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84.魂②

 光が収まると、黒猫――シノさんの使い魔のかわりに、銀髪をなびかせる女性が佇んでいた。


「シノ……さん……」


 俺は思わず呟いた。

 そこには、普段見かける浅葱色のローブではなく、時代劇で見かけるような服装――打掛に身を包んでいた。

 一切の汚れのない白無垢(しろむく)に、癖のない銀糸のような髪がさらさらと揺れる。更に頭には三角の耳と四本の尻尾が見て取れた。

 シノさんから放たれる神秘的な雰囲気(オーラ)に、俺は、ただただ息を呑んで呆然としてしまう。

 周囲を見ると、顔を青ざめさせていた六花が、跪いて深々と頭を垂れていた。

 テトラもシノさんに圧倒されているようで、呆然とした表情で立ち尽くしていた。


「……十八代目、面を上げるのじゃ」

「し、しかし……っ!」

「妾の頼みが聞けぬと?」

「そのようなことはっ! め、滅相もな――」


 慌てて立ち上がる六花の姿を肩越しに眺めながら、シノさんはコロコロと笑う。

 いつもと違うシノさんの雰囲気に戸惑ったが、いたずらっ子のような、いつもの彼女の姿に、安堵してしまう。


「おオ……御屋形様……。その変わらヌ御姿……。拝見できるトハ祝着至極でございまス」

「汝の為に、この場に姿を現したわけではないのじゃ。愛弟子と凛太郎が居らねば、歯牙にもかけぬところぞ」

「コレハこれは手厳しいお言葉だ。しかし、さすがハ御屋形様。式神ト使役者の位置を入れ替える秘術、お見事でございマス」


 少し興奮した様子を見せる千蔭に、シノさんは気だるそうな動きで、横目に見る。

 どこか妖艶なその仕草に、俺の背中にゾクリとした感触が駆け抜ける。

 シノさんは、一呼吸おいてから、目を輝かせる千蔭に口を開く。


(なれ)は、妾のことをうつけ(・・・)と思っておるのかえ? 所詮は、ヒトの子も扱う術ぞ」


 シノさんの冷ややかな声。

 俺に向けられた言葉ではないのに、ブワッと脂汗が噴き出す。


「いやイヤ滅相もない。そのようナ不敬な事は微塵も考えてオりません。御屋形様ノ御業に、ただただ圧倒されてイただけでス」

「心にも無いことをほざくでない。汝のおべっかなど、なんの価値もないのじゃ」

「あハははハ。前任の当主ガ()られていタ光景が、つい先程のように思い起こされル。我ガ同じ様な目に遭うことガ出来るトハ幸甚の至りダッ!」


 千蔭は動じた素振りもなく、愉快そうに顔を歪めて笑う。滲み出る狂気の気配が本能的な恐怖を煽る。


 ――違和感。


 俺は柳眉を寄せて千蔭を見る。

 シノさんを〝御館様〟と仰々しく呼んでいるのに、畏敬の念が薄くないか?

 普通ならば、面と向かって会話することさえ躊躇するべき場面のような気がする。

 千蔭は、シノさんを軽んじる事ができる何か手段を持っているのだろうか。

 ふと横を見るとテトラも同じ様に、千蔭の態度を訝しんでいた。

 俺たちの様子など、気にした素振りもなく、千蔭は顔を歪めたまま、光沢のある物体――黒曜石を懐から取り出す。

 特に形を整えたように見えない歪な形をしている黒曜石(それ)は、何か魔術的な仕掛けを施しているのか、俺の目には輪郭がゆらゆら揺れているように見える。

 ピクリとシノさんの耳が動き、千蔭は口の端をさらに持ち上げニヤリと下品に笑う。


「御屋形様に、早々に還御しテいただくために、籠を用意しマシた。御身自ら乗っていただけれバ、手間が省けテ良いのですガ」


 黒曜石を持つ右手をシノさんに突き出しながら、千蔭は笑い続ける。

 その姿を目にした六花の表情が一変する。顔は青さは残るが、憤怒の顔で千蔭を睨みつける。


「それは、まさか……殺生石(せっしょうせき)〟。弱きものは悉く殺され、神すら弱らせ封じると伝えられる門外不出の秘宝。貴様、それをどうやって持ち出した」

「ほう、写シではなク、原物を見たことがあるトハ意外だな。より秘宝らしく、見て呉れヲ整えた写シ――質の悪い複製品の張子を後生大事に飾っているダケと思っていたのダガ」

「殺生石は一族に伝わる秘宝。社に奉納されている殺生石が写しと教えられるのは、巫女として祀る者だけだ。春兄がいくら優秀でも、おいそれと教えられるものではない」


 六花は感情を抑え込むようにして、千蔭と向き合う。彼女の視線を、千蔭は薄ら笑いで受け止める。


「て、テトラ。殺生石(あれ)って、魔導具(マジックアイテム)なの?」

「私に分かるわけないわよ。ただ、物凄く等級(ランク)が高い魔導具なのは確かよ」


 俺がテトラに小声で尋ねると、彼女は淡々とした声音で答えてきた。

 テトラが千蔭の一挙一動に警戒し、集中している気配が伝わってくる。


「……汝が錬成したのかえ?」

「然り。原物ヲ解析シ、封魂玉ノ理論を組み合せ、錬成シマした。錬成が成功するまデに、幾人か命を落しましたガ礎になれたト誇っているでしょう」

「汝の腕はなかなかのようじゃが、思想は褒められたものではないようじゃな。犠牲の上に成り立つものに誇れるものは、何もありはせぬのじゃ」


 シノさんの声は、どこか哀愁を含んでいるように思えた。


「そんなことヲ、御屋形様が申されますカ! 御屋形様が御身をお隠しになってから、どれ程ノ犠牲が出たことか! だからこそ、だからこそ! 我らは御屋形様が早々に還御されることヲ願い、ありとあらゆる犠牲ヲ払ってでモ! 成すべきことがあったのデス!」


 千蔭が声を張り上げた瞬間、殺生石が妖しく揺らめく。そして、夜闇色の光の帯が、殺生石から溢れると、大蛇の様な動きでシノさんの足元から包んでいく。


「原物には及ばヌけれど、御屋形様ヲ一時的に封じることは可能。さア、扶桑へ戻りましょウ!」

「……やはり封魂玉の影響か。汝も()うに狂っているようじゃな」


 シノさんが寂しそうに呟いた。




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