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88.事後処理?

 騒動から三日が過ぎた深夜――


「妾が許すのじゃ、楽にせい」


 アキツシマ錬金工房の地下――時代劇で目にする様な大広間――にシノさんの声が響く。

 彼女の尊大な物言いに、俺は反射的に(こうべ)を垂れる。

 俺と同じ様にシノさんの脇に控えるテトラも頭を垂れていた。

 さらに対面の一段低くなったフロアには、高貴そうなオーラを漂わせている人たちがいる。

 クォート、ルドルフさんは、顔見知りだから良いけれど、ロロ様と髭の立派な中年の男性。あとは――


「テトラ、元気そうで、何よりです」

「……お母様もご壮健で」


 テトラが硬い表情のまま、言葉を返す。

 彼女と良く似た金髪に青い瞳。ともすれば姉と言えそうに若々しく見えるが、彼女の言葉通り、母親なのだろう。

 よくよく見ると、テトラの母親のすぐ後ろにリズとラズが控えていた。


「お初にお目にかかります、アキツシマ様。私はカラミティア=リリーシェルでございます。そこのバカ娘の母親でございます」

「ハッハッハ、妾を前にしてその態度。気に入ったのじゃ。さすがはバカ弟子の母御(ははご)じゃの。この場にそぐわぬ話は捨て置くところじゃったが……許すのじゃ。話したいことがあるじゃろ」

「アキツシマ様、お心遣い感謝いたします。では――」


 テトラの母親――カラミティアさんが、目を閉じると喉の調子を確かめて、静かに息を吸う。

 シノさんに負けじと劣らない胸部の双丘が一回り高くなった気がした。

 次の瞬間――


『このバカ娘っ! 何年も実家に寄り付かないで心配ばかりかけて! 無事なら無事で! やりたい事があるならあるで! 実家に顔くらい見せにきなさい!』


 無防備なところへ想像を絶する大音量。

 俺は一瞬意識が遠のいてしまう。

 というか、淑女な雰囲気を漂わせていたカラミティアさんが、空間を震わせるほどの大声を出すなんて、予想できてたまるか。

 余波でチカチカする視界で、俺は周囲の様子を確認する。

 シノさんと俺を除くその場にいた全員が、しっかりと耳を塞いで顔を顰めていた。シノさんは特に動かず涼し気な顔をしているので魔導具(マジックアイテム)で、カラミティアさんの大声を防いだのかもしれない。

 マジかよ。

 みんなカラミティアさんが大声出すって予想してたのかよ。

 クォートを見ると「すまん」とでも言うように、苦笑いをしながら片手を上げて合図を送ってきた。


「だ、だって、私は出来損ないで……リリーシェル家は、騎士の家系だから……」

「リリーシェル家は、剣を振るう以外は出来ない脳筋一族と言いたいの? リリーシェルの歴史の中で、剣以外の道に進んだご先祖様がいないといいたいの?」

「ち、ちが……」

「まあ、リリーシェル家で、剣以外の道に進んだ者で、名を馳せたものは皆無に等しいわね」


 慌てふためくテトラに対し、カラミティアさんは手で口元を隠しながら上品に笑う。先ほどの大声が嘘のようだ。

 カラミティアさんは咳払いをしてから、姿勢を正し、まっすぐにテトラを見る。

 張り詰めるような緊張感はないが、自然と筋を伸ばしてしまうような、清廉な気配がカラミティアさんを中心に広がってゆく。


「――テトラ」

「……はい」


 テトラも姿勢を正し、まっすぐにカラミティアさんを見る。


「貴女について、誰がどの様な評価をつけようと、貴女は私の自慢の娘です。貴女が剣を握ることがなくなったとしてもそれは変わりません」

「……ありが、とうございます」

「それは、私の言葉です。貴女が生まれてきてくれたこと。貴女が無事に生きてること。それが私は堪らなく嬉しい。テトラ、ありがとう」

「――っ! お母様っ!」


 弾かれたように、テトラがカラミティアさんに駆け寄り、飛びつく。

 カラミティアさんは体幹を揺らすことなく、砲弾のように飛んできたテトラを抱き締める。

 泣きじゃくるテトラの頭を、カラミティアさんは優しく撫でる。


「アキツシマ様、ご配慮ありがとうございました。しばらくは煩くしてしまうでしょうが、私どものことは気にせず、お話をお進めください」

「ハッハッハ、良いのじゃ良いのじゃ。実に良いのじゃ。母御――いや、カラミティアとやら、後ほど酒を交わそうぞ。うまい酒が飲めそうじゃ。そうじゃ、久々にシャルとルドルフも同席してかまわんのぞ」


 急に話題を振られ、髭の立派な中年の男性――シャルさんとルドルフさんの体がビクッ!と動く。

 二人は視線を一瞬かわすと、恭しく頭を下げる。


「そんな畏れ多い……」

「師匠、私は下戸ですので……」


 絶対に同席しないという強い意志を二人から感じる。

 過去に何かあったのか? いや、シノさんだし、何かない方がおかしいか。

 二人の返答に少し不満げなシノさんを見て、シャルさんが慌てて声をあげる。


「アキツシマ公、今回の件についてだが……」

「おお、そうじゃったな。シャル、()()く申せ」


 シノさんの興味が移ったことに、ルドルフさんが安堵のため息をついたことを俺は見逃さなかった。


「今回の騒動は、一部の者が扶桑皇国からの宣戦布告と主張していたが、全て余が握り潰した。便乗してクーデターを企てる腐った貴族たちには、ほとほと愛想が尽きた。先々代から、いずれ目を覚ますと慈悲をかけたが、徒労に終わった。副団長、仔細をアキツシマ公へ申せ」

「御意。今回の乱痴気騒ぎについて、王国騎士団で『大規模侵略に対する訓練』として、国内外に公布する。貴族向けに『王族に不満を抱く貴族を一掃するために、騎士団が仕掛けた罠に不敬な輩が引っかかった』、『王国に忠誠を誓い直した者は恩赦された』と噂をばら撒く算段になっている」

「まあまあ、妥当なやり口じゃな。上に立つ者の懐の広さを見せつけるのは、使い古された手だが、効果的じゃな」


 さもつまらない、と言うようにシノさんは嘆息する。

 シノさんの反応は予想通りだったのか、シャルさんとルドルフさんは、小さく苦笑いをしていた。

 まあ、シノさんなら「根切りじゃ」とか言い出しそうだもんな。禍根は塵芥も残さない、みたいな。


「で、あやつらは、どうするのじゃ?」

「扶桑の民三名は、アキツシマ師関係者として処理させてもらった。本件の首謀者、シュンヨーは、アキツシマ師から伺った事情を考慮した。まあ、もっとも今回の件で、我輩が処分を猶予していた、腐った連中を一掃する機会を作った功績で、無罪放免にしても良かったと我輩は思っているが、王がそれでは体裁をなさないと申されてな」

「当たり前の話だ。クォートの言い分は、理解できるが国として、処分しないわけにはいくまい」


 クォートの視線に、シャルさんが捕捉する。って王とか言わなかったか、今。

 俺の動揺に気づいたのか、シノさんが小言でシレッと「シャル坊は現レヴァール国王じゃ」と教えてくれた。

 そいう大事なことは最初に教えて欲しい。

 俺がシャルさん――レヴァール国王にひれ伏すべきか俺が本気で悩んでしまう。


「リンタローとやら、この場は非公式だ。無礼を許す。それに貴殿は、ロロから学友と聞いている。学友の父親と思え」

「は、はいっ!」


 反射的に五体投地をしてしまいそうになるが、グッと堪えてから、俺は国王に返事する。


「無罪放免は、端から期待しておらんのじゃ。処罰を早ういうのじゃ」

「王国としては、アキツシマ師とことを構えることはしないし、したくない。なので、国内に留まるのであれば、〝忠義の腕輪〟をつけてもらうことになる。無論、プライバシーについては配慮する」

「ほほう、ずいぶんとゆるい処罰じゃな」

「死刑や国外追放等、検討に検討を重ねさせてもらった。最終的に、我輩が『アキツシマ師の機嫌を損なうくらいなら、アキツシマ師に丸投げした方がマシ』と提案したら通った」

「ハッハッハ、悪ガキ(クォート)はよく分かっておるの。国を傾けるくらい妾には訳無いからの」


 シノさんの反応を見て安堵する国王。ルドルフさんは、青い顔で表情を緩ませながら、お腹を手で押さえていた。ルドルフさんの胃が致命傷を免れて良かった。


「明日日の出る頃に、拘束していた三名を釈放予定だが、アキツシマ錬金工房(ここ)に、連れてきて問題ないか?」

「ああ、構わないのじゃ。凛太郎、任せたのじゃ」


 日の出の時間帯なら、シノさんは爆睡している。俺は苦笑しながら、大役を仰せつかった。

 しばし他愛もない雑談をして、肩の荷が下りたような顔をした国王とルドルフさんを見送って解散となった。



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