86.決闘
――伏せテ! 主!
人工精霊――ノルンの声が脳裏に響くと同時に、俺の体は俺が意識するよりも速く伏せる。
人工精霊に備わった防衛機能が働いたのだろう。ノルンとの同調率を上げたことで、更に反応が良くなったのだろう。
鋭い気配が俺の首があった辺り通過する。
――主、次っ!
(わかってる!)
嫌な予感。
俺は即座に前へ飛び込む様にして前転。
反動で起き上がり、不格好なバックステップ。
ガクガクとブレる俺の視界に映るのは、千蔭が黒刀を振り下ろした姿勢で、俺を見ている姿だった。
「ほゥ、思ったよりモ良い反応ダナ。背骨ごと真っ二つにするツモりだったのだがナ。思ったよりは、我を愉しませてくれソウだ」
ゆっくりとした動きで、床石から黒刀を引き抜きながら、千蔭は嬉しそうに口の端を歪める。
俺は愛刀を構え直して、千蔭を見据える。
「まだまだ始まったばかりだろ。慌てるなよ」
「我には児戯にスラならぬ予定だったのダガな」
「はははっ、奇襲みたいな事をやっていて、よく言うよ。正々堂々って言葉はないの?」
「奇襲? 笑わせてくれル。御館様が合図をなさレタのだ。その瞬間から死合うものゾ」
千蔭の言葉に、俺は言葉か詰まって下唇を噛む。
彼の言う通りだ。
格下相手に、様子を伺いながら手加減してくれるような相手じゃない。
「……俺が勘違いしてたみたいだな。シノさんの合図があったんだから、奇襲って抗議はお門違いだな。すまない、アンタを見くびってた」
「意地を張るカト思ったが素直ではないカ。その態度に免じて――」
瞬きの瞬間、千蔭の姿が消える。
「――サクリと死せ」
「ノルンっ!!」
――あいさ! 主っ!!
瞬時に俺を中心に爆炎が広がる。
耳元で聞こえてくる舌打ちに、即座に視線を向けると、千蔭が後方に跳躍して炎を回避していた。
何度も同じ手を食うかよ。
(ノルン。千蔭の攻撃を防ぐ方法は何かない?)
――防ぐ方法ハ、まだ見つけきれてませン。でも、アイツの攻撃で空間の歪みを検知しマシた。攻撃の瞬間に離れた甲点と乙点の虚数界面上で重ね、虚数界面を介して、移動シテいると予測されマス。発生した空間の歪みガ、時間として認識が出来ない刹那の間でも、ワタシは見逃しまセン! アイツの検知して対応スル事は出来まス!
どこが悔しげで不満げなノルンの言葉。
攻撃の起点を検知が出来るのであれば、攻撃を防いだ事と同じだと思うのだけど、ノルンには違うのだろう。
――主、身体強化ノ出力を引き上げまス。良いですカ?
(了解だ。やってくれ)
カラダの内側から、何かが抜かれる様な感覚。
同時に、ドクン! と心臓が跳ねたような錯覚。全身の血の巡りが速くなる。
ノルンが身体強化の出力を上げた効果だ。
俺は愛刀を握り直して千蔭を視線を向ける。
「次は、俺の番だ! 《氷弾よ! 穿て!》」
――撃鉄呪言受諾! 詠唱変換! 術式展開!
俺の言葉にノルンが応える。
俺の心像を、ノルンが即座に読み取り、魔術式として形成する。
疑似魔術で作り出された氷弾は、次々と千蔭に向かって射出されていく。
「つまらン。小細工にもならんゾ」
千蔭は体勢を変えることもなく、黒刀で氷弾を斬り落としていく。
想定通りだ。
俺は、氷弾の弾幕を張りながら、千蔭との距離を詰める。
身体強化の効果で、俺の体は砲弾の様に一気に加速し、千蔭に迫る。
「でやぁぁぁ!」
踏み込みと同時に愛刀を振り下ろす。
火花と同時に鈍い金属音。
愛刀の柄から伝わる衝撃と軌道を変える愛刀。
「ノルンっ!」
――あいさ!
黒刀が愛刀を弾いたと認識するよりも早く、俺は疑似魔術で爆炎を放つ。
千蔭にダメージを与えることは出来なくても、目くらましにはなるはず。
弾かれた愛刀の軌道に合わせてステップし、手元に引き寄せる。
「甘いナ。隙だらけダな」
「――っ!」
鋭い痛みに反射的に奥歯を噛み締めて耐える。
視界に千蔭の姿は映らないが、気配はあった。
――主っ! 死角に!
「くそっ! 《風よ、舞い狂え!》」
自分と千蔭の間の空間に風が吹き荒れる。
立つことも儘ならない風圧に、俺は体を預ける。それで千蔭との距離を稼ぐ――はずだった。
「鈍イ。呪言ノ選択も今一つだ」
――対斬撃防御結界、展開!
ノルンの言葉と同時に、背中を鋭い痛みと衝撃が走る。
覚悟はしていたが、喉の奥から呻き声が溢れ、視界が涙で滲む。
「――リンタロー!」
聞こえてきたテトラの声。
俺は背中の痛みに転げ回りたくなる気持ちを握り潰す。
俺を信じてくれたテトラに無様な姿を見せるわけにはいかない。
「こなくそっ!」
削がれた気力を声で誤魔化し、俺は愛刀を水平に薙ぐ。
近くに千蔭の気配があるにも関わらず、愛刀からは何の手応えも伝わってこない。
想定通りだが、気分が滅入る。
だが、ここで攻撃を止めるつもりはない。
(ノルン! 対物理防御結界を展開! 瞬間的に結界のサイズを拡大!)
――承知しましタ!
カラダを駆ける異物感――魔力の奔流に歯を食いしばる。
視界に映る半透明の壁――対物理防御結界が、物凄い速度で二、三メートル膨張すると、風船の様に弾ける。
視界の隅で、音もなく着地する千蔭の姿があった。彼は黒刀を構えず、ゆらりと立ち上がる。
テトラがよく使うシールドバッシュをイメージしたが、うまくいった。
「小賢しいまねヲ。今ので真っ二つに出来ヌとは……屈辱だナ」
「腕が鈍っているんだろ。実力差があるって、舐めてかかるからだろ」
――主、さっきノ斬撃でギリギリです! 斬れてないケド、衝撃を防ぎきれてませんヨ! 挑発は危険です!
ノルンの慌てる声が脳裏に響く。
挑発は悪手かもしれないけど、弱気なところを千蔭に見せるわけにはいかない。
俺の考えが伝わったのか、ノルンが不満げな気配を放ちながらも口を閉じる。
「仕切り直しだ」
俺は不敵に笑ってみせながら、愛刀を構え直した。




