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85.提案②

「リンタロー、大丈夫そ?」


 不意に聞こえてくるテトラの声。

 彼女は額に玉のような汗を滲ませながら、青い瞳を俺に向けていた。

 今のような状況でなければ「無理!」と俺は即答するに違いない。

 彼女は、結界石——魔導具の応急処置に精神をすり減らしている。そんな状況にも関わらず、俺の心配をしてくれている。

 ここで弱音を吐けるか? 出来るわけない。

 俺は、一度グッと唇を噛み締めて、弱音を飲み込む。


「大丈夫だ、なんとかするから。問題なしだ」

「うん、わかった」


 テトラは俺の言葉に、テトラはニッコリと笑う。

 俺の言葉が単なる強がりだとテトラに絶対バレている。

 それなのに、それなのに、彼女は少しも指摘せずに、俺の言葉を受け入れてくれた。

 この状況から逃げるわけにはいかない。

 千蔭との実力の差は、火を見るより明らかで、絶対的に不利な状況だ。


「小僧、地ニ額を擦るように、命乞いヲすれば、命までは奪わないデやろう」

「はははっ、ありがたい申し出だけど、俺にもちっぽけな男の意地ってのがあるんだよ。こんな状況で意地を通しても、何の得もしないのにさ。少し前の俺なら、意地を張ることすら考えなかったのにさ」


 精一杯の強がりで、俺はニッと歯を見せて笑ってみせる。

 俺の反応に、千蔭は一瞬だけ毒気を抜かれたような顔をした。そして、手で太もも辺りを叩きながら笑い声を上げる。


「はッハっハッ! 良いぞ、小僧! 実力差を察シテも退かぬ媚びヌ意地を通す。ナルホド、御屋館様が気に入られるハズだ!」


 千蔭は周囲の視線を気にした素振りもなく、快活に笑う。

 自分の知っている春陽さんと同じ笑う姿に、春陽さんが意識を取り戻したと思ってしまう。

 あり得ない。

 そう自分に言い聞かせながら、俺は、(かぶり)を振って、思考を追い出す。

 俺は、大きく息を吸ってから、ゆっくりと静かに息を吐く。

 心を静めながら、シノさんが持ってきてくれた鞘袋から、愛刀を、取り出して腰の帯刀ホルダーに差す。

 刀の位置を調整してから、右人差し指で忠義の腕輪を弾く。


――お呼びですカ、(マスター)


 俺の脳内に響く、感情の薄い合成音声の様な少女の声は、人工精霊のノルンの声だ。

 ノルンは、忠義の腕輪に宿った人工的に産み出された精霊だ。彼女がサポートしてくれることで、魔力ゼロの俺でも、擬似的に魔術を行使することが出来るようになる。


(ああ、呼んだよ。目は醒めてる?)

――はい! 一瞬で起きてマス!

(状況の把握は出来ている?)

――サブ人格で収集していた情報カラ、何となく把握してまス! そこのスカした男ヲぶっ飛ばすノですネ!


 少し鼻息荒く、ノルンが返事をしてくる。

 休息(スリープ)モードに移行したノルンは、サブ人格に切り替わり、俺のみの危険に対して脊髄反射をするだけ、みたいになる(らしい)。


(ハズレではないけど、若干ニュアンスが違うというか……)

――ぶっ切りにシマすか?

(もっと違うよ!)


 殺る気満々のノルンに、少し恐怖を覚えながらも、俺は彼女にハッキリと伝える。


(あの男――千蔭に勝つために、ノルンの力を貸して欲しい。千蔭と俺の実力差は明らかだけど、負けるわけにはいかない。なんせ俺が勝つって、シノさんが千蔭に言い切ったから)

――任されました! ワタシの全身全霊ヲもって、主ヲ助けます! 母上の宣言を(たが)えるわけにハいきません!


 ノルンの声が脳内に反響し、俺は思わず顔を顰める。同時に身体の内側から、こんこんと力が溢れてくるような感覚を覚える。

 千蔭との実力差は明確。

 ならば、使えるものは何でも使って、その差を埋める。

 俺は愛刀の柄に手を掛けながら、千蔭に向き直る。


「準備ハ整ったのカ? 何やら小細工をしているようだナ」

「俺とあんたの実力差なんて分かりきっているだろ。だからこそ、使えるものは何でも使わせてもらう。全部ひっくるめて俺の実力だ」

「小細工ごときデ差を埋められルほど、我が力が劣化していると思うナヨ。封魂玉(ふうこんぎょく)デ、魂が悠久の(とき)に曝されテモ、小僧など(さざなみ)程の脅威もナイ」


 千蔭は黒刀を二、三度無造作に振るってみせる。

 空気を切り裂く鋭い風切音。ただそれだけで、千蔭との実力差に心が折れそうになってしまう。

 俺は愛刀うの鯉口を切る。一呼吸置いてから、横一線に抜刀する。

 そのまま、アキツシマ工房の中庭で、朝の鍛錬で行っているように、基本的な動き――八方向の斬撃を繰り出し、最後に付きを行う。

 ふぅ、と静かに肺から空気を押し出し、気を鎮める。


――主、仮想魔力回路ヲ活性化しマス。

(……うん、頼む)

――同調率を八割五分から九割まで引キ上げマす。主に掛かる負荷が増加しますガよろしいですカ?

(ああ、問題ない。引き上げてくれ)


 同時に、チリチリとした何かがカラダを巡り始めるような感覚に襲われる。強制的に刻まれた魔力回路に無理やり流される魔力の圧だ。

 いつもより強い痛みに、俺は努めて平静を装う。


――主、大丈夫デスか?

(大丈夫。まだまだ全然余裕だよ)


 普段ならノルンが尋ねてくることはない。

 何故なら、疑似魔術を使う際、俺とノルンは精神(アストラル)体が、パスで繋がっているので、以心伝心という状態だからだ。

 ノルンは、暗に同調率を下げることを提案している。だから、俺は強がりを口にして拒否する。

 千蔭とまともに戦うためには、必要なことだからだ。

 俺は、全身の力みを抜きながら、正眼の構えを取る。


「ふむ、準備は整ったようじゃな。どんな大怪我でも妾が忽ち癒してみせるのじゃ。故に凛太郎は、遠慮せずに戦うのじゃ」


 俺は視線を千蔭に向けたまま頷いてみせる。

 千蔭は構えを取る素振りはなく、だらりと下ろした右手に握る黒刀は、床を差したままだ。

 シノさんは、俺と千蔭の様子を交互に確認すると、手にしていた扇子を持ち上げる。


「いざ尋常に、勝負じゃ」


 シノさんが、扇子を振り下ろした瞬間、千蔭の姿が掻き消えた。


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