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86.決闘②

 スゥーッと気持ちの高ぶりが鎮まっていくような感覚。

 血の気が引いていくとも違う。

 状況に開き直ったとも違う、気がする。

 ただただ冷静に状況を受け入れた俺がいる。

 ZONE(ゾーン)に入った、とでも言うべきだろうか。

 冷静な自分が自分を俯瞰して見ているような感覚がある。

 千蔭(ちかげ)と俺の力量差は歴然。


 この戦いから逃げ出すのか?


 俺が俺に問いかけてくる。

 愚問だ。

 逃げ出す選択肢は、元から存在しない。

 シノさんは、俺が勝つと言ってくれた。

 テトラは、俺が勝つと信じてくれた。

 二人の言葉を現実にするために、俺はこの場に立っている。


「少々、小僧ノ実力を過小評価しすギていたようダナ。褒美ダ、武人として相手ヲしてヤロうぞ」


 千蔭はそう告げると、どこからともなく取り出した鞘に黒刀を納める。

 チィン、と澄んだ金属音が鳴り、千蔭は納刀した黒刀を腰帯に差す。


「今から見せルのは、私ノ國デ生み出さレ、研ぎ澄まされテいった妙技ダヨ」


 千蔭の柔らかな声音。

 同時にゾクリとした悪寒が背中を這いずる。


(ノルンっ!)

――がってン、主様(マスター)


 時間感覚が引き伸ばされていく。

 音が消え去り、静寂な空間に変わっていく。

 千蔭が放つであろう抜刀術を回避することに全力を尽くす。


「貴■、何■■タ――」


 千蔭が何かを言っている。

 同時に首にチクリとした鋭い痛み。

 それで千蔭の抜刀術を回避したことを察する。

 ノルンに身体能力を強化してもらっているのに、千蔭の放った抜刀術は黒刀を抜く初動すら俺の目で捉えることが出来なかった。


――主様、次ガきますっ!

(やっぱり一撃で終わってくれないか。ノルン、力を貸して)

――御意デす! 主様、負荷が上がりまス! 気張ってくたサイ!


「う、ぐッ…」


 不意に声が洩れる。

 頭の奥がチリチリと痛み、俺は奥歯を噛み締めて耐える。

 疑似魔術の反動だと身構えても、長く耐えれるとは思えない。


「■様、許■■――」


 千蔭の様子に意識を割いている余裕は無く、俺は目を見開いて、彼の挙動に集中する。


 ひとつ、ふたつ、みっつ――


 納刀せずに、次々と繰り出される斬撃。

 引き伸ばされた時間の中でもハッキリと視認することが出来ない神速の斬撃。

 肌を刃が斬り裂く痛みが、脳に絶え間なく伝わってくる。


――主様!

(まだ……大丈夫……だから!)


 本来の時間感覚ならば、数秒にも満たないだろう。

 引き伸ばされた時間感覚の中で、俺は水中をもがく様にして、切れ間なく襲ってくる黒刀を回避し続ける。

 黒刀は淡い燐光の尾を残しながら、縦横無尽に空間を斬り裂いていく。

 燐光に埋め尽くされていく視界。

 永遠とも感じる時間の中で、俺は必死に食らいついていく。


(まだ、終わらない……のか……)


 疑似魔術で強化された全身の筋肉が軋み、疑似魔術回路に流される魔力に、脳が悲鳴を上げている。

 絶え間なく鋭痛が、千蔭の振るう黒刀をかろうじて回避していることを伝えてくる。


――主様、いったン立て直しヲ……

(ダメだ! ここで引いたら、飲み込まれる! ノルン、耐えてくれ!)

――でも! このままデは!


 ノルンから不安や苦しみが伝わってくる。

 俺の心体が限界に近づいているのは理解している。

 ここで、無理やり千蔭の連撃を止めたとして、俺が攻勢に転じることは難しい。

 ノルンの力で疑似魔術を行使し、身体能力を引き上げても、俺と千蔭には絶望的な力量差がある。

 だからこそ、俺が出来るのは、最高のタイミングで、最高の一撃を千蔭に叩き込む――カウンターしかない。


「■■■! ■■■――」


 静寂に変わる空間で、視界には映る景色から色が失われていく。

 千蔭の攻撃を回避し続けるために、色彩を判断する処理さえ、省かないと脳が判断したのだろうか。

 研ぎ澄まされていく俺の感覚が、徐々に千蔭の斬撃を認識する。

 黒刀の剣先が産毛を撫でる。

 ゆっくりと迫る黒刀の腹に軽く手の甲を当てて軌道を逸らす。

 千蔭の表情が怒りから驚愕へ変わっていく。

 気づけば絶え間なく続いていた鋭痛は止まっていた。


――主様……


 ノルンの声さえも遠くに聞こえる。

 俺は、ただただ迫る黒刀に合いの手を入れて捌いていく。


 十回……二十回……三十回……


 本来の時間感覚であれば、数分は過ぎただろうか。

 千蔭の顔からは始めにあった余裕は消え去っていた。


「――すまヌな、相馬殿」


 不意に耳に響くのは千蔭、いや春陽さんの声。

 次の瞬間、千蔭――春陽さんの姿を見失った。

 俺が認識できる速さを上回る何かが起きたと思うと同時に、俺は死を覚悟した。


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