができぬのじゃ。正確に言うと、虹の雫の様な高度な錬成になるほど、妾の神性が邪魔するのじゃ。妾が錬成したところで、世界のどこにいようとも呪い殺す様な物騒な魔導具しか出来ぬよ」


 口の端を持ち上げて小さく笑うシノさん。

 心臓を鷲掴みされた様な、得体のしれない威圧的に、一瞬呼吸が止まってしまう。

 シノさんは、すぐに表情を戻す。先ほどの威圧感は嘘のように消え去った。


「何にせよ、魔導具などを噛ませて、凛太郎が世界を渡っておったのならば、存在重量が変わることもなく、元の世界に送り返すことも容易だったかもしれんのじゃ。既に存在重量が変わってしまった凛太郎を魔導具を用いて、元の世界に送り返そうとしたところで、成功率が著しく下がってしまうのは、隠しようもない事実じゃ」

「……それは、分解されて、俺はこの世界に還るというわけですか?」

「分からぬ。転移に成功するかもしれぬし、単に転移を失敗するだけかもしれぬし、分解されてこの世界に還るかもしれぬ。凛太郎を拾ったすぐは、どの結果になろうとも良いと思ったのが、妾の正直な気持ちじゃ」


 シノさんは、独り言の様に呟く。

 ふぅー、と彼女は息を吐き、一区切り入れる。


「今は凛太郎を失いたくないと切に思うておるのじゃ。凛太郎、妾に仕えぬか?」

「仕えるって、テトラみたいに弟子になるってことですか?」

「違うのじゃ。テトラは、あくまでも〝錬金術師〟としての妾と師弟関係を結んでいるだけじゃ。凛太郎には、〝土地神〟としての妾との関係じゃ」

「……下僕ってことですか?」

「違うのじゃ! その様な下品なものではないのじゃ!」


 俺の質問に、シノさんは声を荒げる。


「使徒じゃ、使徒! そうすれば、凛太郎は文字通り(・・・・)にヒトを超えた存在になるのじゃ!」


 シノさんは、胸を張り、ふくよかな双丘を築き上げるようにして、言い切る。

 ふん、と彼女は自信気な顔をしているが、TPO――Time(時)、Place(場所)、Occasion(場面)――に即した雰囲気と表情をして欲しい。

 神様なら神様らしい神秘的なオーラとか出して欲しい。

 ぶっちゃけ、下僕と使徒の違いが分からない。どちらも仕える人の面倒をみることには変わりないのでは?

 普段の自堕落なシノさんの姿を思い出していると、彼女がジト目で俺を睨んでいた。


「……凛太郎は、妾の使徒になるのが、そんなに嫌なのかえ?」

「――っ!」


 少し拗ねたようなシノさんが、潤んだ瞳で俺を見上げてくる。

 突然の切り替え。

 破壊力抜群な表情に、俺の心は撃ち抜かれて、危うく昇天するところだった。

 なんとか瀕死で意識を保った俺。全力で褒められて良いと思う。


「い、いえ、そ、そんなことは! 滅相もございません!」

「本当かえ?」

「は、はいっ!」


 俺は反射的に背筋を伸ばして返事をしてしまう。


「フフフッ、良き良きじゃ」


 柔らかく笑うシノさん。

 ぐうかわ。

 今後、シノさんの身の回りの世話を全て押し付けられたとしても、男なら誰でも色良い返事しか出来ないはず。


「明日から、ビシビシ鍛えてあげるので覚悟するのじゃぞ」

「……使徒になったら、紋章とかが浮かんできて、超絶パワーアップとかじゃないんですか?」

「そんな都合良い話があるわけないじゃろ。まあ、古い(くそったれ)の使徒なら可能性はあるかもしれんがな。凛太郎はヒトとしての枠を超えているので、鍛えればいずれヒトを超えた力を手に入れる、かもしれぬ」

「……確定事項じゃないんですか?」

「金剛石も、そのままでは石ころと変わらぬ。宝石とした加工してこそ、美しくなるのじゃぞ。凛太郎は原石じゃ。どの様になるかは今後の努力次第というわけじゃな。ま、妾は凛太郎を信じているので、何の心配もしておらぬがな」


 そうやって、嬉しそうに笑うシノさん。

 俺は覚悟を決めることにする。

 元の世界に戻れない可能性は高いけど、まずはこの世界で立派に生きていこう。



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